Twitterのトレンドに「#日銀破綻」というセンセーショナルなワードが入った――。
スイス金融大手・UBSによるクレディ・スイスの買収騒動が、ドイツ銀行といった各国の大手金融機関に飛び火する中、わが国の中央銀行である日本銀行(日銀)も「破綻」、ひいては「預金封鎖」や「新通貨の発行」に踏み出すのではないかというとっぴな言説がSNSを駆け巡った。
クレディ・スイスは漫画作品や小説などで通称「スイス銀行」と呼ばれる銀行の一つであり、ドイツ銀行もドイツという国名を看板に背負った商業銀行だ。確かに日銀も国名を背負っている点では共通しているが、商業銀行ではなく中央銀行である点で大きな違いがある。果たして、中央銀行としての日銀が破綻するようなことが本当にあるのだろうか。
今回は、フィリピン中央銀行の事例も踏まえつつ、中央銀行が実際に破綻する可能性について触れていきたい。
●過去にはフィリピンの中央銀行が“破綻”?
結論からいえば、中央銀行たる日銀が破綻する可能性は非常に低い。日銀は日本の中央銀行であり、日本国内の金融政策や通貨発行を担当している。保有する債券や株式の評価損が金利上昇の煽りで膨らんだとしても、通貨発行権を行使したり、公開市場操作(オペ)を実施したりする権限があるため、破綻することは通常起こり得ない。
しかし、過去に中央銀行が破綻に近い状態に追い込まれた例はいくつか存在する。その代表例として、フィリピン中央銀行の事例が挙げられるだろう。
現在、フィリピンの中央銀行は「Bangko Sentral ng Pilipinas」(BSP)だ。1987年のフィリピン憲法および93年の新中央銀行法の規定に従って新設された、非常に若い中央銀行といえる。
それまでフィリピンの中央銀行業務を担っていたのは「Central Bank of Philippines」(CBP)だった。CBPは過去、中央銀行としての信用をおとしめる腐敗と政治的干渉によって大きな問題を抱えていた。まず、当時のフィリピン経済は、高いインフレ、増加する外国債務、停滞したビジネス環境に苦しんでおり、CBPが金融政策によって効果的な解決策を導き出せていなかった。
さらに、当時の政権による政治的な干渉と腐敗、縁故主義がはびこっており、中央銀行の独立性が妨げられるといった問題も存在し、機能不全に陥っていた。政府による経済政策の失敗、財政赤字の拡大によって外貨建ての債務が膨らみ、対外債務の支払危機が発生するなど、80年代のフィリピンにおける金融政策情勢は混迷を極めた。
その後、93年にCBPはあくまでBSPの業務を「引き継いだ」としているが事実上の「破綻」に近い状況であったといえるだろう。
この期間、国民の預金が封鎖されたり、通貨が無効になったりするような事象は発生しなかった。その代わりに、フィリピンペソの対円相場は80%以上暴落した。80年のフィリピンペソ/円の為替レートが29円であったのに対して、93年には5円を下回る水準で取引されている。旧中央銀行の失敗と、新たな中央銀行の発足というイベントは、「劇的な通貨安」という形で国民に跳ね返ってきたのである。
フィリピンの事例から分かるように、中央銀行が破綻に近い状況に陥ることはまれだが、「可能性がゼロである」と断言はできない。しかし、かなり特殊な事例であることや、外貨建ての債務が原因の主要部分を占める点で、日銀の状況とは大きく異なる。
そもそも日銀が引き受ける国債は、全て日本円建てである。このことから、無制限に日本円を発行できる日銀としてはコントロールが可能な領域に存在する。一方で、自身ではコントロールできないドルやユーロといった外貨建ての国債を発行する場合には、為替変動や海外の金融政策といったコントロール不能な部分でフィリピンのような危機に陥ることがあるといえるだろう。
●日銀の代わりに日本円が潰れる?
話を冒頭に戻そう。SNSでは、日銀の破綻によって預金封鎖や新円の発行といったイベントが発生し、現在の日本円が無価値になることを心配する極端な声も出ていた。日銀はこの先に万が一緊急事態に陥ったとしても、中央銀行の特権である通貨発行によって組織体としての破綻を回避する可能性が高い。その場合は日銀の代わりに日本円が“潰れる”ことになる。
そのため、今後は危機意識の高い個人や企業の間で、資産防衛が進むことも考えられる。具体的には、ドルやユーロといった外貨建てにより資産を分散する形で、各国の金融政策や政治的リスクに依存しない資産構成が広がっていくのではないか。
(古田拓也)