2022年11月に公開されるとたちまち話題となった生成AI「ChatGPT」。前回の記事では、生成AIは「どこまで」コンタクトセンターの仕事を奪ったのかとともに、人間がやるべき仕事は何かについて解説しました。

 今回は、ChatGPTを中心とした生成AIが急速に広まった2023年を振り返りながら、2024年にどのような領域で活用が進むのかについて解説します。

●ChatGPT元年である2023年、「まずは試してみた」企業が多かった

 2023年は、ChatGPTを「どの領域や分野で」「どのように活用していくべきか、活用していけるのか」について、業界問わずさまざまな人が考えるとともに、まずは試して検証していった「ChatGPT元年」ともいえる1年でした。

 まずは試してみるという観点からリスクが低い分野、特に「社内での活用」を考えて実行した企業が多かった印象です。例えば、日清食品ホールディングスは、法人向けのChatGPT環境を全社的に導入することで、2023年4月に「NISSIN AI-chat powered by GPT-4」を公開。

 営業領域における商談内容の要約と次回商談の打ち手の提案、商談資料作成、社内問合せ業務への適用および効率化などに活用しています。また、優秀なセールスパーソンのアクションを「NISSIN AI-chat」へインプットすることで、商談に向けた準備、商談、アフターフォローなどの各フェーズで必要なアクションを対話型で提示するなどの活用も広がっています。

 その他、パナソニック コネクトは、2023年2月にChatGPTをベースにした「ConnectAI」を国内の全社員1万3400人に展開しました。業務生産性の向上や社員のAIスキル向上などを目的としており、これまで9時間かかっていた社内広報業務が6分に短縮できたという成果も上がっています(「分析作業、9時間→6分に パナソニック流、生成AIの活用法」参照)。

●生成AIは「実運用」フェーズに ChatGPTはどのような領域で活用すべき?

 すでに肌で感じている方も多いかと思いますが、2024年の生成AIは「実運用」のフェーズにあります。具体的にどのような領域で生成AIの活用が進んでいくのか。筆者は「顧客から大量の問い合わせが来る領域」であることに加えて、「一定の専門知識」が必要なマーケットこそ生成AIが必要であり、今後活用が進むと考えています。

 例えば、携帯キャリア業界はどうでしょうか。従業員は新作のスマートフォンに関する質問から端末の操作まで幅広い問い合わせに対応したり、契約締結時には丁寧に説明したりする必要があります。契約に関する知識やスマートフォンの新機種の知識など、従業員に求められる仕事や学習範囲は多岐にわたります。

 家電領域も同様です。多数のメーカーから新しく発売される家電の商品理解を常にキャッチアップすることが求められる仕事です。このような領域で生成AIの活用が進んでいきます。つまり、生成AIに商品や契約に関する説明を学習させることで、それまで従業員が担っていた問い合わせ業務の一部を、生成AIが代替できるようになります。

 ここで注意が必要なことは、生成AIが全てを代替する(=AIが仕事を奪う)わけではないということです。前回の記事でも説明したとおり、生成AIの進化によって人間の仕事が代替されていくように見えるかもしれませんが、未来はAIと人間がタッグを組んで仕事を進めていくことが標準になるでしょう。

 携帯キャリアや家電の領域でいえば、生成AIが商品説明や契約に関する疑問に回答できたとしても、購入の後押しをするのはやはり人の接客になるはずです。生成AIが問い合わせ業務を代替することで捻出された時間で、より多くのお客さまに丁寧な接客や購入後の使い方、他の商品やサービスとの組み合わせに関するアドバイスをできるようになるでしょう。今後、生成AIの実用化が進むにつれて、人間には消費者心理を理解して、適切なコミュニケーションを取ることがより求められていくと考えます。

 特定の企業や業界で生成AIの活用が広がる一方で、「生成AIが盛り上がっているのは知っているけれども、仕事の場では使ったことがない。使う予定もない」という方がまだ多いようです。エン・ジャパンが35歳以上を対象にした調査によると、生成AIを業務に活用している人は全体の18%でした。使用していない理由として、「必要性を感じない」「使い方が分からない」「情報が正確か不安」が上位に入っており、生成AIの浸透にはまだ時間がかかりそうではあります。

 しかし、さまざまなサービスに生成AIが実装されることで、業務に生成AIを使っていないビジネスパーソンでもその恩恵を享受する機会が増えることが予測されます。例えば、LINEのオープンチャットでは、ボタン一つでこれまでのやり取りを要約できます。他にも、チャット上でオペレーターと話していると思っていたが実は生成AIが回答していた、などのシーンが挙げられます。生成AIがサービスに実装されることで、知らず知らずのうちに生成AIがより身近になっていくでしょう。

●生成AI実運用フェーズに入る「2024年」の課題とは

 2024年、実装フェーズにある生成AIはよりリスクの高い分野、つまり社内に閉じた活用ではなく、これまで以上に「顧客向けに活用」に広がっていきます。つまり、今後は「データの正確性の担保」が課題となります。現在は、生成AIが事実に基づかない情報を生成するし、不正確な回答をする事象(ハルシネーション)が一定数発生しています。顧客コミュニケーションなど、企業の信頼にかかわる分野への適用においてそのようなミスが発生した場合、生成AIの活用が遠ざかる可能性も否定できません。

 そうならないためには、2つの対策を実行していく必要があります。まず、1つ目は「フィルタリング機能の強化」です。これは、生成AIのハルシネーションを検知し、盛った回答や不正確な回答をしないようにルール設計をすることです。ルール設計の例として、筆者が事業責任者として開発に携わるチャットボット「BOTCHAN AI」を紹介します。同サービスでは、3層のフィルタリングを構築しています。「有害コンテンツ検出」「ハルシネーション検出」「ナレッジ非類似検出」の3つです。

1. 有害コンテンツ検出:生成AIが不適切な言葉や差別的な発言をしようとした場合に、検知する機能です。生成AIの誤った判断やユーザーからの悪意ある入力による攻撃的な発言や不適切な返答を防止します。

2. ハルシネーション検出:生成AIが不確かな情報や嘘を言わないように監視する機能です

3. ナレッジ非類似検出:生成AIがユーザーの質問に関する正確な知識を持っているかどうかを評価する機能です。ユーザーが求める情報と生成AIの知識との間にギャップがある場合、生成AIがその質問に答えないことを自発的に選択させます。これにより、誤解を招く回答や無関係な情報の提供を防げます。

 このフィルタリングを全て問題なく通過した内容が、質問者へ回答されるような設計にしています。

 実運用を進めるための対策の2つ目は「エスカレーションのルール設計」です。例えば、生成AIによるハルシネーションを検出した場合、生成AIが無理に回答を捻出するのではなく、「情報がないためお答えできません」「詳細は以下へお問い合わせをお願いします」などと返答するようなルール設計が必要になります。

●生成AIに関する2024年の予測、トピック

 最後に、今年の生成AIに関して予測されるトピックを取り上げておきたいと思います。今年はヒューマノイド(汎用型)ロボットの開発が加速していくことが予測されます。これまで、工場用ロボットなどのように同じタスクを実行し続けるロボットはありましたが、もう少し曖昧(あいまい)な指示を処理できるロボットが近い未来に現れるでしょう。例えば、「料理をしてください」という依頼に対し、事前にロボットが料理メニューを学習していれば、「野菜はこの角度でカットする」「何度のお湯で何分間煮る」などと行動を細分化し、実行してくれます。

 現在、AIを搭載したヒューマノイドロボットの経済的インパクトに対する期待が呼び水となって、テクノロジー企業への投資は右肩上がりになっています。イーロン・マスク氏は2月24日、Xにオプティマス(Optimus)というヒューマノイドロボットが研究所を歩く様子を映した1分18秒の動画を投稿しています。

 「ChatGPT元年」である2023年を経て、実運用のフェーズに入った2024年にはさまざまなサービスへの実装がより加速していきます。さまざまな領域でコミュニケーションが自動化されていき、また面倒なプロンプトを考える必要がなく生成AIを使うことができるようになっていくことも予測されます。

 さらに2025年以降に目を向けると、人型ロボットの進化によって生成AIとのコミュニケーションはオンラインだけではなく、オフライン空間でも当たり前のものになることで、オンライン/オフラインの境界がが低くなっていきます。このことは、生成AIがオンラインデータだけでなく、オフライン空間のデータをも収集していくことを意味しています。その結果、顧客とのコミュニケーションは高解像度でのパーソナライズマーケティングが加速していくことでしょう。

 現在はまだ一部の人だけが使っている生成AIですが、今後は利用のハードルが下がること、さまざまなサービスへの実装により気づかないうちに生成AIを使うことが増えていくのではないでしょうか。

(森川 智貴、株式会社wevnal BX事業部 BOTCHAN AI事業責任者)