日本海に“ゲンコツ”のような形をして突き出た半島がある。なまはげで有名な男鹿市だ。
ただ、残念ながら人口が減っている。人口減少率ナンバーワンの秋田県の中でも、特に減少が著しい場所である。人口は1955年の5万9955人をピークに減少していて、2015年には2万8375人とほぼ半分に。
その後も減っていて、20年には2万6886人である。国立社会保障人口問題研究所によると、40年には1万2784人まで減少するといわれている。65歳以上の高齢者の割合が50%を超え、21年の出生数は70人だったのだ。
こうした状況なので、街中を歩いている人は少ない。例えば、駅前。「かつて栄えていたんだろうなあ」といった雰囲気が漂っていて、たくさんのお店が並んでいる。しかし、その多くはシャッターが下りたまま。
「このままではいけない。なんとかしなければいけない」ということで、秋田の酒造会社で働いていた岡住修兵さんは、クラフトサケの醸造所「稲とアガベ社」を立ち上げた。日本酒をつくることで、仲間が増えるのではないか。さまざまな産業が立ち上がれば、仕事が生まれるのではないか。そうすれば、男鹿市がかつてのように再生するのではないか。こうした発想で、駅前を中心にさまざまな取り組みを始めているのだ。
新参者がいきなり日本酒をつくるのは、法律や規制の面で難しい。という背景もあって、同社は「その他の醸造所」(穀類、糖類を原料として発酵されたもの)カテゴリーとして、「どぶろく」などをつくり始めた。それだけではない。観光客が男鹿駅で降りても、食事をするところがほとんどない。というわけで、醸造所の隣にレストランをオープンしたのだ。
話はまだ続く。駅前には、かつて旅館もあって、ラーメン店もあって、パン屋もあって、ほかにもさまざまな店が並んでいた。しかし、いまはない。この現状をどのように受け止めているのか、住民に聞いたところ、次のような答えが返ってきた。
「ラーメンを食べたい」「パンを買いたい」――。しかし、店がない。閉店した理由を調べたところ、「売り上げが見込めない」とか「赤字が続いているから」ではなく、「(高齢などによって)疲れたから」という声が多いことが分かってきた。
そんな話を聞いているうちに、「自分もラーメンを食べたい」と感じるようになってきた。しかし、誰もやってくれない。であれば、「自分たちでラーメン店を始めればいいのではないか。2023年にオープンしますよ」と言っていたのが、22年のことである。
さて、ラーメン店は本当にオープンしたのだろうか。
●ラーメンは共同開発
ラーメン店は、23年7月にオープンした。場所は男鹿駅の近くで、店の名前は「おがや」。メニューは「男鹿塩ラーメン」(920円)のみ。
このような話を聞くと「でも駅前ってさびれているんでしょ。人があまりいない場所で店を開いても、たいしてもうからないでしょ」などと思われたかもしれないが、いまのところ順調に運営しているようだ。
オープン日は営業が始まる前にもかかわらず、店の前に30〜40人ほどが並んだ。「普段、男鹿の駅前は人がほとんどいません。そういった環境なのに『どこから人が来たんだろう?』と思えるくらい次々に来店していただきました」(岡住さん)と振り返る。
以前はあったけれど、いまはない。そんなところにラーメン店ができたので、興味本位で来店した人が多かったのかもしれない。ご祝儀相場のような形で、しばらくは「どんな味なのかな?」といった人が訪れるかもしれない。しかし、一巡すると、落ち着いて、やがて閑古鳥が……。といったケースも想定されるが、この店は違ったようだ。
オープンしてから2〜3カ月がたっても、営業が始まる前から行列ができることも珍しくない。営業時間は午前11時からで、スープがなくなり次第終了となる。平日で50杯、週末に100杯ほどを仕込んでいるが、2〜3時間で完売することが多いそうだ。
閑散とした場所に、なぜこれほど多くの人が訪れるのか。先ほど紹介したように、住民からの「食べたい」という声を聞いて、準備を進めていたわけだが、その途中である人と出会う。ラーメンチェーン「一風堂」を運営する力の源ホールディングスの幹部だ。
岡住さんはその人に「ラーメン店を始めようと思っているんです」と伝えたところ、「なんでも聞いてよ」と言われ、話はとんとん拍子に。秋田と男鹿の食材を送ったところ、「試作品ができたよ」との連絡が入る。本社がある福岡市に到着すると、目の前に塩ラーメンがでてきた。早速、口の中に含んだところ「おいしい!」という声が自然に出てきたそうだ。
その後、味を調整して、看板メニューの「男鹿塩ラーメン」が生まれた。いわゆる共同開発になるわけだが、店内を見ても「一風堂」の名前を目にすることはない。「資本関係がないのに、店内に『一風堂』さんの名前があれば、チェーン店のように思われるかもしれません。サポートはしていただいていますが、そこはきちんとわけて運営しています」(岡住さん)とのこと。
●次は何を
時計の針が前後してしまうが、ラーメン店をオープンする3カ月前に、ショップを始めている。お酒をつくる過程ででてくる「酒粕」を使って、マヨネーズなどを製造。店内に加工所を設けて、そこでつくられたモノを店で販売するといった形だ。
男鹿の駅前に、醸造所をつくって、レストランを始めて、ショップを運営して、ラーメン店をオープンして。さて、次は何を始めるのか。
「自分たちの会社が大きくなればそれでいいとは思っていません。例えば、ラーメンが完売して、食べられないお客さんは、近所の違う店で楽しんでもらいたい。また、逆もあってもいい。そのような形で、街に人が増えて、にぎわいを見せてくれればうれしいですね」(岡住さん)と語る。
(土肥義則)