「風呂なし物件」に住む若者が話題となっている。

 ちまたでは銭湯が主流な入浴方法であった昭和時代に回帰する動きと見る「レトロブーム」、モノや家の設備のムダを所有しないという「ミニマリストブーム」、そしてトレーニングジムでの大浴場やサウナといったルーティンの中で入浴を済ませることで、内風呂が不要になっているといった理由付けがなされている。

 確かに、これらの要因で風呂なし物件が選ばれ始めているという動きもないわけではないだろう。しかし、風呂なし物件がここにきてクローズアップされている要因は、単なる趣味趣向ではなく、高額な家賃を安く抑えるためではないか、という指摘も出始めている。コロナ禍で東京都への人口流入が抑制されているといえども、狭小物件がひしめく23区内や駅近の人気エリアでは、家賃が高い。このコストをいなす妥協案として「入浴」を削る動きが出ているという見方だ。

●「風呂なし物件」 不景気時に検索増?

 従来、浴槽はついていないが、シャワールームがついているといった物件は珍しくなかった。こうした物件であれば、シャワーを日常的に使い、風呂に入りたいときなどは銭湯に行けば、事足りる。しかし、ここにきて浴槽どころかシャワーもない物件が注目度を高めているようだ。Googleの検索ボリューム推移を示す「GoogleTrends」のデータによれば、「風呂なし」の検索ボリュームが2004年から5倍以上、20年比でも1.5倍ほどに膨らんでいる。

 検索ボリュームを見ると、世界金融危機による大不況に見舞われた08〜09年に一度急騰しており、消費税の増税が発表された15〜17年のタイミングに一段と検索量が増えている。そして、物価高に苦しむ直近でも風呂なし物件の検索ボリュームが増加していることを踏まえると、人々が風呂なし物件を探し始める際には、「家計の懐具合が厳しくなる見通しがある」という仮説は確かに成り立つ。

●「貧困」だけが原因ではない?

 「1世帯に1つの浴槽」という文化が定着していなかった昭和初期から昭和中期ごろには、銭湯や大浴場付きの集合住宅で入浴機能がまかなわれていた。日本の入浴事情がそんな外風呂メインの状況から内風呂主体の方式へ変遷したのは、高度経済成長期に入り、家計の購買力が向上したことも大きな要因の一つである。

 こうした経緯を踏まえると、ある意味令和から昭和へ逆行するような昨今の動きは、やはり物価高などによる生活費を減らす必要性から生じた――と見る方が実情に近いのではないかと思いたくなる。

 とはいえ、風呂なし物件が検索されているのは、データを追う限りでは大都市圏に顕著で、土地に余裕のある郊外や地方都市ではあまり見られない傾向になっている。また、検索ボリュームの増加についても、あくまで「風呂なし」という1単語について検証したものであるため、絶対的な人数が多いことを示すわけでもない。これらの事実を踏まえると、世間一般として風呂ありの物件すら選べなくなるほど貧困が深刻化している、と結論付けるのは早計だろう。

●風呂なし物件で浮くコスト

 筆者は、趣味や貧困ではなく、「単身世帯の増加」と若者の「コスパ志向」に風呂なし物件が合致していることが、ポイントではないかと考えている。

 結論からいえば、単身世帯の場合は銭湯に入っても自宅の浴槽に入っても金銭的な負担があまり変わらない。むしろ銭湯の方がコストパフォーマンスが高い可能性すらある。試しに、毎日入浴する場合と、毎日銭湯に通う場合で、簡単にコストを計算してみたい。ただし、ここから試算する数値はあくまでも大まかな計算であることは承知おきいただきたい。

 一般的な浴槽を200リットルとして、毎日入浴した場合は水道光熱費で3000〜4000円程度かかる。では、毎日の入浴を銭湯とした場合の料金相場はいくらか。東京都浴場組合に加盟する事業者で利用可能な10枚つづり4500円の共通入浴券を利用すると仮定すると、1カ月当たりの入浴料金は1万3500円になる。

 単純な水道光熱費との比較では、毎日銭湯に入る方が1万円ほどのマイナスとなるが、忘れてはならないのが家賃の軽減効果である。

 一般的に、風呂なし物件は風呂付き物件よりも家賃が安くなる傾向がある。例えば、都内の1K(1部屋・キッチン・ユニットバス)であれば、風呂ありで6万〜7万円台の家賃相場が、風呂なしでは3万円台で借りられる場合もあるようだ。

 風呂なしによる家賃の軽減効果が月3万円程度とすると、風呂なし物件に住むことで、本来の出費が月2万円ほど浮く計算になる。都内の銭湯の多くはシャンプーやボディーソープのようなアイテムも備え付けられているだけでなく、広々とした湯船などを楽しむことができ、余ったお金を趣味や勉強、グルメといった他の用途に充てられるようになるのだ。

 一方で、2人以上の世帯の場合は、広い家に住む必要があるため、家賃に占める浴室の割合が縮小し、先述した軽減効果が薄くなる。それだけでなく、銭湯の利用料金が単純に2倍以上になるため、風呂なしは割に合わない結果となりそうだ。

 「外風呂から内風呂へ」の動きは、複数人世帯を前提としたものである。世帯人数が多いほど内風呂のコスパが高まることから、昭和から平成にかけて内風呂が浸透してきたのは当然だろう。しかし、世帯人数が1人となると、銭湯の方がコスパが良いという見方もできる。プライバシーや衛生面の価値観次第ではあるが、「コスパ重視」と称される若年層において、今後内風呂から外風呂へと回帰する動きが強まるかもしれない。

(古田拓也 カンバンクラウドCEO)