ワークマンの躍進が止まらない。売上高は2012年から22年までの10年間で2.6倍成長。長年作業服を中心に展開していたが、昨今は「アウトドア」「普段着」としての需要も多く、若者から大人まで幅広い層からの支持を得ている。
成長の背景には、「勘・経験中心」から「データ活用」を重視した経営にシフトチェンジしたことがある。社長も含め全社員がエクセルを勉強し、社風を変え、数字で語る企業へと変貌を遂げたのだ。ワークマンの「データ活用経営」の全容について、営業企画部 広報部の林知幸さんに話を聞いた。
●ワークマンの「データ活用経営」
ワークマンは12年から社員全員が対象の「エクセル研修」を実施している。研修では、列や行の説明、セルの広げ方など初歩的な内容から、関数、データ分析に必要な思考力などを教育。林さんは、「関数を10個くらい覚えれば、普段の分析は全てできます」と話す。
現場では、過去データをもとに各時期で売り上げに貢献している商品群を分析したり、他店舗では売れているのに店舗に在庫がない商品をリスト化したりして、加盟店のオーナーに品ぞろえや店舗レイアウトを提案している。
「ワークマンでは、全店舗のデータに全社員がアクセスできます。自分の欲しいデータを各自がエクセルに落とし込んで、データを分析し、『データを見ると、今〇〇が売れますね』というように提案しています」(林さん)
「弊社はフランチャイズなのでSV(スーパーバイザー)が各エリアにいます。現場(店舗)に大きく権限委譲をしているため、SVが店舗で疑問に思ったことを、データを用いて仮説検証できた場合は、上司や役員の判断を仰ぐことなく、すぐに変更することができます。エクセル研修のおかげで、オーナーに根拠がない提案ではなく、数字に基づいた説得ができるようになりました」(林さん)
●「勘中心」→「数字重視」 2つのきっかけ
ワークマンがデータ活用経営を掲げ、エクセル研修を実施した理由は2つある。
1つは「作業服業界での成長に限界を感じた」からだ。
同社は12年の時点で、作業服業界で小売り1位を獲得していた。しかし、建設技能労働者が減少していることに加え、市場を取りつくしている現状を受け、作業服業界でのこれ以上の成長には限界を感じていたという。「作業服のワークマンのままではダメだ」と考える中で、客層の拡大を目指した。
「作業服は正直ダサいし、渋いですよね。でも、高機能で動きやすく、疲れにくいし、スーツと比較して着心地がすごく良いんです。『作業服』ではなく『機能性ウェア』として販売することで、職人さん中心から客層をより幅広く拡大したいと考えていました」(林さん)
2つ目は「“勘”中心の社風を変える」ため。
エクセル研修を行うまでは、在庫はカテゴリー・価格帯ごとに「〇〇カテゴリーの980円商品は合計50個ある」というように、大ざっぱに紙面上で管理していた。発注に関しても、顧客のほとんどが職人で、時期ごとの売れ筋商品をある程度把握できた。林さんは「朝早くには軍手が、雨が降れば長靴とカッパが売れる――言ってしまえば、“勘”で動いていたんです」と説明する。
「かつてのワークマンは上司の経験値が絶対で、優秀な若手社員が『今までの勘は間違っている。こうではないか?』と提案しても、聞き入れられないことが多かったんです。このままでは若手社員が伸びない、“勘”中心の社風を変える必要があると考えてデータ活用を強化。勘や経験に頼るのではなく、『数字』を共通言語にすることで、若手も部長・役員クラスと対等に議論ができる、オープンでフラットな組織の実現を目指しました」(林さん)
●なぜエクセル? 全員が「データ」を使いこなす
ところで、なぜ「エクセル」なのか。データ分析の分野では、一般的にデータ専門のチームを結成し、専門の分析ツールなどを導入している企業が多い印象だ。林さんにエクセルを選定した理由を聞くと「どんなPCにも入っていて、なじみがあるから」だと話す。
「エクセルは誰でも使うことができます。専用のツール・サービスを導入した場合、業務の担当者や部長以上の社員以外は、権限を与えてもらえないこともあります。全員がデータを元に議論ができないと意味がないと考えたため、エクセルを使用しました」
「分析ツールを導入して経営の判断に生かすこともできましたが、それでは相関関係は分かっても『どうしてこういう結果になったのか』という因果関係が分からないんです。自分たちで疑問を持ち、仮説を立て、必要なデータをピックアップして、エクセルで関数を組めるようになってほしいと考えていました。思考力を鍛えることで、データに興味を持つことにもつながります」(林さん)
●浸透の背景には3つのポイント
エクセルやデータ分析は得意とする人がいる中で、一定数拒否感を覚える社員もいたのではないか。社員のモチベーションを醸成し、データ活用経営を浸透させた背景には3つのポイントがあるという。
1つ目は「データに強い社員を育成し、研修の講師を任せた」こと。外部から講師を招いて“勉強会”をするのではなく、社員の中からデータに強い人材を育成し、教育を任せた。また、社内データを用いて研修し、より現場・店舗の運営に密接な状態で学べるようにしている。社員が講師なので、教わる側も親近感を持って質問ができたという。
2つ目は、「研修に経営陣・社長も一緒に参加した」こと。
「社長自らが『今の部分が分からなかったから、もう1度教えてください』などと質問している様子を見て、社員は『社長もできないのか』と安心感を持つことができたようです」
「『データドリブン』『DX』などの言葉が流行していますが、なかなか社内に浸透しないという企業は多いと思います。(1)外部の人を招かず、レベルが低くても良いから内部でカリスマ的分析官を育てる(2)社長・経営層が自ら学ぶ――2点が、社内でデータ活用経営やエクセル研修が浸透した理由だと考えています」(林さん)
3つ目は、「給与100万円アップを実行」したこと。実際に5年間で全社員の年収が100万円以上上昇している。林さんは「お金で釣ったんです」と笑って説明する。
「データ活用をすることで店の在庫が最適化されて、新たな客層の来客につながれば、売り上げは伸びていきます。そのためには、今エクセルの研修を頑張らなきゃいけない。結果が出る前に、100万円ベースアップを行うことを約束しました」
「やれというだけで給与に反映しない企業や、支給があっても条件付きが多い中で、年収を100万円上げるのはなかなか珍しいのではないでしょうか? やる気がある企業は、ここまでしなくては変わらないですよ」(林さん)
“上司の勘”から“数字で語る”社風へと変化を遂げたワークマン。後編では、データ活用によって商品を改善し、客層を拡大、売り上げを向上させた仕組みについて紹介する。