2022年11月、東京・品川の住友不動産大崎ガーデンタワーに本社を移転したLIXIL。ビル4棟からなる大規模な旧オフィスから一転、新拠点では敷地面積を約10分の1に縮小し、オフィスを「コラボレーションを促進する空間」と再定義した。オフィスの移転理由から新オフィスに込めた思いまで、総務部部長の林崇志氏に話を聞いた。

●旧オフィスからの移転で面積は10分の1に

 同社は19年11月に、本社機能をLIXIL WINGビル(東京都江東区)に移転したばかり。意思決定の迅速化や従業員同士の活発なコミュニケーション促進を目指し、同ビルにグローバルな本社機能を集約することが狙いだった。

 集約するにあたり、既存棟である「KAZE」「HIKARI」「NIJI」につづく4棟目として新棟の「HOSHI」を増設し、R&D センター「HUB LAB(ハブラボ)」を新設。完全ガラス張りの個室やテラス席、従業員が自由に利用できるキッチンなどを設置した他、多様な従業員とさまざまな働き方に応える新しいコンセプトのトイレを設置するなど、新しいオフィスづくりを進めていた。

 そんな同社の技術を結集したオフィスを離れ、面積を10分の1に縮小する決断をした背景には、コロナ禍を契機にした働き方の多様化がもちろんあったと林氏。

 「当社もコロナ禍によってリモートワークが定着しました。従業員からは、生産性が上がったという好意的な意見が多くあった一方で、リアルでしかできないコミュニケーションがあると気が付いたといった声も聞こえてきました。そこで、新オフィスは個人が集中して執務する場所ではなく、従業員同士のコミュニケーションやコラボレーションを促進する空間にしたいと考えました」(林氏)

 移転プロジェクトでは、総務部や不動産を管理するCRE担当者を中心とした24人のコアメンバーを選出し、デザイン部門やコミュニケーション部門といった9つの部会と事務局を組織。22年4月から正式に始動した。その中で従業員にアンケート調査を行い、どのようなオフィスにしたいか意見を募ったという。

●オフィスで働いて健康増進!

 林氏の言葉通り、新オフィスはABWを導入し従業員が働く場所を自由に選べるようにした。同オフィスには約6500人の従業員が在籍しているが、リモートワークが主流となったため執務席も約500席まで削減した。

 現在、同社の出社率は約8%。このことに関して、林氏は「部署ごとに考え方が異なります。例えば工場とオフィスの行き来が必要な部署に在籍している従業員は出社が必要ですし、反対に100%在宅勤務に振り切っているところもあります」と語る。

 早速LIXILの新オフィスを見ていきたい。どれどれ……と林氏に案内してもらっていると、オレンジ色の人型アイコンが至る所にあるではないか。オフィスの角、はたまたソファーの隅にも……。「こいつは一体何者だ」と考えていると「オレンジさんです」と林氏は説明する。

 オレンジさんと呼ばれるこのアイコンは「WALKING PATH」と書かれている通り、オフィスの歩行ルートを示している。マップの通りオフィスを1周すると400メートルになる。従業員の健康増進とコミュニケーション創出を目指す狙いがあるという。ほかにも、ウェルビーイングの観点から、体を動かせるスポットも用意しているのだとか。

 せっかくなので、オレンジさんのルートに従ってオフィスを1周することにしよう。

 来客用エントランスから続く先には「OMOTENASHI」との名が付いた会議室を配置。社内用・社外用含めて63部屋用意していて、その前にはちょっとした執務ができる待合スペースを設置した。

●多彩な設備を用意し、従業員の居心地の良さに注力

 会議室エリアを抜けると、同社主催のセミナーや動画配信で使用するスタジオや、デザインチームによってキュレーションされた「SOUZOU」と呼ばれるスペースがあった。LIXILのコーポレートカラーであるオレンジが印象的なスペースで、従業員なら誰でも閲覧できる書籍や製品サンプルを配置している。本棚には、インテリア・住宅系はもちろん哲学系など多様なジャンルの本が並べてあった。

 執務エリアには多彩な設備を用意。集中席やWeb会議ができる個室ブース、アイデア開発を目的としたファミレス席などを配置している。役員用のエリアでも空いていれば従業員が使用できる。社長室もないため、瀬戸欣哉社長もオフィス内を歩いているとか。

 オフィス移転にあたりペーパーレスにも注力した。個人ロッカーやキャビネットはなくし、出社時に利用する1Dayロッカーを用意。メール・郵便を受け取るためのメールボックス以外に書類を入れるものは一切用意していない。プリンタも極力少なくした。この施策には、コスト削減だけでなく、書類を置く場所を減らすことで限られたスペースを広く使おうという意図がある。

 「建設業界なので、図面や見積もり書、注文書などまだまだ紙文化が根付いており大変でしたが、オフィス移転を契機に思い切ってなくしました。やってみると案外何とかなるものですし、紙を排除したためオフィスの美観も保てています」(林氏)

●新オフィスのコンセプトは「第二の家」

 住宅に大きく関わる同社だからこそ、新オフィスのコンセプトを「第二の家」と定義。自社のデザイン部門が関わり、“見た目”にも気を配った。自宅と同じようにリラックスしながら仕事ができる環境を目指したという。「植栽の配置にもこだわりました。また、グレーなど中間色を多く使用することでリラックスできる空間も意識しています」(林氏)

 取材した当日も多くの社員が出社していたが、その働き方は多種多様。自由に利用できるPCモニターを持ってきて窓際の席でデスクワークをする人や、個室ブースでWeb会議に参加する人。もちろん、机を囲って従業員同士で意見を出し合う姿もあった。

 床材や照明の違い、植栽などによって各エリアに緩やかな区切りがあるものの、執務スペースには壁が無いため近くで働く同僚の姿もしっかり確認できる。林氏は「旧オフィスでは他部署にいる従業員とコミュニケーションをとりづらかったので、そこを解消したかった」と理由を明かす。リモートワークで課題になりがちな帰属意識の低下や新入社員のフォローアップなどもしっかり対応できそうだ。

 ここまでオフィスを歩いていて、ちょっとした違和感を覚えた。オフィスにあるはずの“あるもの”がないのだ。それは、電源コードや配線といったわずらわしいケーブル類。林氏に理由を聞いたところ「配置換えをしやすいようにあえてなくしている」という。社内ネットワークは、LANケーブルを使用せずにほぼ全てをワイヤレスにした。PCやモニターを利用する際は、従業員の困りごとなどをサポートする事務機関「庶務コンシェルジュ」でモバイルバッテリーを借りることも可能だ。

 このフルオープンの設計を生かし、今後はオフィスレイアウトも柔軟に変更していくという。林氏は「オフィス移転してからまだ数カ月ですが、すでにWeb会議用のブースを増設したり、仕切りをなくしたりといったマイナーチェンジを実施しています。配線がないことで家具も簡単に移動できますし、今後も従業員からの要望があれば配置を少しずつ変えていこうと考えています」と話す。

 林氏に今後のオフィスの在り方について聞いたところ「まだ答えはでていませんが、コラボレーションするためのクリエイティブな空間になっていくのでは」と思いをはせる。このコンセプトを今後、各地のオフィスに拡大したいと展望を語る。

 「執務はPC1台あれば自宅やカフェでもできます。そうした中でオフィスの意味を考えると、チームを越えた横断的なコミュニケーションやクライアントとのやりとり、ブレストの場面で雑談交じりにアイデアを出すといったシーンで活用されていくと考えます。コミュニケーション、コラボレーション、この2つのキーワードが今後のオフィス構築で重要視されていくのではないでしょうか」(林氏)

 大規模オフィスから10分の1へ縮小したLIXILのオフィス。単に“簡素化”したわけでなく、従業員のウェルビーイングを考えつつ、コミュニケーションの最大化を狙うレイアウトは、住まいに関わる同社ならではの新しい姿だろう。ここから生まれる新しいアイデアに期待したい。

著者:太田祐一(おおた ゆういち/ライター、記者)