イオングループが発表した「7%賃上げ」は、多くの企業に影響を与えました。大企業は軒並み「ベア満額回答」「賃上げ●%アップ」となり、社員やパートの給料は上がっていきそうです。また、2023年度の新卒初任給を引き上げる企業も目立ちます。

 一方、中小企業は賃上げしにくい状況にあります。コロナ禍の影響も大きく、返済やら新規投資やら支出も多く、売り上げがまだ元に戻っていない企業も多いからです。

 では、中小企業はそのままでいいのか。仮に賃上げできないならば、それに代わる何らかの対策が必要です。何もしなければ人が採用できないばかりか、人材が他社へ流出してしまいます。

 私は「ユニーク福利厚生」こそ中小企業が取り組むべき施策だと考えています。それならば社員も喜ぶし、世の中からも「楽しそうな会社だ」と思ってもらえるからです。

 消費トレンドを追いかけ、小売り・サービス業のコンサルティングを30年以上にわたって続けているムガマエ株式会社代表の岩崎剛幸が分析していきます。

●中小企業の賃上げは難しい状況

 全国の中小企業2300社を対象に、商工中金が22年11〜12月に調査した「中小企業の賃上げの動向」によれば、21年における定例給与・時給の平均引き上げ率は1.31%でした。22年は1.95%、23年も1.98%と約2%程度の賃上げになりそうです。大手が最低でも5%と表明しているのに対して、世の中の大多数を占める中小企業の賃上げ熱はまだ低い状況です。

 中小企業にとって、賃金体系の底上げは資金負担が大きいのが主な理由です。実際にコロナ融資の返済が始まって、資金繰りに苦労している企業が多いです。また、思うようにコロナ前の業績に戻っていない地方の中小企業もたくさんあります。

 東京商工リサーチの「2023年度賃上げに関するアンケート調査(第2回)」によれば、賃上げできないもっとも大きな理由は「コストアップ分を価格転嫁できていないから」です。中小企業では簡単に値上げできないことから、売り上げが上がらない。結果、賃上げしようにもできず、それが理由で採用が難しくなり、さらに業績が厳しくなるといった悪循環も考えられます。

 一番注意しなければならないのは、こうした負のサイクルで今いる従業員が退職してしまうリスクです。優秀な従業員の雇用を守り、会社を存続させるためにも何らかの投資が必要です。中小企業といえども従業員への投資を本格化させる必要があるのです。

●学生が企業に求めるのは「安定性」

 マイナビが毎年採用を控える学生に実施しているアンケート調査によると、15年以降、企業選びの基準に変化が出ています。

 03年卒から23年卒までの時系列のグラフを見ると、学生が企業に求める第1位は、19年卒までずっと「自分がやりたい仕事ができる会社」でした。しかし、それが逆転したのが20年卒。ここで1位に躍り出たのが「安定している会社」です。以降23年卒までトップが続いています。また、ここにきて上がってきているのが「給料のいい会社」「休日、休暇の多い会社」です。

 安定している会社とはどういったものでしょうか。1位は「安心して働ける環境である」、2位は「福利厚生が充実している」、だいぶ差があいて3位が「業界大手である」です。

 企業の魅力はいかに安心して働けるか。そのポイントは「安心して働ける環境整備」と「福利厚生」にあるようです。世の中がそれだけ不安が多く、これからどうなるか分からないという学生心理の表れともいえるでしょう。

 つまり、「いかにして働きやすい会社つくるか」を考えると、魅力ある会社になれるということです。賃上げ以外に工夫をしていく余地はまだあるのです。

 大企業も「賃上げさえすればOK」ではなく、いかに働きやすい会社にするかという「人的資本経営」に力を入れる必要があります。そうでないと、せっかくの賃上げも水の泡ということになりかねません。

●働きやすい会社とは

 働きやすさを向上させるには、2つの福利厚生を整備することが考えられます。1つ目は法定福利厚生制度で、中心となるのは保険制度です。健康保険や厚生年金、雇用保険など法律で定められた企業に必要な諸制度です。これは給与と並んで従業員にとっては最低限必要な制度です。

 2つ目は法定外福利厚生制度です。これは企業が独自に定めているもので、法律で義務付けられたものではなく、企業が任意に定めるものになります。

 企業によって独自に整備できる制度ですから、社風や企業イメージに合った内容を工夫できます。そのため、企業のブランディングとしても機能する制度といえます。

 法定福利厚生が未整備の中小企業もあるので、まずはこちらを法律にのっとった形に整備する必要があります。その上で、やるべきことが法定外福利厚生の充実です。

●ユニークな福利厚生

 中小企業でこうした福利厚生に力を入れ、さらに企業のブランディングとしても活用し、採用にもつなげている事例としては以下のようなものが挙げられます。

 ユニークかつ時代に合ったものだと私が思うのは、中西製作所(大阪市)の「給食費補助制度」です。社員の子ども1人につき年間5万円を上限として、給食費の実費を支給します。子どものいる家庭にとって、毎月の給食費は意外と負担が大きいです。それを会社が負担してくれるというのは聞いたことがありません。

 同社は全国の学校給食室や給食センター向けに厨房機器の製造・販売を手掛けています。ですから、仕事と子育ての両立や少子化対策につながる施策をいろいろと考えて実行しているのです。この取り組みはテレビのニュースで取り上げられており、会社の認知度が上がった一つの事例です(参考:プレスリリース)。

 これ以外にも、応接室や会議室をお昼寝用に開放する「お昼寝スペース制度」(GMOインターネット)や、実家に帰省する費用を負担する「ゴーホーム制度」(チャットワーク)など、企業独自の姿勢が見て取れます。

 ユニークな福利厚生が増えてきたきっかけとなったのは、ふったサイコロの目で毎月の給与の増額分が決まる「サイコロ給」を導入した面白法人カヤック(神奈川県鎌倉市:広告、ネット関連事業)と、チームワークを充実させるためありとあらゆる制度改革を行ってきたサイボウズ(東京都中央区:クラウドサービスの開発、導入事業)ではないかと思います。

 ここでは、サイボウズの取り組みから中小企業が検討すべき福利厚生を考えてみます。

●チームワーク重視

 サイボウズは、創業者の一人である青野慶久社長が、松下電工(現:パナソニック)を経て、1997年8月に愛媛県松山市に設立しました。M&Aの失敗、離職率の増加を機に「多様性」「公明正大」を軸にした、チームワークを重視する経営を続けてきています。

 離職率が28%となった2005年以降、組織や評価制度を含めてさまざまな制度を見直してきました。ワークライフバランスに配慮した各種制度や社内コミュニケーションを活性化する施策に取り組み、現在の離職率は3〜5%程度にまで下がっています。

 多様性を重視する会社だけあり、個人の柔軟な働き方を支援する制度がいろいろと用意されています。育児介護休暇、産前休暇、育自分休暇(希望者は最長6年間サイボウズへの復帰が可能)、子連れ出勤制度、働き方宣言、副(複)業許可などです。さすがに3回も育児休暇をとった青野社長の会社だけあり、子育て関連制度は手厚い印象です。子育てができないからという理由で優秀な社員を流出させないという同社の意思も感じられます。

 子育てと同時に重視しているのがチームワークづくりであることが下記を見るとよく分かります。

 社内のお世話になった人にありがとうを伝える「サイボウズオブザイヤー」や部活動支援、誕生日会、仕事Bar、部内イベント企画、感動課(社内イベントを企画する部署)の設置など、チームワークを充実させるためのさまざまな制度を用意しています。

 これ以外にも、サイボウズでは多種多様なコミュニケーションをとる場を用意していて、「いかにチームとして動いていくか」「チームとして生産性を上げていくことで会社全体を伸ばしていく」を何よりも大切にしています。

 22年の年間実績は増収減益だったようですが、23年は経常利益が前期比2.5倍と最高益を目指しています。

 「チームワークあふれる『社会』を創る」が理想の姿。混迷の時代には同社のように、従業員のつながりや絆を強化するような福利厚生を中小企業は考えていくことが大切だと思います。

●福利厚生を整える上で一番大切なこと

 賃上げが難しい中小企業は、ここまでで挙げた企業を参考に福利厚生を充実させるべきだと思います。ただし、それが単なる、どこかの会社を模倣したユニークな福利厚生制度導入で終わってしまっては意味がありません。あくまでもみなさんの会社の企業理念や企業哲学にのっとった制度で、面白いものを考える必要があります。

 「目を引くから」「メディアにとりあげられそうだから」という理由だけで導入しても、それは長く続きません。それどころか、社員の共感を得られず、時流とズレた会社だと思われてしまうでしょう。

 第1に、福利厚生は大切ですが、自社の理念に沿った最適なものを考えることが最も重要です。

 「花吉野えんめい保育園」(奈良県大淀町)では、月に1回、社内にマッサージ師を呼んで、朝から夕方まで、社員が無料でマッサージを受けられる(1人20分)制度を導入しているいます。保育士というのは、1日中子どもを抱っこしたりおんぶしたりしており、身体に疲れがたまりやすい職業です。そんな保育士さんたちに少しでも身体を整えてもらう機会を提供したいと1年前から始めました。とても好評で、いつもすぐに予約で埋まってしまいます。これ以外にも、ハンドケア、カラーセラピー、タロット占いなど、女性職員の多い職場でいかに働きやすい環境を実現するかを考えて実行しています。

 子どもと向き合う仕事だからこそ、このような福利厚生が職員のモチベーション向上につながっていくのです。このような制度を導入すれば、最近の保育園で続けざまに起きた諸問題も起きにくくなるのではないでしょうか。

 第2に、こうした制度を考える前にもっと重要なことがあります。

 それは「仕事そのものの楽しさに気付かせること」です。

 もっとも自由な働き方をして、人気になった企業はネットフリックスではないでしょうか。「No Rules!」という言葉を掲げているように、同社には基本的にルールがありません。その考え方は魅力的で、私も共感しています。しかし、ネットフリックスのマネジメントを成り立たせている最大のポイントは、社員一人一人が「超優秀」だということです。普通の会社が形だけマネしたら組織が崩壊するでしょう。

 社員一人一人が大人で、仕事そのものを楽しみながら成果をだせる方法を知っていて、自分で主体的に物事を作り出せる集団でなければ、「ルールをつくらない」という最大限に個人の自由がきく環境は成り立たないのです。

 いかに仕事そのものを楽しめる環境をつくれるか。

 どんな仕事であっても、そこには何らかの楽しさ、面白さがあるはずです。

 それに気付いて楽しんでいる人もいれば、気付かずただ惰性に流されて仕事をしている人がいます。

 仕事そのものの楽しさに社員が気付いていないのに、会社の居心地をよくしたり、賃金を高くしたり、福利厚生を整えたりしても、効果を発揮することはありません。もっと条件のいい会社に転職されて終わりです。大切なのは、あなたの会社の仕事そのものの価値を伝えることではないでしょうか。

 社員の仕事がどんな未来につながり、どんな風に世の中を変化させていくのか、その未来像を語ることです。これをトップ自らが語る場をつくる、先輩たちがキラキラ輝いて仕事をしている職場を体感させる、さまざまな人が交流する場をつくることで、社員に気付いてもらうことです。

 それが一番の会社の成長の原動力となるのです。

 社員に気付きを与え、福利厚生を整え、賃上げにも取り組んでいく。

 このような順番で組織力を高めていくのが、これからの中小企業の成長の道だと考えています。

(岩崎 剛幸)