会社に新しい仲間を受け入れることは喜びや楽しみがある一方、価値観の相違という超えるべき壁もあります。特に、新卒採用は学生から社会人という大きな環境の変化でもあるので、中途採用よりも悩ましいことも増えるでしょう。

 せっかく採用した従業員が内定を辞退したり、早期に辞めてしまったり、不要な労使トラブルに発展してしまうことがないよう、特にありがちな「賃金トラブル」に関する悩みや疑問について解説します。

●内定者研修は労働時間? 賃金は払うべきか

 新卒採用で内定を出した後も他社との綱引きがありますから、内定者へのフォローは欠かせません。フォローの一環として内定者を集めて入社前に研修を行うケースもあるでしょう。内定者研修は会社に対する理解を深めたり、同期メンバーとの交流が生まれたりと良いことが多いのですが、その一方で会社から呼ばれて研修に参加したのに賃金が払われなかったと不満を覚える人もいます。

 会社が行う研修は内定者に限らず既存の社員においても、労働時間として賃金を払うべきか不要かで労使間の主張の違いが生じやすいです。そのため、行政も考え方について情報を発信しています。

 記載にあるように、研修が「業務上義務付けられていない自由参加のもの」であれば労働時間となりませんので賃金の支払いも不要になります。ただし、業務上義務付けられているか否かは、表面的な言葉でなく実態を踏まえての判断となります。

 例えば、研修の参加有無が今後の人事評価に影響を与えるような場合は、会社が自由参加とうたっていても強制的と判断されます。

 この考えに合わせて内定者研修がレクリエーション的なものであれば労働時間と捉える必要はありませんが、参加しないと入社後の配属において不利益が生じるのであれば、内定者も参加しないわけにはいかないでしょうから労働時間と考えるのが妥当です。内定者研修を実施する際は、その目的や趣旨とともに賃金発生の有無も事前に伝えられると良いでしょう。

●内定者研修の労働条件はどうする?

 では、内定者研修を労働時間とする場合、労働条件はどうするべきでしょうか? 入社後の労働条件に引っ張られる必要はなく別の労働契約と考えることができます。

 よって、内定者研修は不定期に短時間で実施されるため時給制にする方が便利です。この場合の時給は、初任給の額から時間単価を割り出したものを用いても良いですし、業務の負担が軽いという意味で、それよりも低い時給を設定しても問題ありません。ただし、内定者が不満を感じないようにきちんと納得してもらう必要があります。

 また、入社前にインターンシップという形で研修を兼ねて勤務させる場合も同様です。初任給と別の労働条件を設定すること自体は問題ないものの、研修の枠を超えて強制的に働かされたという不満もネット上などで散見されますから、学業に影響が出ないように配慮しましょう。

●宿泊型の研修、労働時間はどう計算する?

 新卒の場合、入社後は泊りがけで研修を実施するケースもあるかと思います。この場合の労働時間はどのように考えるべきでしょうか。

 まず自宅からホテルに向かう時間については、出張などと同じように特別な事情がない限り労働時間とは考えません。よって原則として研修開始時刻が始業時刻となります。

 また最近では減ってきた印象はあるものの、宿泊研修では新入社員同士が夕食後も集まって翌日の研修に向けて深夜まで何かを検討したり、レポートを作成したりすることもあります。自発的な取り組みであるならば労働時間外と考えられますが、そもそも所定労働時間内で完了させるのが難しい課題を与えているとしたら、持ち帰り残業と同じ構図になりますので、労働時間と解釈するのが自然でしょう。

 当然、8時間を超える労働時間分や午後10時を過ぎた労働時間分は割増賃金での支払いが必要になりますから、時間管理はきちんと行いましょう。

●もう辞めてしまうの? 早期離職のリスク

 ここまで、入社前後の新入社員研修を例にありがちな「賃金トラブル」の対処法について解説してきましたが、これらはあくまで一例です。そのほかにも「入社に伴う転居費用は会社負担か?」など、新入社員をめぐるトラブル事例は枚挙にいとまがありません(ちなみに、転居費用に関しては法律での取り決めはないので、労使間で自由に決めることができます)。

 ささいな認識違いが早期離職につながるケースもあるため労務担当者には細やかな気配りが求められます。実際、厚生労働省の調査によると、大卒1年目の離職率は10%、3年目にはその数字が30%以上になります。

 また、就職みらい研究所は「就職白書2020」において、2020年新卒の平均採用コストを1人当たり93.6万円と試算しています。採用を有効な投資にするためにも早期離職の防止は極めて重要な施策になります。よって、採用担当者は採用人数だけでなく、定着率にも目を光らせておくことが大事です。

 では、新入社員は入社後に会社に対してどのような問題を感じているのでしょうか? 連合の発表した「入社前後のトラブルに関する調査2022」によると、1位「時間外労働が恒常的である」、2位「仕事に見合わない低賃金である」、3位「精神的に不調になり辞める人が多い」となっています。

 上位3位の理由から、人手不足で残業が続き、それが原因で退職者が発生し、また人手不足で残業が増えるという負のサイクルが起こっていると推測できます。特に業務に不慣れな新入社員の労働時間に配慮するとともに、適宜業務を見直すことが重要でしょう。

 新卒社員が前向きに働ける環境を整えていくために何が必要か、今回紹介したポイントが参考になれば幸いです。