近年、東証による「資本コストや株価を意識した経営」などの要請を受け、PBR(株価純資産倍率)やROIC(投下資本利益率)を意識した経営を目指す企業が増えている。約34年ぶりの高値を付けた日本株の好調は、こうした企業改革の推進が原動力となっている。

 連載の第1回「古くて新しい『ROIC経営』 再注目の背景に、日本企業への“外圧”」では「外圧(経産省、東証、投資家など)によりROIC経営が再注目されている」ことに触れながら、本質的には「事業売却の有無と企業価値(PBR)に強い相関がある」ことを確認し、事業売却の意思決定ができる、すなわち本気の経営管理、事業ポートフォリオ管理を実行できている企業は、ROIC経営を実直に推進していることを紹介した。

 第2回は、アビームコンサルティング執行役員 プリンシパル 企業価値向上 戦略ユニットの小宮伸一氏が解説。優良企業(PBRが高く、事業撤退の経験のある企業)の特徴と、PBRを高める道筋(成功ポイント)を探っていきたい。

●PBR優良企業の4つの特徴

 アビームコンサルティングが実施した「進化するROIC経営の実態調査」(以下、ROIC経営調査)の結果から、優良企業の特徴として4点を導いている。

 稼ぐ力の創出に関する取り組みとして2点、成長期待の醸成に関する取り組みとして1点、これらの活動のベースとなる取り組み1点を加えた4点である。

 稼ぐ力を創出するにあたり、(1)ROIC×αを用いて事業ポートフォリオを妥協なく組み替えている。また、(2)ROICと連動した現場KPIを厳選し、ROICと連動したPDCAが回る仕組み(業績連動)を構築している。成長期待を醸成するために、(3)知的資産の投資対効果を追求し続けている。以上3点を実現するため、(4)連結経営管理のデータインフラを妥協なく整えている――の4点だ。詳しく見ていきたい。

●優良企業はROIC「×α」で事業ポートフォリオを管理

 第1回でも紹介したとおり、外圧(経産省、東証、株主などの要請)もあり、ROICを用いた事業ポートフォリオの管理に取り組む企業が増えている一方、ROICは単年度の効率性指標であるため、緊縮・短期志向を懸念する声も聞かれる。そのような中、優良企業は、ROICに加え、「売上高成長率」「市場成長率」といった「α」となる規模成長指標を組み合せることで、中長期的な視点を持って事業ポートフォリオの管理を進めている。

 また、規模成長指標といった財務指標に加え、非財務指標としては、事業が保有している人財・知財・デジタル(IT)資産の価値を組み合せて、各事業を評価していることがROIC経営調査から判明している。これは、自社のケイパビリティーとして当該事業をどの程度成長させる力を保有しているか、という観点を加えており、中長期的な稼ぐ力であるとともに、成長期待の醸成にもつながる経営管理であると言える。

 「伊藤レポート3.0」が発表されて1年半が経過するが、この中で、企業価値を向上させるためには、企業と社会のサステナビリティーの同期化が必要であるとされていた。日本企業が企業価値(PBR)を向上させるために事業ポートフォリオを組み替えるとは、具体的には下図3に示す4つの取り組みが必要である。

 まず(1)企業と社会のサステナビリティーが整合するコア事業領域を特定する。続いて、各事業のポジショニングを整理した結果、コア事業領域から外れる事業については、(2)社会・従業員に貢献するポジティブな事業売却を検討する。コア事業領域に該当する事業については、(3)維持・成長・縮小に向けたROIC経営を推進して(事業部門へ浸透させて)いく。そして、コア事業領域での新たな成長に向けた(4)新規事業開発も求められる。

 ある化学品メーカーでは、企業と社会のサステナビリティーの同期化に向け、事業活動を通じて貢献する社会課題をマテリアリティーとして特定し、そのKPIを事業ポートフォリオの評価軸として採用している。

 図4にある通り、縦軸にROIC、横軸にサステナビリティー貢献度を設置し、事業をより分割した約80のSBU(Strategic Business Unit、製品カテゴリ)のポジションを整理。実際には、この評価を通じていくつかのSBUの撤退や事業売却の意思決定を行っている。なお、サステナビリティー貢献度は、より具体的なCO2排出量(削減量)、廃棄物発生量(削減量)といったKPIの総合評価指数としてモデル化されている。

 ROICは万能な指標ではなく、優良企業ではROICの欠点を補う指標を組み合せることで、中長期的な稼ぐ力の創出に有効な事業ポートフォリオの組み替えを実践している。

●ROICと連動した現場KPIをいかに浸透させるか

 外圧の要請を受けて、事業別ROICを算出して開示している企業が増える一方、ROICはコーポレート部門が把握しているのみで、なかなか事業部門に浸透していないという声もよく聞く。

 面白い調査結果を共有したい。以下図5では、A企業=優良企業(PBRが高く、事業撤退の経験がある企業)の65%が、事業別にROIC改善に有効な個別KPIを特定するとともにその責任部署を明確にし、そして業績連動させているのである。

 D企業(PBRが低く、事業撤退の経験もない企業)の7%と比べて、58ポイントという大きな差が存在している。そして興味深いのはC企業である。C企業のPBRは低いが、事業撤退の経験がある企業である。事業撤退の経験がある企業は真剣に経営管理に取り組んでいるのか、個別KPIの業績連動を42%が実践している。

 優良企業は「自分ごと化」する有効な手段として業績連動を適用することで、ROIC経営管理を事業部門に浸透させているのである。

●優良企業は「人財投資」「IT投資」などにROI評価を取り入れている

 一般社団法人「生命保険協会」が行った中長期的な投資・財務戦略において重要視するものは何かという調査結果(図6)を見ると、企業が「設備投資」を重視しているのに対し、投資家は「人財投資」「IT投資」「研究開発費」を重視していることが分かる。

 最近広く知られるようになった企業と投資家のギャップである。しかし優良企業は、投資家の視点を経営管理に取り入れている。無形投資資産のROI評価や事業貢献度評価に取り組んでいる。

 先日まで支援していたある専門商社で、中期経営計画を策定する中で、既存事業の成長・縮小の整理とともに新規事業の事業計画も検討していた。その際、事業ポートフォリオは、人財ポートフォリオや知財ポートフォリオに支えられていることを強く再認識した。

 既存事業の成長戦略を実現するには、縮小事業から成長事業へ人員をシフトしなければならないが、求められる人材要件は大きく異なる。事業成長の可能性に対して、人財充足率が低く、警鐘を鳴らすこととなった。また、新規事業に参入するためには、ある加工技術の取得が必須であり、これらの技術を保有しているパートナー企業との関係性を再構築することが必要であると判明したが、常日頃から技術ポートフォリオの評価を元に、パートナー企業とのアライアンス戦略を立案し実行していなかったため、出遅れる格好となってしまった。

 これらの反省点を生かし、この専門商社の中期経営計画には、事業ポートフォリオの組み替えを支える人財ポートフォリオ、技術ポートフォリオを評価する仕組みを導入。2024年4月から運用を開始している。なお、優良企業では、以下の図7にあるとおり、無形資産投資に対するROI評価(事業貢献度)に取り組んでいる。ちなみに、ROIC経営調査のインタビューでは「事業連動」がキーワードとして挙げられていた。

●優良企業は経営管理の基盤をどう整備しているのか

 最後に、優良企業が実践している経営管理の基盤について紹介する。なかなかトップダウンが有効に機能しない日本において、グループ横断のITシステムの統合はかなりハードルが高い。

 果たして、優良企業はどのようにITシステムの統合を図っているのか。ROIC経営調査の結果を見ると、意外にも優良企業はITシステムの統合によって経営管理を成功させているわけではないことが明らかになった。ITシステムの統合には相当なハードルがあり、莫大な金と時間がかかる。しかし、経営管理は待ってくれない。そんな中、優良企業が着実に実行していたのが、データマネジメントプロセスの整備・浸透であった。

 ITシステムそのものを統合するのではなく、事業連結カットでROICや、ROICの改善に有効な個別KPIをモニタリングするため、グループ横断でコード統一に向け、いや、コード統一というよりコード変換を実現するため、データマネジメントプロセスの整備を徹底させているのだ。

 経営管理の基盤として整備しているのは、データマネジメントプロセスの導入だけではなく、整えられたデータを活用する組織の整備にも、優良企業は注力している。優良企業の79.7%(※)がFP&A(管理会計)やBICC(Business Intelligence Competency Center)といった専門組織を整備している。

 これらの専門組織は、データ収集、集計、レポート作成などのサービスを事業部門に対して提供するにとどまらず、データ分析サービスの提供を通じて、事業の改善点の特定や、改善策の検討にまで至っている(図9参照)。

(※)十分にできている:46.4%と、一部できている36.2%の計

 ある電機メーカーでは、データマネジメントプロセスの導入をミッションとしたDM(データマネジメント)統括組織をCIO直下に設置するとともに、FP&A統括組織をCFO直下に設置し、両組織が連携を図りながらデータドリブン経営を推進している。

 FP&A統括組織が、各事業部と協議し、事業固有の個別KPIの設定と、そのKPIのモニタリングに必要なデータを特定する。モニタリングに必要なデータの集計が可能となるよう、DM統括組織は、データソースの特定と、複数のITシステムに分散されているデータの集計が可能となるようにマスタ整備などを推進する。

 両者の役割遂行に求められる人材要件が異なるため、2つの統括組織を整備、推進しているが、いわゆるビジネスとITの両方の経験をもつメンバーは、2つの統括組織を兼務する形で、統括組織の融合を担っている。

 この2つの統括組織が整備されて以降、事業部門と経営層の対話が促進された。単なる結果報告や、コミットさせられるだけの経営会議から、建設的な議論の場へと、経営会議が変わったという。

 データマネジメントプロセスを整備し、FP&Aのような専門組織を整備していると回答した優良企業の中でも、このような経営管理が行われているのであろう。

 全3回でお届けする「ROIC経営が企業を変える」シリーズの最終回では、高PBR実現に向け、企業内に存在する障壁とその処方箋を紹介する。