イトーヨーカ堂が3月9日、新たに「イトーヨーカドー」14店を閉店すると発表し、波紋を呼んでいる。祖業である衣料品分野からの撤退も発表された。
2月末には126店を展開していたイトーヨーカドーであるが、既に19店の閉店が決定していた。このままだと3年後の26年2月末には100店を切り、93店にまで縮小する見通しだ。16年2月末にはピークとなる182店にまで増えたが、10年後にはおよそ半分にまで店舗数が激減することになる。衰退が著しい。
同社のルーツは1920年(大正9年)、浅草に開業した羊華堂洋品店。当初は「めうがや」洋品店だったが、後に改名した。2020年に創業100周年を祝ったばかりだったが、大事な祖業を諦めざるを得なかった。社員たちの落胆は察して余りある。
イトーヨーカ堂の親会社であるセブン&アイ・ホールディングスは、物言う株主として知られる米国の投資会社「バリューアクト・キャピタル」から、不振に陥っていた百貨店のそごう・西武、総合スーパーのイトーヨーカ堂といった事業から、セブン-イレブン・ジャパンが分離・独立すれば、企業価値が80%高まると指摘されていた。 バリューアクトは、セブン&アイの株式4.4%を保有している。
そして、実際にセブン&アイは、そごう・西武を22年11月、米国の投資ファンド「フォートレス・インベストメント・グループ」に売却する決定を下した。フォートレスとアライアンスを組んでいるのがヨドバシホールディングスであり、「ヨドバシカメラ」を核店舗としてそごう・西武が再構築される見通しだ。
イトーヨーカ堂の身売りも時間の問題ではないかとの観測も広がっている。
セブン&アイの経営の実態は、物言う株主が指摘している通りといえる。セブン-イレブンの利益を、そごう・西武やイトーヨーカ堂が食いつぶしているからだ。しかしながら、物言う株主にズルズルと押し切られている現経営陣には、主体性や気骨が足りないようにも映る。セブン-イレブンを立ち上げた名経営者の鈴木敏文氏が今も経営に携わっていれば、結果は違っていただろう。
●総合スーパーの苦境
セブン&アイの23年2月期第3四半期決算短信を見ると、売上高にあたる営業収益8兆8238億円のうち、国内コンビニエンスストア事業は6716億円(前年同期比101.5%)、海外コンビニエンスストア事業は6兆6283億円(同188.3%)だ。コンビニ、つまりセブン-イレブンは合わせて7兆2999億円となり、既に売り上げのおよそ8割を占めていることになる。
イトーヨーカドーなどのスーパーストア事業は、1兆649億円(同79.6%)。そごう・西武などの百貨店・専門店事業は、3374億円(同66.1%)。スーパーや百貨店は、コンビニが成長しているのに対して、大幅に縮小している。しかも、そごう・西武は売却が決まった。
22年同期においては、まだコンビニのシェアは半分程度だったので、着々と物言う株主の思い通りのシナリオに沿って事態が進んでいる。
また、営業利益は、国内コンビニエンスが1853億円(同104.6%)、海外コンビニエンス2275億円(同182.3%)に対して、スーパーストア13億円(同12.8%)、百貨店・専門店は約8億円の損失だった。
イトーヨーカドーなどのスーパーストアは、もともと少なかった利益が激減していて、赤字に転落しかねない状況。そごう・西武などの百貨店・専門店は赤字の額こそ前年同期の102億円から大幅に改善したが、損失が出ているのは変わりなく、売却となった。
イトーヨーカ堂のような総合スーパー(GMS)は、専門分野に特化してあらゆる商品を集めて安価に販売する、カテゴリーキラーと呼ばれる量販に、1990年代頃から圧倒されるようになってきた。そうした中で、日本の流通最大手だったダイエーの破綻も起こった。
カテゴリーキラーには、カジュアル衣料「ユニクロ」のファーストリテイリング、婦人服のしまむら、紳士服の青山商事、紳士服のAOKI、家具のニトリ、家電のヤマダデンキ、家電のビックカメラ、家電のヨドバシカメラなどが挙げられる。
さらには、家庭の生活用品はホームセンターや100円ショップ、医薬品や化粧品はドラッグストアで人々は買い求めるようになり、スーパーの役割はだんだんと食品に限定されていった。
そうした過程で、GMSは食品の分野さえも、オーケー、「業務スーパー」の神戸物産、「ラ・ムー」の大黒天物産など、信じられないほどの安さで売るディスカウントストアに押されて、存在感が薄れてきている。
しかし、イトーヨーカドーの場合は、品質の高さが支持されているセブン-イレブンと共通のPB(プライベートブランド)である「セブンプレミアム」を販売している。その効果もあり、セブンプレミアムでない商品も全般に激安ではなくても信頼されている。
欲をいえば、セブンプレミアムはセブン-イレブンのイメージが強すぎるので、「ヨーカドープレミアム」を独自に開発してほしかった。しかし、ダイエーのPBが陥ったような「安かろう、悪かろう」のイメージ(決して全部の商品がそうだったわけではない)とは違って、高品質のブランドと認知されたのが、イトーヨーカドーが今も存続できている要因ともいえるだろう。
●どうやって再建するのか
イトーヨーカ堂が不振のトンネルから抜け出せないのは、各分野の強力なディスカウンターに顧客を奪われただけでなく、SC(ショッピングセンター)の開発に不熱心であったことが、もう1つの原因として挙げられる。
同社がSCの開発に本格的に進出したのは、2005年に「アリオ」を展開し始めてからだ。一方、イオンが「ダイヤモンドシティ」などと名乗っていたSCの名称を「イオンモール」に統一したのは07年からだが、その頃からより一層、積極的にSC事業に取り組むようになった。
イオンモールのモール数は199店舗(国内164/海外35)に達している(22年12月15日現在)。
それに対して、「アリオ」は20店舗にとどまる。
イオンモールのライバルとして挙げられるのは、三井不動産の「ららぽーと」だが、店舗数自体は21店(国内20店/海外1店)にとどまる。しかし、店舗数がアリオとほぼ同数であっても、ららぽーとの存在感に比べて、アリオはあまり認知が進んでいないのが実態である。
イトーヨーカ堂がSCをおろそかにした損失がいかに巨大だったか。スーパー業界1位のイオンの連結決算を点検してみよう。
イオンの22年2月期の決算を見ると、営業収益8兆7159億円(前年同期比101.3%)に対して、営業利益は1743億円(同115.8%)。
内訳を見ると、総合スーパーのGMSは営業収益3兆3004億円(同 98.2%)、営業損失23億円の赤字と、赤字幅が前年より87億円改善したとはいえ、2年連続の赤字とパッとしない。
何もGMSの不振は、イトーヨーカ堂に特有な現象ではない。イオンも苦しんでいる。
一方、ディベロッパー事業は営業収益3667億円(同112.1%)ながら、営業利益は388億円もあり前年より31億円増えた。つまり、イオンモールの開発・運営は、イオンの総合スーパーの不振を帳消しにして余りあるほど、イオンの発展に貢献しているのだ。
また、イオンは主に食品スーパーのSM、主にドラッグストアのヘルス&ウエルネスの分野も好調だ。
SMは営業収益2兆5206億円(同1.1%減)、営業利益は305億円で前年より111億円減っている。しかしながらコロナ前の前々年よりは、営業収益が2.0%増えている。また、営業利益も前々年よりは140億円増であって、前年が良すぎただけで引き続き好調と目される。
さらに、ヘルス&ウエルネスでは、イオンはクループ傘下にドラッグストア業界最大手のウエルシアホールディングスを擁している。営業収益1兆310億円(同7.8%増)、営業利益419億円は前年より3億円増と利益率は下がったが、売り上げの面では高い成長率を維持している。
従って、イオンの例から見ても、食品分野、医薬品、化粧品、生活雑貨を販売するドラッグストアが扱う分野を強化すれば、イトーヨーカ堂の再建も見えてくるという仮説が成り立つ。
●新モデル店の概要
イトーヨーカ堂は実際に、食品スーパーと医薬品や生活雑貨を中心としたライフスタイルストアが融合した店舗の構築に踏み出すことになる。その新業態1号店が、22年7月6日にリニューアルオープンした、千葉市花見川区にある幕張店だ。
幕張店は衣食住を1階のワンフロアに集約した、イトーヨーカ堂としては首都圏初の店舗だ。衣と住に関する売場面積は改装前より約3割縮小、アイテム数は陳列をかさ上げして約2割減にとどめ、坪効率の改善を目指している。
ターゲットとしては、30〜40代の子育て世帯にフォーカスした。
周知の通り、幕張はイオンの本社がある、イオングループの本拠地。「イオンモール幕張新都心」「イオン海浜幕張店」「マックスバリュエクスプレス幕張店」など、イオン系列の店舗が数多くある。
そうしたイオンの牙城で、新しいショップの在り方を提案するのだから、セブン&アイの幕張店にかける意気込みが伝わってくる。
さて、イトーヨーカドー幕張店は、1〜2階が売場、3階が駐車場。駐車できる台数は平面と立体の駐車場を合わせて1401台となっており、ロードサイドのスーパーとしては、十分な駐車スペースを有している。売場面積は3133坪だ。
従来の店舗では、衣料品、住関連の商品売場は2階にあったが、顧客が駐車場のある3階からエレベーターで1階に直行してしまうため、2階が閑散としてしまっていた。そこで、1階に衣食住に関連する全ての商品を集めて、ワンストップで買い回れる利便性の高い売場を目指した。
2階には、「ニトリ デコホーム」「ダイソー」「ロフト」など、集客力ある実力派の生活雑貨を中心に専門店をそろえた。
●新モデル店に行ってみた
具体的なフロア構成は、1階が衣料品(婦人服・服飾雑貨、紳士服・服飾雑貨、肌着)、薬品、化粧品、日用品、住関連商品(寝具、ルーム雑貨、キッチン&ダイニング、文房具、防災用品、自転車、子供用品)、食品のフードマルシェ(青果、精肉、鮮魚、惣菜、ペット用品)、フードコート(「ミスタードーナツ」「ケンタッキーフライドチキン」「マクドナルド」「たこ焼き・ラーメン ポッポ」)となっている。
その他、生花「ブケ・フルール」、美容室「カットファクトリー」、クリーニング「マミークリーニング」、保険「保険見直し本舗」などの専門店が多数入っている。
また、2階は全てテナントで、「ニトリ デコホーム」「ダイソー」「アカチャンホンポ」「ABCマート」「ロフト」などが営業している。アパレルの店舗は1店のみで、雑貨の他は、何かを学ぶ教室も多い。
さらに、1階にはサービスカウンター、催事スペース、2階には赤ちゃん休憩室がある。
セブン&アイの広報では、「ライフスタイル売場の構造改革が実り、結果が出ている。医薬品や化粧品を強化したのが奏功している」と強調する。
千葉県松戸市の八柱店では21年9月17日、イトーヨーカドー初の試みとして、1階をドラッグストア型店舗に改装し、成功しているという。
幕張店のリニューアルのポイントは、1階のメインの出入口、国道14号側口を入ったところの正面に婦人服売場があり、その隣に紳士服と肌着の売場があることだ。つまり、店の顔となるところが衣料品の売場であり、食品売場やフードコートは奥に引っ込んでいる。
また、専門店ではユニクロや姉妹ブランドの「GU」が入居していない。「しまむら」もない。ワークマンの都市型業態「ワークマンプラス」もない。
つまり、衣料品売場の売り上げを妨げる、強力なナショナルブランドを置いていないのが特徴だ。
「衣料品を買いたいのであればイトーヨーカドーで」と思い切りアピールしている。
ところが、先日の発表では、自社で運営するアパレルからの撤退を表明した(肌着など一部は残る)。幕張店などで実験的に衣食住をワンフロアに集約し、衣料品を思い切り顧客にアピールしたが、思った通りの成果が出なかったことも背景にあるのではないだろうか。
衣料品撤退の背景には、イトーヨーカ堂創業者の伊藤雅敏氏が3月10日に逝去したこともあるだろう。
これからのイトーヨーカ堂は、幕張店で構築したライフスタイルストアから衣料品を省いた、食品スーパーとドラッグストアとホームセンターの縮小版が融合した店舗に、各種テナントをリーシングして入居させる不動産業で、再生しようというシナリオだ。
●イオンの牙城でどう戦う?
幕張を牙城とするイオンも黙ってはいない。
去る3月18日には、JR京葉線に新駅として幕張豊砂駅が開業。「イオンモール幕張新都心」と直結され、車でアクセスするだけでなく、電車でも行けるようになった。本当に駅を降りて目の前にイオンがあり、歩いて1分もかからない。このインフラ整備は大きい。駅だけでなく、駅前広場に発着する路線バスからも、買物客がぞろぞろとモールに吸い込まれていく。
改装効果によってイトーヨーカドーに流れていた顧客も、戻ってくるだろう。
イトーヨーカドー幕張店は、JR総武線の幕張駅と京成幕張駅から徒歩圏にはあるものの、歩けば10分くらいかかってしまう。駅前で直結している店舗ではなく、駅を利用する人にとってそれほど便利とは言い難いからだ。ただし、店の周辺に住んでいる住民はよく自転車を活用して来店している。サービスで自転車置き場の前に、タイヤの空気入れも置いてあって、なかなかの気遣いだ。
イトーヨーカ堂が新しいモデル店として構築した幕張店が、幕張豊砂駅が開業した影響で閑古鳥が鳴くようだと、会社の士気にも影響してくる。物言う株主にも、納得してもらえる説明ができなくなってしまう。既に3月24日、バリューアクト・キャピタルは企業戦略の失敗を理由に、5月に開催が予定されているセブン&アイの定時株式総会で、14人の取締役のうち4人の再任に反対すると通知した。
もっとも、幕張豊砂駅が開業することは前から分かっていたことだし、イトーヨーカ堂としても想定内で、あえて環境の厳しい場所でチャレンジしたかったのだろう。
日本の流通トップ2が雌雄を決する幕張の地。イオンの大逆襲で、イトーヨーカ堂の構造改革は早くも正念場を迎えている。
(長浜淳之介)