EUのBEV(バッテリーEV)推進論も案の定、陰りを見せ始めた。自動車メーカーを持たず、水力発電で再生可能エネルギーが豊富なノルウェーのEV優遇策があっけなく破綻し、自動車メーカーもBEVへの一本化に異議を唱え始めている。脱炭素や電動化への解釈をどう変えて規制を実態の伴ったものにしていくか、これからの動向を見守りたいところだ。
そもそも欧米の政策は日本より決定がスピーディーで明確なばかりでなく、政権が変わったり、情勢の変化があったり、さまざまな理由で簡単に覆す。このあたりは日本の再生可能エネルギー政策やマイナンバーカード普及活動の責任者にも見習ってほしい部分ではある。
欧米における法規制は日本のそれとは、やはり根本的に異なる。日本は海外に向けて規制をアピールするようなことはしないし、それを変更できるのは外圧だけだ。
一方、欧米は法規制を折衝にも有効に活用するのだ。つまり日本は外から影響を受けるだけなのに対し、欧米は規制を変えることで自分達に有利な状況をつくり上げる。
2050年までに完全にカーボンニュートラルな社会を目指すのは目標なのだが、規制としてブチ上げ国家としての姿勢を明確にする。けれども無理だと分かれば、どうやって現実的な対策をとるか妥協案を探る。ある意味、欧米の規制はカラクリがあるのだ。
それは自国の産業が立ち行かなくなるようなことがあれば、労働者が路頭に迷うことになり国力が低下することを知っていて、それを防ぐことを優先するからだ。日本のようにハリボテで実態を伴わないような法規制や優遇措置とは次元が違う。
労働者や登録制のクルマなど取りやすいところから税を搾取して、国民を貧しくさせて我慢を強いる政策しか打ち出せない国の指導者は、国民から見捨てられることになるだろう。
●中国に握られているリチウム利権への対抗策はあるか
結局のところ脱炭素を実現させるのは法規制ではなく、テクノロジーの進歩でしかないのだ。だが電動化を闇雲に進めることは、さまざまな弊害を生むことになる。その一つがリチウムの高騰だ。
このところテスラ以外でBEVの価格が上昇しているのは、リチウムの価格が高騰していることが大きな理由だ。リチウム価格の決定権を中国に握られている以上、こうしたリスクは織り込み済みだったはずだが、実際には対抗策がないまま、値上げせざるを得ない状況に陥っている。
こうした問題を解決するのはテクノロジーの進化しかない。相手は現状の環境では最強のカードを持っており、自分から譲歩する理由など見当たらないからだ。もちろん完全に自国だけの消費や輸出だけで使い切ることはできないし、そんなことをしたら貿易摩擦で他の産業にも支障が出る。
そのため適度に材料を輸出し、価格をコントロールしながら自国に有利な状況をつくり出している。これが今のEVにおける国際リチウム市場の状況と言っていいだろう。
このまま中国にリチウムイオン電池やEVの主導権を握られてしまうのは、日本を含む自動車先進国にとって深刻な問題となってしまう恐れがある。しかし日本にはまだ対抗策が存在する。
なぜなら同じような状況は、過去にもあったからだ。それはレアアースの輸出規制である。尖閣諸島で中国漁船が海上自衛隊の護衛艦に体当たりし拿捕(だほ)した報復措置で、ネオジム磁石の原料となるジスプロシウムの日本向け輸出を停止させたことだ。理不尽な報復に政府が抗議するとともに、日本企業はレアアースの使用量を削減した高性能モーターを次々に開発し、中国側を慌てさせたのだ。
対リチウム政策としては、リチウムイオン電池に代わる次世代電池の開発を急ぐしかない。それはナトリウムイオン電池だ。目下、世界中の電池技術者が開発を続けており、中国のリチウム電池大手CATLはリチウムイオン電池と組み合わせることで実用化し量産を開始している。
日本も開発レベルとしては世界トップクラスにあるが、まだ製品化できるのは小型のバッテリーパックレベルであり、EVの駆動用バッテリーとして使えるほどの大容量で安全性の高いモジュールの量産は難しいようだ。
しかし実用化できれば海に囲まれた日本では「ナトリウムは無尽蔵」とも言えるので、リチウム枯渇問題は解決できるし、リチウムの採掘や精製時における環境問題もクリアーできる。国がさらにバックアップを強化して、実用化を加速させればリチウム利権など吹っ飛ぶことになるのだ。
●現時点で最も現実的な解決策はPHEVなのかHEVなのか
現時点でリチウムが高騰していることは、これからBEVをクルマの主流とするには困難にさせる材料として十分だ。もちろんこれからの主役は純ガソリン車でないことは明白だ。しかし電動車なら何でも同じ、何でもいいというわけではない。
BEVはまだ幾度もブレイクスルーが起こらなければ、誰もが安心して快適に使い続けられるクルマには成り得ない。FCV(燃料電池自動車)のように極めて限定的な使い方をするには、すでに十分な性能は確保している。日本では日産サクラが使える環境で、現時点でベストなEVライフだろう。
プラグインハイブリッドは100キロメートル程度の中距離移動までは効率のいい電動車に思えるかもしれないが、そこには大きな盲点がある。それはバッテリーに蓄電された電力を使い果たしたら、あとはエンジンで重たいバッテリーを運ぶクルマになってしまう、ということだ。
PHEVでもEVのように回生充電はできるし、シリーズハイブリッドのようにエンジンで発電できるモデルもあるじゃないか、という意見も出てくるだろう。しかしそれらはPHEVのバッテリーを満充電させるものではなく、エンジンでクルマを走らせるものと環境性能は大差ないものになってしまう。
つまり電欠を防ぐためには有効だが、普段はエンジンとその燃料をEVが運んでいるだけになる。年に数回の遠出のためにPHEVに乗っているのでは、充電設備が普及している地域では無駄が多いことになる。
さらに昨今のバイオガソリンを混ぜた燃料は、想像以上に劣化が早く、本来のオクタン価(燃料のノッキングのしにくさを示す尺度)向上効果は消滅してしまうだけでなく、エンジンの調子を崩す恐れすらある。そうなるとほとんど毎日プラグインの充電だけで走っているクルマは燃料の劣化が避けられず、エンジンの不調や燃費悪化を招く可能性もあるのだ。
さらにバッテリーの劣化も避けられないから、クルマの価値は短期間で大きく下がり、10年も経過すればバッテリーを交換するか廃車してリサイクルするかという判断に追い込まれる。このあたりはEVとまったく同じなのだ。
そう考えると現在の最適解は、やはりハイブリッド車ということになる。それを理解できない人たちにも、ハイブリッド車の魅力を広めるためにつくられたのが、新型のトヨタ・プリウスなのである。
ハイブリッド車は充電できないことを欠点のように見る人もいるが、普通充電さえままならない日本のマイカー事情では、BEVはそれほど普及できない環境にある。急速充電こそBEVの理想的な使い方だと思っている人もいるようだが、BEVの電費を走行時の電力消費だけで考えるのは、そろそろ改めたほうがいい。
充電中の充電ケーブルやバッテリーの熱損失を考慮していない、というのは電力消費を考えるにあたって不十分ではないだろうか。ましてやバッテリーは冷却する必要があればそのぶん電力を消費するし、これからますます大電流化される急速充電では充電ケーブルさえ冷却する必要性が出てくるのだ。
BEVとFCV、PHEVとシリーズハイブリッドを含むハイブリッド車、さらに水素エンジン車やバイオ燃料、合成燃料を使うエンジン車のすべてが使い分けられてこそ、適材適所の脱炭素対策になるのである。
またカーボンニュートラルを実現するためには、さまざまな手段を講ずることも大事だ。つまり排出を抑えるだけではなく、回収し利用することも推し進めることだ。このあたりも日本では技術開発が進んでいるので、筆者は十分に期待できると思っている。
それに地球温暖化だけでなく環境問題すべてを考えることが必要だ。EVやソーラーパネルがCO2を削減しても、リチウムやシリコンの採掘が公害問題となっては矛盾する。
タイヤやブレーキが摩耗することで発生するダストも、いよいよ環境負荷に含まれるようになってきた。クルマを取り巻く環境が厳しくなっていくほど、日本の技術力、開発力が問われ、解決策を示せれば国際的な注目度は高まる。これからの10年が正念場だ。
(高根英幸)