北海道の内陸部・空知地方の深川市と日本海沿いの留萌市(るもいし)を結ぶ「JR留萌本線」(以下:留萌本線)のうち、全区間の7割にあたる石狩沼田〜留萌間(35.7キロ)が2023年3月末をもって廃止。漁業と石炭の街として知られた留萌市から、鉄道が消滅する。

●かつては一大ターミナルだった「留萌駅」

 留萌本線は1910年に開通。留萌駅から札幌・旭川方面へ向かう幹線・函館本線の深川駅につながっている。この路線の拠点となる留萌市は日本海の沿岸にあり、ニシン・数の子の水揚げだけでなく、周辺地域で随一の規模を擁する「留萌港」がある。

 沿線には炭鉱が点在し、石炭や木材、海産物用の輸送や地域住民の交通手段として利用されてきた。

 かつて留萌本線には札幌・旭川から直通する急行「はぼろ」「るもい」が走っていた。留萌駅は現在の留萌本線・深川方面だけでなく、石炭輸送を主な目的として建設された「天塩炭砿鉄道」(67年廃止)、「留萠鉄道」(留萌本線・恵比島駅から分岐/71年廃止)、「国鉄羽幌線」(87年廃止)の列車も集結する一大ターミナルとして栄えていた。

 しかし、人口減少やクルマ社会への変革を背景に、利用客は激減。16年にはJR北海道が留萌本線を「当社単独では維持することが困難な線区」として公表。JR北海道が廃止を視野に入れた協議を自治体に打診して以降、沿線各地では廃止への反対運動が続けられてきた。

 21年には沿線2市3町の協議会から留萌市が”一時的に”離脱。これが引き金となり、留萌市に至る区間の廃止が決定した。留萌市は、なぜ自ら鉄道に引導を渡す決断に至ったのだろうか。

●高速道路の開通 鉄道は地域間移動の役目を失う

 まず、内陸と港湾都市・留萌を結ぶ動脈だった鉄道の役割がいかにして失われていったのか説明する。

 留萌本線の低迷の最大の原因は、現在の人口が全盛期(4.2万人、1968年)の4割少々という「人口そのものの減少」と、「クルマ社会の進展」であることは明確だろう。

 特にクルマ社会の進展においては、2006年に留萌市内・幌糠ICまで到達した自動車専用道路「深川留萌道」の影響はかなり大きい。

 深川留萌道はほぼ全区間が無料、並行する国道233号より冬場の除雪も行き届いている。20年には市の中心部に近い留萌ICまで全線開通し、市内の移動にも使えるように。同市の自動車の保有率は、年ごとに0.5〜1%ほど増加を続けている(「留萌市地域公共交通計画」より)。

 また留萌からの遠距離移動に関しても、札幌市内に直通する都市間バス(高速バス)「高速るもい号」が、留萌本線から深川で乗り換えて札幌に向かう需要をじりじりと奪ってきた。

 留萌〜札幌間の所要時間で見ると、鉄道で深川から特急に乗り換えた方が早く到着できる。しかし、度重なる留萌本線の減便や、16年の「Sきっぷフォー」(4枚つづりの回数券)廃止による実質の値上げなどが影響し、「鉄道離れ」が進むことに。

 留萌本線はもとより留萌市内での移動を目的とした利用が極端に少なく、他地域への移動がほとんどだった。従って、留萌から他地域への鉄道移動の減少により、留萌本線は急激な衰退に追い込まれたのだ。

●100円稼ぐのにかかる経費は「有名寿司店の海鮮丼」並み?

 実際、留萌本線は「超赤字」である。

 留萌本線の営業係数は21年の時点で2183。営業係数とは、100円の営業収入を得るのにどれだけの金額を使用するのかを表す指数で、100を超えると赤字となる。沿線の有名寿司店でちょっとした海鮮丼を頼めるほどの金額が、100円を稼ぐのにかかっているのだ。

●あまりにも使えないといわれる3つの理由

 留萌本線の存続に関して住民に行ったアンケートでは、途中駅がある沼田町で8割が「鉄道存続」と回答。対して、留萌市では6割が「残すならバス」と回答しており、鉄道存続に対して、留萌市は官・民ともに、他の自治体より一歩引いたスタンスをとってきた。

 通学や通勤、通院、買い物などの移動に「鉄道があまりにも使えなかった」といわれる背景には、3つの理由がある。

 1つ目は「鉄道沿線の極端な過疎化」。

 「峠下」「藤山」「幌糠(ほろぬか)」「大和田」といった留萌市内の駅は、昭和30(1955)年頃までは林業の拠点や炭住街(炭鉱の住宅街)などがあり、最終列車は肉体労働で疲れ果てた人々で一杯。車掌さんは各駅に到着するたびに「降りる方、いらっしゃいませんか? 起きて!」と必死で呼びかけていたのだとか。

 しかし産業構造の転換の煽りを受け、炭鉱・林業関係の住宅はなくなり、各集落の人口は100人ほどに。駅の平均乗降客も1日1人以下となった。鉄道と並行する国道233号では路線バス(沿岸バス・留萌旭川線など)も運行しているが、21年に留萌市が行ったヒアリングでは、運転手いわく「幌糠から東(市境をまたぐ区間)では、ここ5年ほど乗降客がいない」という。

 2つ目は、「駅エリアが出発点・目的地から外れている」こと。

 「マックスバリュ」「コープさっぽろ」「サツドラ」など、商業施設が集まる中心部は留萌駅から数百メートルほど南側(東雲町・錦町・開運町など)にある。また、路線バスのまとまった乗車があるという潮静・沖見などの住宅街も、全て駅から離れた国道沿いだ。

 住民からは、住宅街から商業の中心地への移動手段の充実を求める声が多く挙がっている。一方、駅への移動手段改善を望む声はあまり見当たらない。

 かつては留萌本線・瀬越駅(16年廃止)の近くにあった市民病院も既に郊外に移転しており、鉄道を利用しようにも、具体的に「このシーンに使える」というケースがないのが現状だ。

 3つ目は「学区内・学区外への通学に使いづらい」こと。

 留萌市は他の沿線自治体と公立高校の学区が違い、地域をまたいだ通学はほとんどない。現状でも留萌から深川・旭川方面に向かう列車の通学利用者は、朝5時台・6時台の2便で3人ほど。今回の鉄道廃止後、通学利用者は路線バスでなく乗り合いタクシー(予約制)で通学することになる。

 また、留萌市唯一の高校「北海道留萌高等学校」は 留萌駅から2キロ近く離れた内陸部にあり、鉄道は学区内の通学利用にもほとんど使われていない。

【お詫びと訂正:2023年3月29日午後2時00分 初出時「石狩沼田〜留萌間に先立って16年に廃止された留萌本線・留萌〜増毛間では、並行する沿岸バスが大幅な通学定期の値下げを実行」と記載しておりましたが、誤りでした。お詫びして訂正いたします。】

 22年に市が行ったアンケートでは、「留萌本線を利用する」と答えた107件のうち大多数の91件が「年数回の利用」と回答。留萌本線は遠距離・近距離ともに“生活の足”とは言い難かったことがうかがえる。

 これら3つの理由に加えて、鉄道の存続にかかる年間9億円の支出のうち、留萌市の負担は6億円以上に上っている。「移動手段として使えないのに、他の自治体より費用負担が重すぎる」という問題は自治体間の協議会でも尾を引き、留萌市は「協議会離脱」という、実質的に引導を渡す決断に至ったのだと推測できるだろう。

●深川〜石狩沼田間も26年に廃止 「移動手段の最適解」は?

 留萌本線・石狩沼田〜留萌間の廃止に続いて、深川〜石狩沼田間も26年3月の廃止が決定済み。沿線は深川方面への通学需要が根強く、07年頃には朝の積み残しが問題化していたが、少子化による生徒の減少でかつての賑わいはもう見られない。17年に早朝の列車が減便された際は、減便分を代行する「通学バス」で対応している(定期券での利用者のみ乗車可能)。

 今後重要となるのは、今の高校生が卒業を迎えるまでの廃止猶予期間で、通学バスを含んだ「代替バス」の在り方をどこまで作れるか。 この地域で路線バスを運行する「空知中央バス」は慢性的な運転手不足・人員不足に悩まされており、協力を得られるかが明暗を分けそうだ。深川〜石狩沼田間沿線の沼田町・秩父別町にとって、 3年後の課題は山積みである。

 100年以上も地域を支え続けてきたローカル鉄道が、動線や生活様式の変化に取り残された例は、全国で枚挙に暇がない。特に留萌本線のような地域をまたいだ路線は、学区の違いで通学利用を見込めなかったり、高速道路の延伸によってクルマ移動や高速バスにユーザーが流出したりと、各地で苦戦を余儀なくされている。

 一方で鉄道沿線に高校・病院などを移転し、文字通り地域の足として生き残る路線もある。鉄道というかたちにこだわらず、少しでも持続可能な「移動手段の最適解」を探す動きは、今後とも全国各地で続きそうだ。