平日の午前、多くのオフィスで歓喜の声が上がった。第5回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の決勝で、日本は米国を3−2で破り、2009年の第2回大会以来14年ぶり3度目の優勝を果たした。
“仕事そっちのけ”で中継を見守った人も多かったのではないか。そんな中、試合時間に合わせて午前を休みにする「WBC休暇」を複数の企業が取り入れ、大きな話題になった。世界一“休みベタ”とされる日本人だが、企業が率先して「WBC休暇」を導入したことの意義とは何なのか。
「改めて休みにしてよかったです。役割を全うする、仲間を信じる、最後まで諦めない、たくさんのことを学ばせてもらった」
大阪市のコンサルティング会社「トゥモローゲート」の西崎康平社長は3月22日の試合終了後、こうSNSに投稿した。同社は、スポーツ観戦による社員同士のコミュニケーション活性化や業務への活力向上を狙い、同日午前を「WBC休暇」にした。全社員46人のうち、8割を超える38人が休暇を取得し、このうち約20人がオフィスの大型スクリーンで試合を観戦した。
●「感動のインプット大切」
東京都新宿区のウェブマーケティング会社「デジマケ」も同日午前を「WBC休暇」にした。社員8人全員が休暇を取得。社員はオフィスに集まって観戦し、遠方からリモート勤務する社員はオンラインで参加したという。
代表取締役の西畑大樹さんは、「選手一人ひとりが役割を全うし、緊張感ある舞台でプレーを楽しむ姿から社員が得られる学びは大きく、業務にも生かせると考えた」と導入の経緯を語る。
名古屋市のイラスト制作企画会社「LiverCity」も、同日午前を「ペッパーミルポーズの日」として休暇に。社員8人全員が取得したという。担当者は「日頃、お客さまの心を動かす仕事をしている当社にとって、感動のインプットは大切。WBCのような筋書きのないプロスポーツはその機会にうってつけであると考えた」と説明する。
社員からは「村神様が打てるように祈りながら観戦した」との声や、中には野球に関心のない社員もいたようで「スラムダンクの映画を観に行きます」と話す社員もいたという。
国際的なスポーツイベントと企業の休暇は、これまでもたびたび話題になってきた。22年のサッカーワールドカップ(W杯)カタール大会では、現地へ応援に行ったNTT東日本の社員が「上司へ、2週間の休暇をありがとう!」と英語で書いたメッセージを客席から掲げ話題に。社員は有給休暇と休日出勤した分の代休を組み合わせて2週間の長期休暇にしたという。
当時、国際サッカー連盟FIFAがTwitterで取り上げ、大きな話題となった。同社は当時の取材に対し、「充実した休暇を取ってもらうのは業務にも良い影響を与える。社員が働き方を工夫して有意義な休暇を過ごしているなら望ましい」とコメントしている。
●「社員の気持ち理解する企業の証明に」
「WBC休暇は痒(かゆ)い所に手が届く施策。社員の気持ちを理解し、その気持ちに応える企業であることの証明になる」
こう話すのは、経営管理や人事責任者などを長年経験し、企業の内部事情に詳しいワークスタイル研究家の川上敬太郎氏だ。
この日の試合開始前、SNSでは「休みたい」「決勝が見たくて仕事にならない」――などのワードがトレンドに。メジャーリーグベースボール(MLB)のTwitter日本公式アカウントは「仕事をしている場合ではないという皆さんのために、MLBジャパンが書類をご用意いたしました」とツイートし、作成した「休暇届」とともに大きな話題になった。
こうした背景から、川上氏は「WBC休暇がある会社はうらやましい存在になったのではないか」と指摘。「採用難の時代に、社員からの支持を集められる制度の設置は経営戦略の一環として有効な施策」とも強調する。
●世界一“休みベタ”な日本人
日本人は世界一“休みベタ”――。そんな状況を示す調査結果がある。旅行予約サイト大手のエクスペディアが世界の国・地域を対象に実施する「有給休暇の国際比較調査」。19年の調査では日本の有給休暇取得日数は10日、取得率は50%で、4年連続最下位となった。
休みを取らない理由として、最も多かったのは「緊急時のために取っておく」。2位に「人手不足」、3位に「仕事をする気がないと思われたくない」が続いた。有給休暇を取得する上でも職場の空気を読む日本人の様子がうかがえる。
有給休暇の取得に罪悪感を抱く人の割合(18年調査)でも日本は58%でトップ。最も低かったメキシコの20%より38ポイントも高かった。
有給休暇の取得状況は足元では改善傾向にあり、21年調査では支給日数20日間のうち12日間の取得となり、取得率は60%にアップ。オーストラリアやニュージーランド(いずれも50%)を上回り、最下位は免れた。
一方で、同じ21年調査で「休暇中に連絡を遮断するか」という質問に対し、43%が「遮断しない」と回答し、世界で最も多い結果となった。さらに「上司・会社が休暇取得に協力的か」との問いに「はい」と回答した人の割合は50%で、こちらも日本は世界で最も低い割合となった。
有給休暇の取得状況は改善しつつも、“休みベタ”な状況はあまり変わらない様子がうかがえる。
●「休んでいいよ」企業が発信する意義
川上氏は、「“休みベタ”は勤勉さの裏返しでもあるが、過剰な勤勉さが過労につながると、心身の健康を害するのはもちろん、仕事上のパフォーマンスを下げてしまうことにもなる」と指摘。WBC休暇のように企業が「休んでいいよ」というメッセージを発信することは、「社員が安心して気持ちよく休むことにつながり、心身の健康維持や仕事のパフォーマンスにも良い影響を与える」とコメントする。
日本代表の活躍ぶりとともに、「WBC休暇」が一躍話題になった背景には、こうした日本人の“休みベタ”な一面が影響している側面もありそうだ。
川上氏は「すべての社員がWBCに興味があるわけではなく、休みたい事情は人それぞれ」だとし、「誰もが個々の事情に合わせて休みたいときに休みやすく、かつ仕事でしっかりとパフォーマンスが発揮できる職場づくりこそ、本来求められる取り組みなのだと思う」と話している。