「ああ、いよいよお別れか……」と寂しさを感じている人も多いだろう。1月31日をもって、渋谷の東急百貨店本店が56年の歴史を閉じるからだ。
ただ、ゆっくり感傷に浸ってもいられない。ほどなくするとお次は、そごう・西武の全株式が、セブン&アイ・ホールディングスから米投資ファンドのフォートレス・インベストメント・グループへと譲渡されてしまう。
ご存じのように、百貨店はピンチだ。日本百貨店協会によれば、加盟する百貨店の2022年の売上高は4兆9812億円。11年度の約6兆1530億円から2兆円近く減少しており、この10年店舗数も59店舗減っている。
もちろん、そごう・西武のどこかの店舗がすぐに閉店するという話ではない。ただ、そごう・西武が発足したときには全国に28店舗あったが、現在は10店舗まで減少しているのも事実だ。企業価値向上をシビアに目指す米ファンドが経営の実権を握れば、さらなる合理化が進められて店舗が減少していくことは容易に想像できよう。
実際、一部の報道によれば、西武池袋本店の低階層(1〜4階)には現在、ルイ・ヴィトンやエルメスが軒を並べているのだが、そこにヨドバシカメラがゴソッと入るという話もある。どちらにせよ、外資ファンドへの売却によってこれまでの「西武百貨店」の姿が大きく変わってしまう可能性はかなり高いのだ。
そう聞くと、「このままいけば近い将来、百貨店って消滅しちゃうんじゃないの?」と感じる人も多いだろう。もちろん、当の百貨店業界はそんな未来は全否定している。日本百貨店協会の村田善郎会長(高島屋社長)は1月13日の新年賀詞交換会でこのように気を吐いた。
「百貨店は絶対に残していく。スーパーブランドからコロッケまで同じ館にあるビジネスモデルは日本ならではだ。これを次世代に発展させていきたい」
●百貨店は「発展」できる
では、本当に百貨店はこの先も生き残って、次世代へと発展していけるのだろうか。
結論から先に言ってしまうと、筆者は「できる」と考えている。ただし、そこには「リッチな外国人観光客と国内の富裕層をターゲットに絞れば」という条件が付く。具体的には、百貨店に高級ラグジュアリーホテルや、高級レジデンスを併設するのだ。
リッチな外国人観光客や富裕層は、購買力があるので、ホテルや自宅からエレベーターで降りるだけのところにある高級ブランドでも、われわれがユニクロでフリースを買うようなノリで気前良くショッピングをしてくれる。そして、このような人々は百貨店内の高級レストランを利用するだけではなく、ときには庶民の味も楽しみたいということで、デパ地下でお惣菜も買ってくれる。
つまり、国内外の金持ちをメインターゲットにしていけば、村田会長の言う「スーパーブランドからコロッケまで」というビジネスモデルはちゃんと存続できるのだ。
もちろん、これが唯一の生き残りの道だということは百貨店側もよく理解している。分かりやすいのが、21年12月にリニューアルした「松山三越」である。ここは地上8階、地下1階というつくりで1階には化粧品やブランドが入って地下は食料品という典型的な百貨店だった。
しかし、20年秋から30年ぶりの大規模改修によって「金持ちをターゲットにする」という方向へ大きく舵(かじ)を切ったのである。
まず、7階と8階には道後温泉の旅館「茶玻瑠」が運営する北欧ライフスタイルホテル「LEPO」とレストラン「AINO」が入る。ホテルは全室フィンランドサウナが付いており、2名1泊で3万5000円くらいの部屋が多い。目玉が飛び出るほど高級というわけではないが、「ビジネスからお得な家族旅行まで」をうたうアパホテルのような庶民派ホテルでもない。
そして5〜6階には、最先端エイジングケアやカウンセリングを受けたり、美と健康に関する商品も購入できる「エイジングケア E3」が入る。ちなみに、こちらには「E3会員」というものがあり入会金は2万2000円で月会費は1万9800円。「うまい棒」が10円から12円に値上げしたと大騒ぎをするような庶民には、縁遠いフロアだということが想像できよう。
●百貨店のターゲットは「富裕層」
このように露骨に「金持ち」を相手にしたフロアが増えてくると、従来の百貨店に入っていたようなテナントはどこへ消えたのかと思うだろうが、それは2〜4階にぎゅっと集められている。1階に関しても、化粧品や高級ブランドは消えて、愛媛の観光情報や、松山を代表する老舗お土産店「十五万石 YUI」が入ったほか、「坊ちゃんフードホール」という巨大なフードコートができた。
この松山三越のケースからも分かるように、これからの時代の百貨店は、上層階に高級ホテルや会員制エステで金持ちを呼び寄せて、下のフロアでもお金を落としてもらう、というのが収益の柱となっていくのだ。
もちろん、これまでの百貨店も外商フロアなどで、富裕層を取り込んでいたわけだが、その一方で庶民向けのフロアやサービスも充実させて結果、どっちつかずの「中途半端な施設」になってしまっていた。だからこそ今後は「富裕層」に完全に特化して、庶民向けのフロアは「おまけ」程度にしていく必要があるのだ。
下層階のフードコートや食料品売り場という「庶民」向けの商売がいくら大盛況でも、そこで得られる利益など「安いニッポン」ではたかがしれている。逆に言えば、この収益の低いところを存続させていくためにも、高級ホテルなどで金持ちをいかに館に誘い込むのかが、その「館」全体の命運を決めると言ってもいい。
これは、東急百貨店本店の跡地にできる施設を見ても明らかだ。報道によれば、2027年度の完成を目指しているこの施設は高さ165メートル、地上36階、地下4階。上層階は賃貸レジデンス、中層階にはアジアで展開する高級ホテル、そして低階層に商業施設ができる。
要するに、渋谷のタワーマンションと高級ホテルの下に“ミニ百貨店”が併設されるようなイメージなのだ。しかも、それは富裕層に特化した施設になる見込みだ。なぜそう思うかというと、東急グループがこの再開発のパートナーに選んだ企業だ。それは、「L Catterton Real Estate(Lキャタルトンリアルエステート)」である。
「なんだよ、それ」という反応がほとんどだろう。同社はルイ・ヴィトンなどの高級ブランドを傘下に持つLVMHグループで、「GINZA SIX」の開発にも参画した。
東京以外の方はあまりピンとこないだろうが、GINZA SIXというのは、松坂屋銀座の跡地にできた富裕層向け商業施設で、コロナ前は中国人の金持ち御一行が、高級ブランドを爆買いしていたスポットとして知られていた。
国内外のハイブランド、ラグジュアリーブランドが軒を並べて、Tシャツ一枚が3万円なんてところもある。「え! マックのハンバーガーが170円? 高すぎるだろ、殺す気か!」なんて怒っている日本のつつましい庶民は、ハナから相手にしていないのだ。
●百貨店が生き残っていく道
そういう施設をつくったL Catterton Real Estateが東急百貨店跡地に高級ホテル・レジデンス付きの商業施設をつくるとなれば、どういうものができるのかは大体想像がつくだろう。ただ、露骨に金持ちだけにするとカドがたつので、商業施設の中には申し訳程度に、ユニクロなどの庶民的なブランドも入るかもしれない。フードコートやデパ地下的なおしゃれな惣菜コーナーもできるかもしれない。
ただ、それらは“おまけ”に過ぎない。収益の柱はあくまで富裕層が落とすお金なので、庶民から反感を抱かせない程度に体裁を整えただけのものなのだ。
このような話をすると、「富裕層に限定するのは何かあったときにリスクが高い」「幅広い層が利用できない百貨店など意味がないのでは?」なんて感じる人も多いだろう。だが、日本の百貨店がここまで衰退してしまった本質的な原因は、「すべての客を平等に扱う」ことに固執してしまったからだ。
ご存じの方も多いだろうが、日本の百貨店はもともと都市開発の一環で発展した。鉄道を敷いてターミナル駅の周辺に繁華街と百貨店をつくって、その沿線に住宅街をつくっていく――。そんなビジネスモデルを阪急阪神東宝グループ創始者の小林一三が始めて、その手法を参考にして関東で進めたのが、東急グループ創業者の五島慶太だ。
都市開発なので当然、あらゆる消費者を意識した。金持ちから庶民まで、高齢者から赤ん坊まで、まさしく「ゆりかごから墓場まで」をカバーする都市開発ビジネスの拠点が、百貨店だったのである。
だから、百貨店は長く「幅広い層」の憩いの場であった。屋上には遊園地ができて家族連れが楽しめた。裕福な人は高級ブランドで優雅な買い物を楽しみ、庶民も背伸びしてお値打ち品を購入できた。レストラフロアも高級店からファミリーが外食できる程度の値段設定まで幅広くした。そして、地下の食料品売り場は、貧富の差に関係なく幅広い層が手頃な価格で、おいしい惣菜が食べられるようにした。
●「幅広い層」にこだわるのであれば
日本の人口が右肩あがりで増えていく時代は、経済も順調に成長していくので、幅広い層をターゲットにするビジネスモデルが成立した。しかし、人口が減って、しかも賃金が上がらないとなると、ガラガラと崩壊していく。
庶民は「安さ」を追い求めるので、激安スーパーやファストファッション、郊外のイオンモール的な庶民派のショッピングモールができれば続々とそちらへ流れてしまう。百貨店に足を運ぶ機会があってもそこで買い物はほとんどしない。
ウィンドウショッピング的に商品を手にとってみて、ネットで検索して安いサイトで購入をする。百貨店で買い物をするのは年に何度かあるセールくらいになっている。
つまり、人口増時代にできあがった、幅広い層を取り込む「百貨店」というビジネスモデルは、人口が減少に転じたことで通用しなくなったのだ。ただ、もしそんな中でもどうしても幅広い層にこだわりたいのなら、手がないわけでもない。百貨店単体にはもはやその力はないので、幅広い層を集められる施設とコラボするのだ。
具体的には、野球場や競馬場、温泉施設などを百貨店に併設をする。先ほど申し上げた高級ホテルや高級レジデンスを併設して富裕層を誘い込むのと同じように、エンタメ施設で幅広い層を百貨店に誘い込むのである。
実際、すでにそのようなコンセプトのものは生まれつつある。例えば、日本ハムの本拠地として建設中の「エスコンフィールド北海道」には「ザ・ロッジ」という商業施設もつくる予定だ。
野球ファンも高齢化は進んでいるが、家族づれや若者などまだまだ幅広い層がいる。野球場へやって来た流れで、併設する百貨店に寄って、食事や買い物を楽しむというパターンは考えられる。
実際、米国の「ボールパーク」の中には、スタジアムにレストランやバーなどが入った複合エンタメ施設が併設されている。これが成立するのなら「日本流ボールパーク」は百貨店とコラボしたっていい。球団が優勝したらそのまま記念セールもできるなどシナジー効果も高いはずだ。
また、温泉施設なども考えられる。和歌山にはかつて「丸正百貨店」という老舗百貨店があったが倒産してしまって、その跡地には現在、「フォルテワジマ」という商業施設ができている。そこの地下には「ふくろうの湯」という温泉施設が併設されているのだ。
●金持ち向けか、庶民向けか
今、スーパー銭湯や日帰り温泉施設の中には、マンガやリラクゼーションスペース、おいしいレストランを備えて、若者から人気になっているところも多い。そのような集客力の高いエンタメ施設を併設すれば、「若者離れ」が叫ばれる百貨店に、若い層を呼び込むこともできるかもしれない。
実はそのような施設がかつて浅草にあった。1959年から72年にあった「新世界」である。
この巨大な施設の中には、温泉浴場だけではなく、ホステス500人が働き、歌謡ショーなどを魅せる劇場キャバレー、そして室内ローラースケート場や屋内遊園地などさまざまなエンタメフロアがあったことから、「娯楽のデパート」と呼ばれた。
この新世界を今の時代に合った形で、復活させてみてはどうだろう。娯楽は金持ちも庶民も求めるものだし、温泉や競馬、野球、ゲーセンはもちろん、ラウンドワンのスポッチャのようなアミューズメント施設や、お笑い劇場などさまざまな娯楽に特化した「現代の新世界」をつくれば、老若男女が集い、そのついでに併設された百貨店に幅広い層を呼び込むことができる。
いずれにせよ、これだけ貧富の差が広がった今の日本では、価格的に幅広い層が利用できるデパートというのはもはや成立しない。
金持ち向けならば徹底的に敷居を高くして、庶民は近づけないくらいにすべきだし、庶民向けならば徹底的に「娯楽」と「安さ」を打ち出して、イオンモール以上に俗っぽくしていくべきだ。
百貨店が存続していくために必要なのは、「どちらかを選んで、どちらかを切り捨てる」という勇気なのではないか。
(窪田順生)