これからの消費トレンドの中心を担う存在として注目されている「Z世代」。1990年代中盤以降に生まれたこの世代の人たちは日々どんなことを感じ、どんな価値観を重視しているのか。将来の市場拡大やシェア獲得を見据える企業にとっては、そこを把握することがカギの一つとなる。
市場縮小への危機感を持ち、Z世代へのマーケティングに注力しているのが、「カンロ飴」「ピュレグミ」などで知られる菓子メーカーのカンロだ。同社の主力商品はあめとグミだが、ブームが続くグミに対して、あめは若者が積極的に購入する菓子ではなくなっている。市場を拡大していくためには、若い世代にもあめに親しんでもらうことが大きな課題だ。
こうした背景から、カンロが実施しているのが「Z世代 飴の原体験共創プロジェクト」。単に「若者にウケそう」な商品をつくるのではなく、「あめ」と「Z世代」の両方を徹底的に深掘りすることから始めたプロジェクトだという。果たして、どのようなプロジェクトなのか。そして、どんな商品ができてきたのか。担当者に話を聞いた。
●あめは「買うもの」ではなく「もらうもの」
カンロの足元の業績は好調だ。2022年12月期の業績予想(22年10月発表)では、売上高が前期比15.6%増、営業利益は45.9%増。ピュレグミなどグミカテゴリーがけん引しており、あめカテゴリーもコロナ禍の落ち込みから回復基調にある。
しかし、長期的に見れば、あめの市場は緩やかな縮小傾向が続く。あめの消費は40代以上の中高年層が占める割合が大きく、若年層は伸びていないという。将来の市場を見据えると、今の若い世代にもあめに親しんでもらうことが課題となる。
その課題に全社横断で取り組むプロジェクトを担当しているのが、ピュレグミ・カンデミーナブランド部の河野亜紀氏だ。普段はピュレグミブランド担当だが、社内の各部署の代表者8人が集まるこのプロジェクトでリーダーを担う。若者向けの取り組みは、これまでも各ブランドの商品開発やマーケティングで実施されてきたが、全社横断でプロジェクト化するのは初めてだという。
21年に始動したプロジェクトでは、「長期的な市場縮小」を課題として、まずは「あめ」そのものの強みや弱み、10年後になりたい姿について議論を重ねた。その上で、若い世代にヒアリングを行った。
「ヒアリングの結果、若い世代にとって、あめは自分で“買う”ものではなく、人から“もらう”ものでした。つまり、これから自分のお金で好きなものを買えるようになったときに、あめが選択肢に入ってこないのです」(河野氏)。市場縮小の危機感を反映するような結果だった。
一方で、若い人たちの声によく耳を傾けると、前向きな“兆し”も見つけた。親や祖父母にあめをもらって食べた幼いころのあたたかい記憶、色や形がかわいい、透明感があってきれい――といった前向きなイメージが強いことだ。
「あめはコミュニケーションツールであり、安心感もある。そして、お菓子の象徴としての根源的なかわいさがあります。若い世代もそういった良いイメージを持っているので、もう一度振り向いてもらう兆しがあるのではないかと考えました」(河野氏)
若者の声から出てきたあめのイメージは、事前にプロジェクトメンバーで議論したあめの価値とも重なる。Z世代と同じ感覚を共有できることを確かめた上で、具体的な取り組みに着手した。それが、現在進めている「Z世代 飴の原体験共創プロジェクト」だ。
●不安や孤独……高校生のリアルな気持ち
このプロジェクトでは、あめの“原体験”をつくることを目的に、現役の高校生3人に参加してもらって商品開発を行っている。22年8月から本格的に始動し、月1回、企画会議を実施。5月の発売に向けて、開発は最終段階に入っている。
高校生を商品企画に参加させる理由は、ただ若者の意見を反映させたいからというだけではない。河野氏は「本音を引き出すためには、長期間かけて信頼関係を築いていくことが必要」と説明する。ぱっと見て「かわいい」「映える」だけではなく、あめの価値である「コミュニケーションツール」「安心感」「根源的なかわいさ」を心から感じてもらう商品をつくるためには、できるだけ本音を語ってもらいたいのだという。
プロジェクトに参加したのは、モデルやタレントとしても活動する高校生。しかし、じっくりと話を聞くうちに、華々しさだけではない“感情”も見えてきた。
「今の若い人たちはスマホネイティブで、SNSを楽しんでいるというイメージがあります。しかし、彼女たちの話を聞いていると、実際は気持ちの浮き沈みが大きく、不安や孤独と葛藤する“心のもろさ”があることを感じました」(河野氏)
「SNSでメッセージの返事を送ってこない相手が、ストーリーを更新している」「自分の知らないうちにSNSのグループができている」「自分がひとりぼっちだと感じることがある」など、SNSで他人とつながりやすくなったからこそ、若者たちが抱える“モヤモヤ”は複雑で際限のないものになっている。
身近なお菓子には、そんな気分を少しでも晴らすような役割が求められている。河野氏は「あめをなめてどんな気持ちになりたいかを尋ねると、『安心』『愛』という言葉が出てきました」と話す。
●「かわいい」を深掘り、心が動く要素を見つける
そういった気持ちに寄り添うことを前提に、商品の形や味、パッケージなどを話し合った。その際も、「これが良い」という意見をそのまま採用したわけではない。時間をかけて深掘りすることを意識した。
「パッケージやあめの形をいくつか提案すると、全部『かわいい!』と言ってくれますが、実は“かわいい”にも幅があります。掘り下げて聞いていくと、『ポジティブな気持ちになれる』『元気になれる』ものに対して、特に心が動くことが分かりました。話し合って出てきたさまざまな要素を取り入れながら、一つの商品としてまとめています」(河野氏)
実際の発売まで詳細は明かせないものの、開発中の商品には、Z世代の気持ちを高めるような要素をたくさん取り入れているという。キーワードの一つは「青春」。パッケージには、日々の青春を表すようなイメージ、また、上の世代にとっては懐かしさを感じるようなイメージを採用。商品名については「小説の一節のような、物語が始まることをにおわせる」(河野氏)言葉を使っているという。
そして、「安心」「愛」を感じられるものが求められていることから、あめのフレーバーは「どこか懐かしく、ほっとする味」(河野氏)にした。試作を経て、最終的に決定する。パッケージのサイズは、バッグに入れて持ち歩きやすい小さめのサイズになる予定だ。
河野氏は「私たちはあめのプロで、彼女たちは“Z世代のプロ”。お互いにプロとして尊重することを意識しました。そのため、企画会議は毎回楽しい雰囲気で、建設的な意見交換ができています。じっくり話を聞いて意見を取り入れているので、満たされた感覚を持ってくれているようです」と振り返る。
「最近の若者といえば……」というイメージをいったん捨てて、目の前にいる高校生たちが本当に求めている感覚を理解しようとする。それが、若者の視点からあめの価値をあらためて見直す機会にもなっており、商品開発をより深化させているようだ。
●全ての世代で「時間を濃くする」存在に
今回のプロジェクトは、最初にあめの価値や将来目指したいことを徹底的に議論してまとめることからスタートしている。それを土台にしながら、ターゲット層であるZ世代に対するアプローチを考えていった。
河野氏は「このやり方をフォーマット化すれば、他の商品カテゴリーやターゲットでも応用できるのではないか」と話す。商品やブランドの固有の価値、そしてこれから提供していきたい価値がキーワードとしてまとまっていれば、どんな取り組みをするときにも羅針盤のような存在になるという。
今回の取り組みの場合、プロジェクトチームが定めた“なりたい姿”は、あめが人々の暮らしの中で「時間を濃くする体験」を提供していくことだ。
「ボリュームゾーンである中高年世代向けの商品にも注力していますが、『あめはシニア向け』というイメージが強くなるのは、市場活性化のためには得策ではありません。全ての世代で、気持ちが前向きになるような存在にしていけたら。あめ自体を“ときめく”ものにすることを目指しています」(河野氏)