昨年末はワールドカップが盛り上がりを見せました。試合内容もさることながら、全試合無料生中継を実施したサイバーエージェントの「ABEMA」にも注目が集まりました。
地上波の放送局が高騰する放映権料を受けて購入が進まない中で、放映権を獲得し全試合無料中継を実現したものでした。放映権料を広告収入で回収しきれなくなったテレビと、ABEMAのユーザー増を狙い広告費代わりに放映権を購入できたサイバーエージェント。多くの人が、動画配信のビジネスモデルの変化を実感したことでしょう。
W杯の放映権は推定で総額350億円。その内200億円をサイバーエージェントが負担し、90億円をNHK、60億円をテレビ朝日とフジテレビで分けあったと推定されています。
大型投資で話題となったサイバーエージェントは、直近の2023年9月期の第1四半期決算で増収減益となったことが報告されました。巨額を投じたABEMAのメディア事業は現状なお赤字ですが、今回の投資によって2つの成長余地が生まれたと筆者は考えます。今回は、サイバーエージェントの決算から、同社の現在地と今後について考えます。
●「ウマ娘」マネーをW杯投資に活用
売り上げは創業以来、おおむね伸び続けており、2021年9月期は特に大きな成長を記録しました。これはウマ娘の大ヒットに起因していて、22年9月期はその反動も考えられましたが成長が続いており25期連続の増収となっています。
営業利益についても、売り上げ同様21年9月期は大幅増益で非常に好調です。スマホゲームは、プレイヤーが増加しても運営コストはそこまで大きく増加するわけではありません。そのため、ヒットすればするほど利益率が非常に高まっていくビジネスです。21年で国内最大のヒットとなったウマ娘の利益貢献度の大きさが分かります。
このゲーム事業の好調を背景にW杯の放映権を購入できたと、「ABEMA」責任者はITmedia ビジネスオンラインの取材に対して明かしています。グループ全体のポートフォリオを考えて、メディア事業に投資できるのがABEMAの大きな強みです。
22年9月期に関してはその反動があったものの、利益は691億円と過去2番目の水準です。これ以前の最高益は16年9月期の367億円のため、高利益水準を維持していることが分かります。
●増収だが減益、その理由
22年9月期に増収ながらも減益となった要因には販管費の増加もあります。
特に増加しているのは人件費と広告費で、それぞれ67億円、151億円の増加となっています。従業員数は739人増です。ゲーム事業で大きな利益を出せたため、今後の成長に向けて人件費にも投資したということでしょう。
続いて直近の23年9月期の第1四半期の業績を、前年同期比で詳しく見ていきます。
売上高は前年同期比2.1%減の1675億7700万円、営業利益は198億400万円から12億5500万円の赤字に転じ、経常利益は198億3600万円から9億3900万円の赤字になり、純利益は60億9100万円から50億200万円の赤字と、減収で赤字転落となってしまっています。
赤字の大きな要因はABEMAのW杯放映で、メディア事業は93億円と大きな赤字です。W杯の放映権料は200億円と推定されている上、大きな配信負荷に耐えるためにはサーバの増強なども必要でした。想定通りだったと考えられます。
経常利益は9億3900万円の赤字に対して、純利益は50億2000万円の赤字と赤字幅が大きいですが、これは前期に大きな利益を計上していたために税負担が大きいことに起因しています。実際に税引き前の当期純利益は5200万円の赤字と非常に小幅な赤字に収まっています。このため、純利益に関しては大きく気にする必要はないといえます。
●3つの事業いずれも利益面は悪化
業績について、もう少し詳しく見ていきます。
サイバーエージェントの事業セグメントは(1)メディア事業(2)インターネット広告事業(3)ゲーム事業と3つあります。それぞれの23年9月期第1四半期時点の業績と、前年同期比での推移は下記の通りです。
・(1)メディア事業:売り上げ334億円(34.0%増) 利益38億円の赤字→93億円の赤字に
・(2)広告事業:売り上げ956億円(12.7%増) 利益50億円(13.0%減)
・(3)ゲーム事業:売り上げ409億円(29.9%減) 利益52億円(69.6%減)
メディア事業は増収で赤字幅拡大、広告事業は増収減益、ゲーム事業は減収減益と全事業で利益面は悪化してしまっていることが分かります。特にウマ娘の大ヒットからの反動が大きいゲーム事業は大きな落ち込みです。
まず注目すべきは、やはりメディア事業のABEMAに、W杯がどれだけの影響を及ぼしたかでしょう。
22年12月時点のABEMAのダウンロード数は9200万で、W杯期間中には700万増加しました。22年9月時点では8300万と発表していたため、四半期で900万DLと大きな成長です。アプリのダウンロードなしでもインターネット環境から視聴が可能であるため、実際に新しくABEMAに触れたユーザーはさらに多いでしょう。
またWAU(Weekly Active Users、週間アクティブユーザー数)の推移を見ると、W杯時には3409万WAUを達成しました。W杯後は下落傾向にありますが、それでも直近の段階で1766万のWAUを維持しています。
W杯以前にも、1700万を超えるようなWAUを記録している時期があります。ABEMAでは注目度の高いスポーツイベントなどのリアルタイム性の高いイベントがあるとWAUが大きく伸びる傾向にあり、朝倉未来選手とメイウェザー選手のボクシングの試合があった週はWAUが1896万と、W杯以前では過去最高となっています。
特に大きなイベントがない週は1200万〜1500万ほどで推移していたことを考えると、1766万のWAUを維持しているというのはW杯の影響でサービスが浸透していると考えてよさそうです。
実際に、W杯をきっかけに格闘技チャンネルは5.7倍、スポーツチャンネルは1.7倍に視聴者数が増加するなど、スポーツ視聴者を中心にユーザーを獲得しています。バラエティーに関しても2倍に伸びているため、普段から何となくABEMAを付けて家での時間を過ごしているようなユーザーも増加していそうです。
さらにサイバーエージェント傘下のBABEL LABELはネットフリックスとのパートナーシップを締結しており、コンテンツ面でもクオリティーを上げるための投資を進めています。配信サービスの武器はコンテンツ力です。同社が今後、どのようなコンテンツを作っていくか注目です。
●テレビの放映権獲得は、ABEMA成功でさらに困難に
今回の放送の成功を受け、サイバーエージェントの藤田晋社長は次回のW杯放送にも意欲を見せています。そうなると次回以降はテレビ局が放映権を取るのはさらに難しくなっていきそうです。テレビは放映権の購入費用を、広告収入で回収しなければいけません。以前から高騰する放映権を前に採算が取れなくなってきていましたが、ついにその額に耐え切れなくなったのが今回のW杯でした。
今回ABEMAでの視聴が市民権を得たことによって、次回からもテレビでの視聴率が下落することが考えられます。となると広告収入の低下につながる可能性は高まり、放映権の購入は一層難しくなることでしょう。
さらに放送時間が日本時間では深夜や明け方だったこともあり、今回のW杯はABEMAではオンデマンドでの視聴が44%を占めました。こうしたオンデマンド視聴もできる点も、ABEMAの優位性の一つです。次回のW杯は北米開催で時差が大きく、オンデマンドのあるABEMAの優位性が大きいと考えられます。
●W杯前は赤字は減少傾向 今後どこまで改善されるか
さて、業績に話を戻します。
ABEMA関連の売り上げの四半期ごとの推移を見てみると、売り上げは堅調に伸び続けており、前期比で40%、前四半期比でも14%以上成長しています。
特に伸びたのは広告収益です。今回の業績はW杯時の一時的な広告増加の影響がありますが、W杯は11月末からだったため、その本質的な影響は1カ月程度しか表れていません。広告の出稿もすぐに決まるわけではないと考えられます。次の決算以降ではっきりとしたW杯の成果が表れてくるはずです。
また、今期はW杯の費用で非常に大きな赤字となりましたが、それ以前は赤字幅は縮小傾向にありました。W杯の成果がきちんと表れ始める時期以降はさらに改善が期待されますから利益面でどの程度改善が見られるのかにも注目です。
メディア事業の売り上げ構成を見てみるとPPVと周辺事業、月額課金、広告とあり、実は最も大きな規模を占めているのが周辺事業です。
●課金や広告より売り上げが大きい「周辺事業」とは
月額課金や広告はABEMAを利用していれば分かりやすく、那須川天心選手と武尊のキックボクシングの試合はPPVの売り上げが27億円にもなったことで大きな話題とりました。しかし、実はそれ以上に売り上げ規模が大きいのが周辺事業なのです。
周辺事業の中でも大きな規模を占めるのが「WINTICKET」という競輪・オートレースのインターネット投票サービスです。ABEMAでレースを中継し、ユーザーはそのまま投票できるようになっており、その取扱高は直近の第1四半期で889億円まで成長しています。インターネット投票におけるシェアも27%から38%まで増加していて、非常に好調です。
近年は公営競技の市場が非常に大きく伸びています。競輪・オートレースの市場も21年の10〜12月は1855億円だったものが、翌年の同時期には2212億円まで成長しており、中央競馬や地方競馬、競艇も大きな成長を見せています。
レースのインターネット配信や投票が容易になり、これまでは現地や一部の場外での販売が中心だったところから地理的要因を解決したことで顧客層が拡大しています。さらに地方競馬や競艇などはナイター開催なども増やし、仕事終わりの顧客の獲得も進んでいて、時間的制約も突破したことで成長が続いており今後も成長が予想されています。
市場自体が大きく成長することが見込まれるため、この周辺事業の業績も大きな成長が期待できるでしょう。
ABEMAの収益構造を確認したところで、W杯がABEMAにもたらしたものについて考えてみます。
●高い年齢層にリーチし、収益性改善
最も大きな効果はユーザー数の増加に加え、高い年齢層にリーチできたことでしょう。W杯の視聴動向を見ると、35歳以上が55%を占めています。
これまでABEMAの人気コンテンツといえば恋愛リアリティーショーで、比較的若い層がメインユーザーでした。しかし若い層は比較的資金力が少ないため、ABEMAの収益源であるPPVや月額課金、周辺事業への課金力は低く、さらに広告単価を考えても低い水準です。
つまり今回、高い年齢層にリーチできたことは単純なユーザー数の増加以上に、収益性の改善につながりやすいと考えられます。
さらに、広告を出稿する側の意思決定権者の多くも年齢層は高いです。こうした層への認知度向上は広告の獲得しやすさを考えても好影響があるはずで、広告収益へのプラスの影響は大きいでしょう。
●競馬などの放映権獲得の可能性が高まったか
そしてもう一つは、別の公営競技を獲得できる可能性が高まったことにあるのではないでしょうか。
現状の収益構造を見ても「WINTICKET」の規模は非常に大きいですが、「WINTICKET」が扱う競輪やオートレースは公営競技の中では規模が比較的小さく、中央競馬、ボートレース、地方競馬などの圧倒的な規模にはおよびません。
ABEMAがこうした他の公営競技に関しても事業化できれば、収益は大きく伸びると考えられます。これを後押しする材料として、公営競技の世界では、これまでは有料だったJRAのレースでも全レース無料配信を発表しています。
レースというコンテンツを有料にして多少の収益を得るよりも、そもそものパイを広げ投票によって収益を拡大した方が好影響があるということは、無料で視聴できUIも優れた競艇が大きく成長していることからも分かります。
JRAの全レース無料配信も、同じ流れから生まれた取り組みと思われます。となると、パイを広げるために影響力のある外部の企業を利用して間口を広げてもらう展開は十分に考えられるはずです。
そういった中でABEMAは「WINTICKET」の実績もあり、W杯の放送ではあれだけのアクセスをさばき、高品質な配信に成功しています。ウマ娘の競馬業界への貢献も大きく、さらに多くの独自コンテンツを作っているため、業界を盛り上げるようなバラエティ番組の制作も可能で、競争力があるでしょう。新たな公営競技を取れれば、大きな好影響が予想されます。
とはいえ中央競馬の放送はフジテレビやテレビ東京との結び付きが強く、ABEMAはテレビ朝日系のため業界の利権関係が複雑そうなのは、何とも言い難い部分です。
●スポーツ賭博が解禁されたら、番組配信と投票サービスに成長余地
また日本でもカジノ解禁や、スポーツベッティングの合法化も検討されています。その善悪や合法性の判断は置いておくとして、現実問題として海外のスポーツベッティングやオンラインカジノを利用している日本人は多く、結果として日本の資産や日本のサービスとして運営すれば取れるはずの税収が海外に流出してしまっています。
これは日本にとっては明確な損失です。この点と、オンライン化の流れが不可逆であることから、いずれは合法化する可能性もないとは言えません。
スポーツベッティングが合法化された際には、スポーツ番組の放送も可能で、「WINTICKET」も運営しているABEMAには非常に強みがあります。こうしたことから、今後は公営競技やスポーツベッティングからの成長余地が大きいと考えられます。
●ネット広告
ABEMAを中心とするメディア事業以外の事業についても、もう少し詳しく見ていきましょう。まずはインターネット広告事業です。
景気の影響を受けているとしつつも市場成長率が前年比10.0%に対し同社は12.7%の増収と、市場を上回る成長をみせています。インターネット広告市場は今なお成長市場です。安定した成長が見込まれる事業でしょう。
一方で利益面は13%の減益となり、利益率も低下が続いています。これには人員増加が関係しています。同社の中でも特に多く人員を増加させた部門がインターネット広告事業でした。
前期比ではインターネット広告事業が400人増に対して、ゲーム事業が283人増、メディア事業が83人増と成長事業のメディア事業や好調が続いていたゲーム事業以上に人員を増やしています。ここ数年の人員の推移は下記の通りで、ここ2年間ほどで大きく人員を増加させたことが分かります。
・18年:1582人
・19年:1553人
・20年:1552人
・21年:1623人
・22年:1962人
・23年(第1四半期):2055人
これによってここ2年間ほどは利益率が低下傾向にあったわけです。なぜこれだけ人員を増加させているのでしょうか。
2年ほど前から先行投資として、ヤマダ電機やサツドラといった大手小売りやANA、docomo、三菱UFJ銀行といった多くの取引データなど顧客データを持っている企業と連携してデータを活用した新しい広告事業の創出を図っていると同社は説明しています。
大手企業との連携が多く、しっかり収益化できれば業績面への貢献も大きいはずです。この先行投資がどれほど実を結ぶか注目です。
ABEMAやゲーム事業の注目度が高すぎて注目されていませんが、広告事業はゲームに比べ安定性が高く、この事業がしっかりとした柱となることは重要です。大きく人員を増やすなどの積極投資を、市場成長を上回る成長の継続につなげられるでしょうか。
●ゲーム事業は自社IPでコンテンツを作れる開発力が強み
続いて減収減益となっていたゲーム事業を見ていくと、周年記念のイベント前だったこともあり、売り上げ利益ともにウマ娘のヒット前に近い水準まで下落してきています。今回の決算発表以後の1月は順調な滑り出しだと同社は言及しており、ゲーム事業の業績は下げ止まるでしょうか。
ウマ娘に関しては、クロスメディア展開を通じて10年続くIPにしていくといいます。ウマ娘のTVアニメの第3期も制作が発表されました。他社のゲームの動向を見ても、テレビアニメの人気が出るとゲームも盛り上がります。
また、サイバーエージェントのゲーム事業の大きな強みは、自社IPで人気コンテンツを作れる開発力があることです。多くのゲーム制作を行っている企業は自社IPではヒットは出せず、有名なIPを利用したり単発で自社IPのヒットが出ても続かない場合が多いです。
しかし、サイバーエージェントはウマ娘の他、シャドウバースやグランブルーファンタジーなどの自社IPの人気コンテンツをこれまでも作成してきました。当然次の自社IPタイトルの構想もあるでしょうから、ウマ娘の人気が落ちてきたとしても次の期待ができるというのは強みでしょう。
とはいえ直近ではアニメの人気によるゲーム事業の復調というのが最も注目だと考えられます。
●まとめ
サイバーエージェントではABEMAは大きく伸びているものの、W杯での投資や広告事業でも景気の影響や先行投資による人員増加、ゲーム事業はウマ娘の反動などがあり減収で赤字転落となっていました。
とはいえ広告事業やゲーム事業では安定して大きな利益は出ていますし、W杯の影響がきちんと業績に表れてくるのは時期以降ではABEMAの利益面も本格的に改善をみせるでしょうから、通期の業績としては大きな回復が見られるでしょう。
まずは次回のABEMAの業績が最も注目です。
(妄想する決算)