最近「リスキリング」という言葉をよく聞くようになった。リスキリングとは「学び直し」「スキルの再取得」を意味する。

 多くの企業では、隙間時間に見られる学習コンテンツを用意したり、自社で研修を開発したり、学びの場の提供を急いでいる。しかし、日々仕事に追われている大人が時間を確保し、自ら学習するのは、実際に難しいのではないだろうか?

 リクルートマネジメントソリューションズの奥野康太郎さん(HRD統括部 HRDサービス開発部 シニアスタッフ)に、リスキリング推進において必要な4つのステップを聞いた。

●「5年で1兆円を投じる」 注目高まる

 そもそも、2020年のダボス会議で「リスキリング革命」が主要な議題に上ったことが、リスキリングに注目が集まった1つのきっかけだといわれている。リスキリング革命とは、第4次産業革命に伴う技術変化に対応するために、「2030年までに全世界で10億人により良い教育、スキル、仕事を提供する」というもの。

 奥野さんは「21年2月頃からインターネット上の検索数が数千件から70万件以上に急増した」と振り返る。

 「直近では、岸田文雄総理が22年10月、リスキリングのための支援制度を総合政策の中に盛り込む考えを表明し、個人のリスキリング支援に5年で1兆円を投じるとのことから、国内におけるリスキリングの注目がさらに高まっています」(奥野さん)

●取り組んでいる企業は半数以下

 帝国データバンクが実施した「リスキリングに関する企業の意識調査」によると、リスキリングについて、何らかの取り組みを1つ以上実施している企業は全体の48.1%。規模別では、「大企業」の取組状況が60.4%に対し、「中小企業」は45.8%にとどまった。

 「中小企業の遅れについては、(1)経営者のリスキリング(2)従業員の『使いこなしのリスキリング』に課題があると考えています。(1)は、大企業に比べて影響が大きい経営者自身がリスキリングの必要性を感じていないことが原因だとされています。

 (2)の使いこなしのリスキリングとは、従業員が新たな業務プロセスに習熟し、価値創造できるようにするためのリスキリングを意味します。従業員が仕事のやり方を変えることに抵抗を示したり、ソフトウェアやデジタル機器などのデジタルツールを十分使いこなせなかったりして、リスキリング推進が難航することが多い傾向にあります」(奥野さん)

●リスキルに必要な4ステップ

 奥野さんは、リスキリングを進めるうえで「4つのステップ」が重要になるという。

 1つ目は「自社にとってのリスキリング定義」。事業の変化をふまえて今後求められるスキルの変化を検討し、誰にどんなスキルが必要なのかを具体的に定義することが重要だ。

 2つ目は「リスキルの必要性を理解してもらう」。従業員の立場をふまえて、なぜ今リスキリングが必要かを伝える必要がある。単発の学習提供だけでなく、従業員が学びの必要性を感じる人材開発の仕組みを構築することが重要となる。

 3つ目は「上司を巻き込み、リスキリングのコンテンツ・実践機会を提供」すること。そして4つ目は、学びを一過性に終わらせず、学ぶことが報われる仕組みを用意するなど「学び続ける風土づくり」を行うこと。学ぶこと自体が良いことだと思えるような認知・称賛の仕組みを作ることも効果的だ。

 上記の4つのステップを踏まなかった場合、リスキリングが進まない、せっかく学習しても業務に生かせないなど、失敗に陥ることも。

 「リスキリングの定義をしなかった場合は、現場で使う機会がない学習コンテンツを提供してしまうことがあります。結果、学習が進んだように見えて、職場で実践してほしい行動が起こらないことも。

 これは、そもそも戦略の方向性自体が明らかではないことや、戦略があったとしても、それをもとに必要なスキルに落とし込む人事との連携が取れていないことが要因です。

 また、組織からの押し付けになってしまい、従業員にリスキリングの必然性が伝わらず、育成が進まないケースも多いですね」(奥野さん)

●昇給を実感、わずか11%

 「学ぶことが報われる仕組み作り」に関しても、課題は多そうだ。

 マイナビの「正社員のリスキリング実態調査(2023年)」によると、リスキリングで昇給を実感している社員はわずか「11.2%」という結果に。対して、リスキリングで昇給を期待しているのは29.6%。大きなギャップがある。

 奥野さんは「リスキリング継続のためには、学びを勤務時間内に行うようにすることはもちろん、報酬や処遇とも連動させたほうが良い」と話す。

 「日本企業においては、学びは『暇がある人』が行うものであったり、勤務時間中に学びづらい雰囲気があったりします。しかし、リスキリングは組織の要請として行うものなので、勤務の一部として扱い、報酬の対象とすることが必要です。

 多くの企業はそういった仕組み作りがまだできていません。また、異動配置時にリスキリングに取り組んでいる社員を考慮することや、資格給の付与がされていないケースも。従って、リスキリングで昇給を実感している人が少ないのだと考えています」(奥野さん)

 今後重要になるのは「大人の学び」について理解することだ。

 「大人の学びにはアンドラゴジーという概念があり、『必然性(なぜこれが必要か)』『即時性(いつその学びを活用するか)』が重要です。『大人は必要と感じた時に必要なことを学ぶもの』という出発点に立って施策を企画・実施し、リスキリングという組織の要請と個人の動機・欲求を両立・統合させることが重要になると考えます」(奥野さん)