少子化に歯止めがかからない日本では全国の自治体で学校の統廃合が進んでおり、34年前の1989(平成元)年と比較すると小学校の数は約2割、中学校の数も1割ほど減っている。
学校と聞いて思い浮かぶものの一つに「黒板」があるが、学校数の減少に加えて教育現場の情報通信技術(ICT)化による電子黒板への代替もあり、黒板の販売数も落ち込んでいるという。30年ほど前までは全国に100社以上あった黒板メーカーも、現在では30社程度まで激減している。
そんな厳しい状況下で気を吐いているのが、1919(大正8)年創業の黒板メーカー、サカワ(愛媛県東温市)だ。同社の4代目社長・坂和寿忠氏によれば、2022年の売り上げは約14億円、過去最高を記録したという。
その売り上げの約9割を占めるのが、ウルトラワイドプロジェクター「ワイード」の販売・設置だ。ワイードは黒板専用のプロジェクターで、学校に設置されている黒板と同じ縦横比16:6の映像を最大130インチ、4000ルーメンの明るさで投影できるのが特徴。一般的なプロジェクターでは難しい超単焦点での拡大投影が可能になっているほか、投影画面を左右にスライドするなど、授業で使うために便利な機能が随所に盛り込まれている。
「黒板によっては、太陽光の反射を抑えるために中央がくぼんだ形で湾曲しているものがある。そうした黒板に一般的なプロジェクターで投影するとゆがみが出てしまうが、ワイードは湾曲した黒板にも正確に投影できるように補正機能も搭載している」と坂和社長。
16年に発売されたワイードは小中学校・高等学校を中心に全国の教育機関・自治体で採用され、22年は768教室が導入。累計導入台数は22年12月時点で5200台を超えた。
黒板とプロジェクターでは、製造方法が全く異なるのは想像に難くない。多くの黒板メーカーが次々に廃業していくなか、どうしてサカワは事業転換できたのか。
坂和社長は「(プロジェクターの開発は)まったくゼロからだった。僕らは『こういう機能が欲しい』『こういう設計にしたい』といったアイデアを出すだけで、ワイード自体の製造は台湾の電子メーカーが担当している」と笑う。
「サカワは黒板製造の老舗だが、『将来、黒板がなくなっても大丈夫』というくらいの気持ちでやっている。現在主力のワイードにしても、アナログ(黒板)からデジタル(電子黒板)へ移行する過渡期の製品にすぎない。黒板が完全になくなる時代も想定している」(坂和社長)
●最初は鼻で笑われた
坂和社長がワイードを開発したのは、電子黒板が活用されていない実態を知ったのがきっかけだった。文部科学省が学校の耐震化・エコ化・ICT化を目指す「スクールニューディール構想」を打ち出した2009年以降、電子黒板を導入する学校は増えた。ところが、電子黒板を活用した授業で成果を上げている学校は3割程度しかない。教師のITリテラシーが不十分なところへ電子機器だけを導入しても結局は無用の長物になってしまうのだ。
「そんなとき、プロジェクターの映像を投影した黒板にチョークで書き込むという手法を思いついた。黒板を廃止するのではなく、そのまま利用しながらデジタルとアナログの良いところを取り入れた」と坂和社長は説明する。
サカワにとってはプロジェクターの開発だけでなく、販売も初めてのことだった。黒板とプロジェクターでは販売先が違うのだ。坂和社長は「黒板は建築資材なので建築業者や設計事務所が販売先だったが、プロジェクターを学校に導入する場合は教育委員会などでの入札になる。販売ルートもゼロから構築した」と当時を振り返る。「1年目は四十数台しか売れなくて……黒板屋がいきなりプロジェクターの販売を始めたということで、黒板業界では鼻で笑われていた」(坂和社長)
ワイードは教育関係の展示会に出展することで認知向上を図った。坂和社長は「教育ICT展には10年連続で出展している。当初はブース1コマだったが、いまでは出展社の中でも大きい部類になった」と話す。また、教師同士の口コミもワイードの認知向上に貢献しているという。公立校の教師の場合、数年おきに転勤がある。前の学校でワイードを使っていた教師が、転勤先の学校で導入を勧めてくれるケースも多いそうだ。
プロジェクターを開発・販売しているメーカーはいくつもあるが、黒板用プロジェクターの市場に参入しないのだろうか。坂和社長は「黒板に映像を投影したいというだけの非常にニッチな市場なので大手は参入してこない。一方で、黒板メーカーとしてのノウハウを持っていないベンチャーでは現場の教師が求めるプロジェクターは作れないと思う」と話す。
「サカワは従業員数30人前後の小規模な会社なので、小さな市場でも十分にビジネスとして成り立っている」と坂和社長。国外展開も考えているとのことだが、現状では手が回らないという。一つの自治体が導入を決めると、その自治体の管轄にある学校にはすべてワイードが導入される。その台数は学校数×教室数となるため、サカワは数百台のワイードをまとめて受注することになるわけだ。ワイードの導入に伴って、より映像がきれいに映る黒板に交換するケースもあり、同社の「ブルーグレー黒板」の売り上げも伸びているという。
「自治体単位で言えば、(ワイードの導入を決めたのは)まだ数パーセントにしかならない」と坂和社長。つまり、市場のまだ1割にも普及していないということだ。大手が参入しないニッチな市場、ベンチャーが参入しにくいクローズドな市場は、地方の黒板メーカーにとって広大なブルーオーシャンだった。