オフィスでデスクワークをしていて、不意に上司や同僚から声をかけられてギクッとした経験がある人は、どれくらいいるだろうか。中には、業務が中断したり、長話に発展したりするのを嫌う人もいるようで、欧米では「デスク・ボミング」(デスク爆弾)といった造語が生まれているという。

 アフターコロナでオフィスに行く機会も増えつつある今、ストレスのかからない「ちょうどいい雑談」はどうすれば生まれるのか。飲料大手サントリーが、『雑談の正体』などの著書がある清水崇文・上智大学教授と協力し、ヒントとなりそうなユニークな調査を行った。

●「デスク爆弾」はなぜ嫌われるのか

 「仕事頑張ってるね。最近どう?」

 話したい相手の机に近付き、気軽に話しかける。コロナ前のオフィスではよくあったと思われる光景だが、「デスク爆弾」といった言葉が生まれ、一種の迷惑行為と受け止められているようだ。

 デスク爆弾はなぜ嫌われるのか。

 「雑談をしたい人と、そこまでしたいわけではない人が、合意なく雑談している状況がデスク爆弾」

 こう説明するのは、言語学の観点から雑談について研究している上智大学言語教育研究センターの清水崇文教授だ。

 例えば、カフェや居酒屋に集まって1時間単位で言葉を交わす雑談。これは「雑談したい」という共通の目的を持った人たちが集まっているから問題ない。一方でデスク爆弾は、「雑談したい」という共通の目的が双方にあるわけではない。雑談したいわけではない相手にとっては、雑談の時間が長く感じられてしまう。こうした点が、デスク爆弾がネガティブに捉えられる一つの要因だという。

 「デスク爆弾を受けたことで、雑談はよくないものと思い込む人もいるかもしれない。それは非常にもったいない」(清水教授)

●ちょうどいい雑談が生まれやすくなる5つの条件とは?

 「部下にデスク爆弾だと思われているかも……」と胸騒ぎを覚えた人もいるかもしれない。そんな雑談にまつわる課題を解決するヒントとなりそうな調査結果を、飲料メーカーのサントリーが発表した。

 同社は2021年10月から、オフィスにおける社員同士の雑談のきっかけを作ろうと、新たな法人向けサービス「社長のおごり自販機」を展開している。社員2人が専用の自販機に社員証を同時にタッチすると、無料で飲料が出てくる。「社長のおごり」というユニークなネーミングが目を引くが、飲み物の費用は設置先の法人が負担する仕組みだ。

 同自販機の設置企業は導入から2年で360社を超え、設置台数は22年の160台から23年10月末時点で480台と約3倍に増加しているという。

 同社は、社員同士の「ちょうどいい雑談」が生まれる条件を探るべく、同自販機の設置企業120社にアンケート調査を実施。清水教授が監修・分析した。

 アンケートで同自販機について印象を尋ねたところ「気軽に誘いやすい」(85票)、「誘われる方も気軽に応じられる」(94票)といった意見が多く挙がった。「タッチする際の共同作業」(52票)や「ゲーム性」(19票)に面白さを感じるという回答もあった。

 これらの回答結果から、同社と清水教授は「雑談が生まれやすくなる5条件」として以下の5つを見出した。

●「雑談が生まれやすくなる5条件」

(1)終わりの時間がよめる

(2)ながら・ついで

(3)共同作業

(4)目の前にある共通の話題

(5)適度な距離でヨコ並び

 アンケートで聞いた同自販機を用いた平均雑談時間は約3分。一方で、9分を超えると雑談が「長い」と感じられることも分かった。

 雑談そのものが目的ではなく、飲み物を飲む「ついで」、飲み「ながら」雑談が生まれる点も、気まずい空気を生まずリラックスして雑談ができる条件だという。また飲み物という「共通の話題」があることで、相手との心理的距離を縮める効果があるほか、自販機に2人でヨコ並びに向き合う姿勢も「距離が適度に開き、視界が開け圧迫されず、リラックスしやすい効果がある」(清水教授)という。

 これらの5つの条件は、社員同士のコミュニケーションについて課題を抱く企業にとっても、参考となる点が大いにありそうだ。

●なぜ社員同士の雑談が大切なのか

 そもそもなぜ、社員同士の雑談は大切なのか。

 「昭和の時代は、雑談イコール無駄口、生産性を下げるものとして捉えられていた」と清水教授は話す。

 雑談に対する評価が一変したのは2000年代後半。企業の経営者層が雑談をビジネススキルの一つと考える風潮が広がり、13年には教育学者の齋藤孝さんの著書『雑談力が上がる話し方』がベストセラーとなった。

 日本能率協会が21年に実施した「ビジネスパーソン1000人調査」では、雑談が「人間関係を深める」ことにつながっていると考える人が7割超、雑談があることは自身にとって「プラス」と考える人は8割に達している。

 清水教授は、雑談の本質を「相互的な自己開示によるラポール(信頼関係)の醸成」だと説明する。

 「雑談とは、自身の経験や将来の予定、意見や考えなど、自分の感じたことを自己開示すること。自己開示を続けることで共感が生まれ、共通知識が増える。こうして互いの心理的距離が近付いていく」(清水教授)

 社員同士のラポールが職場のあちこちに醸成されることで、連帯感や仲間意識が生まれ、職場自体がアウェイではなくホームになる。こうした職場では、社員の心理的安全性が確保され、会議の場などで言いにくいことも言いやすい雰囲気が生まれるという。

 ラポールが形成されている上司と部下、形成されていない上司と部下では、コミュニケーションの質も大きく変わってくると清水教授は指摘する。

 社員同士の信頼関係を醸成する上で欠かせない雑談だが、コロナ禍を経てテレワークやハイブリッドワークが普及し、雑談の機会は大きく減った。企業は、社員同士の雑談の機会をいかに作っていけばいいのか。

 清水教授は、雑談を以下の5つのタイプに分類して説明する。

●雑談の5つのタイプ

(1)メイン雑談

(2)時間つぶし雑談

(3)ながら雑談

(4)ワンクッション雑談

(5)いきなり雑談

 (1)「メイン雑談」はカフェや居酒屋などで雑談をするために集まってする雑談。(2)「時間つぶし雑談」は会議が始まる前のおしゃべりなど、主活動の前に集まった人がする雑談。(3)「ながら雑談」は作業をしながらの雑談。(4)「ワンクッション雑談」は会議後など、主活動が終わり次の行動に移る前にする雑談。(5)「いきなり雑談」はエレベーターなどで偶然出会って始まる雑談――を意味する。

 清水教授は、テレワーク下では(2)〜(5)の雑談はほぼ起こらないとする。社員同士の効果的な雑談を生み出すためには「出社日に(1)のメイン雑談の機会を意識的に作ることが重要」だという。

 かつて、社員同士のメイン雑談の機会は飲み会などが中心だったが、現在の若者の価値観では、飲み会は必ずしもメイン雑談の機会とはならない。そこで、オフィスに自然に雑談が生まれるような環境を作り出すことが重要になるという。「社長のおごり自販機」もそのツールの一つだろう。

 サントリーの調査結果からは「適切な雑談時間=3分」という発見もあった。清水教授は、接触回数が多いほど相手に好感を持つ「単純接触効果」についても触れ、「3分程度の短い雑談をオフィスで繰り返すことが、社員同士が人間関係を深める一つの正解なのかもしれない」と話している。