トモズ(東京都文京区)が運営するドラッグストア「Tomod's(以下、トモズ)」。

 マツキヨココカラ&カンパニーやウエルシア薬局など、国内大手ドラッグストアが2000店舗を超える販売網を構築しているのに対して、トモズは252店舗。都心部でのドミナント出店戦略が同社の特徴だ。

 トモズはコロナ禍で人流が止まった2020年、他の小売り業態と同様に大きな打撃を受けた。現在は免税対応店舗の拡充に加え、データに基づいた値付け戦略とマーケティングが奏功し、3月には過去最高売り上げを記録した。

 トモズはコロナ禍から現在まで、どのような足跡をたどったのか。同社のCDO(最高デジタル責任者)、渡瀬康生氏に聞いた。

●「極めて大きな影響を受けた」――コロナ禍の爪あと深く

 トモズが持つドラッグストアのブランドは「トモズ」の他にも、「アメリカンファーマシー」「メディコ」「カツマタ」などがある。ECのプラットフォームも提供しているものの、売り上げの比率は1%に満たない。実店舗ビジネスが中心の企業だ。

――コロナ禍が始まった当時の状況を教えてください。

 トモズは都市部を中心に展開しているので、やはり極めて大きな影響を受けました。2020年4〜6月の約3カ月間で見ると、全体の売り上げは15%ほどダウンしました。

 特に、緊急事態宣言やまん延防止等重点措置の影響で、トモズが入居しているショッピングセンター全体が休業するケースや、オフィス街では出勤する人が減ったことで、駅の乗客数が半減するエリアもありました。こうしたエリアに位置する店舗は当然売り上げも大きく下がっていきました。

――現在の状況はいかがでしょうか。

 緊急事態宣言が明けても、時短営業を継続しているショッピングセンターもあります。またこうした営業時間の幅の問題だけではなく、そもそも人が都市部にあまり来なくなっているという傾向も見受けられます。

 新型コロナウイルスが5類感染症に移行したことで、足元ではオフィスエリアに人が戻ってきていますが、一部では働き方が変わったことで二度と戻らないエリアもあります。コロナ禍によって働き方(人の動き方)が完全に変わってしまったなと感じています。

●インバウンド対応力強化、売り場面積拡充――コロナ禍を「チャンス」に

――コロナ禍で業績が厳しかった当時、どのような手を打ったのでしょうか。

 当時インバウンド需要に向けた免税対応店舗は60店舗程度だったのですが、コロナ禍だからこそ「これはチャンス」だと思い、20店舗ほど新たに免税対応の申請を行いました。

 またこれはチャレンジではあったのですが、コロナ禍で都市部のビルからテナントが大量に撤退した状況を踏まえ、隣接した空きスペースを活用し、売り場面積の拡大と新規化粧品ブランドの導入に踏み切った店舗があります。

 品ぞろえの強化も図りました。都市部では生活密着型の需要が根強いことから、一部店舗で日用雑貨やトイレタリー商品の品ぞろえを増やしました。こうした施策を実行した店舗では売り上げが1.5倍に伸長するなど、一定の成果を確認できています。

●データ分析を強化して変わった、「値付け」と「ターゲティング」の精度

 コロナ禍からの立て直しにあたって、トモズは会員アプリをローンチし、同時に会員データを整理。その上で、会員属性に基づいたマーケティングを強化していった。デジタルマーケティングの強化には、カタリナマーケティングジャパン(東京都港区、以下カタリナ)の支援を得た。

――データドリブンの戦略について教えてください。

 2020年7月ごろ、従来の会員カードに代わる自社アプリをローンチしました。コロナ禍の真っただ中でのローンチでしたが、結果としてアプリのダウンロード数は1年で100万件に達しました。

 振り返ると、コロナ禍という非常時の中で現場が危機感を共有できたことがアプリの浸透を後押ししたと考えています。コロナ禍という逆境を、むしろお客さまへの新サービスアピールの好機と捉えられました。

 また、アプリを通じて得られるメールアドレスや購買行動データといった、より深い顧客データをターゲティングに生かせた点も大きな進歩でした。従来の会員カードでは取得できるデータに限界がありましたが、アプリではタッチポイントが増え、豊富なデータ活用が可能になりました。

●ターゲティングは年代・性別でなく「購入額」で

――会員属性を基にしたターゲティングについて詳しく教えてください。

 カタリナさんにサポートしていただきながら、ターゲティングの精度を上げるために「デシル分析」というアプローチを導入しました。デシル分析とは、月間の購買額で顧客を10等分に区分けするアプローチです。それに基づいて、データ分析と取るべきアクションを週次で回していきました。

 購買額のトップを「VIP」と位置付けているのですが、VIP層は高価格帯の化粧品をよく購買します。このVIP層を増やすために、例えばトモズが扱っている化粧品ブランドの優位性をアピールしたり、その化粧品ブランドからも売り場を盛り上げていくために支援を得たりしています。

 これはあくまで一例で、それぞれの区分けで購買の特徴が全然違います。従って、単純な年代や性別という分け方ではなく、購買動向の特徴を把握して、区分けごとに適切なアプローチをするというのが大切だと考えています。顧客層ごとの購買動向を可視化することで、現場のスタッフにとっても納得感がある施策や行動につなげていけるようになりました。

 また、同じ住友商事グループであるスーパーマーケットブランド「サミット」もポイントプログラムを持っているので、ポイントを相互利用できるような仕組みも検討しています。顧客IDを統合し、お客さまにとってより便利に感じてもらえる提案をしていく方針です。

【訂正:2024年5月22日10時24分 本文中のポイントプログラムの記載について一部誤りがあり、修正しました。】

●ドラッグストアの卵はなぜ安いのか? 「価格弾力性」という考え方

――価格設定にもデータで根拠づけをしていると聞きました。

 「価格弾力性」という概念がありまして、商品によって、価格を変動させたときの売れ行きへの影響が全然違います。当社ではその影響度合いを5段階に分けています。

 つまり、価格変動に対して消費者が敏感に反応する商品については、割り引き価格を打ち出したりチラシやクーポンで強く訴求したりする。一方で価格変動が購買数にそこまで大きく影響しない商品は、適正価格で販売して利益を確保する――というように、価格弾力性を加味した価格設定を行ったり、キャンペーン施策を打ったりしています。

 価格弾力性は季節やピークによって変わってくるのですが、かつては人間の経験と勘に頼っていました。商品ごとの価格と購買数の影響度合いをデータで可視化できたことで、ムダな値下げ価格の是正ができるようになりました。

 こうして価格弾力性に基づく適正価格設定を徹底した結果、この2年間で粗利率を1ポイント以上改善できました。値上げによる効果ではなく、ムダな値下げをなくした効果なので、かなりのインパクトだと考えています。

――確かに、ドラッグストアで売っている卵はとても安いなと感じる時があるのですが、あれは利益が出ていないのですか?

 卵単体では利益は出ていないと思います。お求めやすい価格にするのは集客という目的もありますし、卵単体では赤字でも、他に購入してもらう商品全体でしっかり黒字にしていくという考え方もあります。

 そして卵が安いと認識してもらえれば、週に1回は来てもらえるようになるかもしれません。こうした来店頻度を確保することで利益を出すパターンもあります。ただし、来店動機は卵だったとしても、来店してくれた時に何かしら衝動買いをしてもらえるような、ワクワク感を生み出す工夫をしていかないと、そのうち卵しか買ってくれなくなってしまう(笑)。そういった現場の工夫はし続けなくてはならないと考えています。

●「都市部かつ小規模」だからこそやらなければならないこと

――トモズの今後の展望について教えてください。

 ドラッグストアとしての専門性を高めることは重要ですが、同時に利便性の向上にも注力していく必要があります。

 例えば、インバウンド需要に対応するため免税対応を行っているなら、人気のあるインバウンド向けの商品も取り扱うべきです。過去には、ドラッグストアは健康関連商品を扱う「ヘルスケア」の場所と考えられていましたが、そうした認識は変わってきています。売れ筋商品はきちんと取り扱う必要がある、と考えています。

 加えて、一人一人の顧客に合わせたサービスとご提案を強化したいと考えています。かかりつけのクリニックやかかりつけ薬局に加え、私たちは「かかりつけドラッグストア」というコンセプトを推進しています。

 薬局としての基本的な役割である、薬の服用指導や薬をお渡しした後のフォローアップは当然重要です。一方で、薬を処方される方も化粧をしたり、予防医学的な取り組みを求めたりする場合もあります。

 サプリメントなどについては、かかりつけの概念を広く認知してもらえるよう、カウンセリングやアドバイスを行いたいと考えています。化粧品担当者や管理栄養士による、気軽な栄養相談なども提供できればと思います。

 そうしたニーズのある顧客には、しっかりと寄り添いアドバイスをします。一方で、プライバシーを重視する顧客もいるでしょう。そういった顧客には、押し付けにならないよう細心の注意を払い、一人一人にあった対応をしていきます。

 また、今は高齢の方でも多くの人がスマホを使っています。「高齢者はスマホを持たない」という空気感が、ここ数年で変わりました。都市部はその移り変わりの速さが顕著であり、高齢の方でもトレンドに敏感で新しいもの好きが多いです。キャッシュレス比率も6割を超えていますし。

 トモズは都市部にドミナント出店しており、かつ展開規模が小さいからこそ施策を早く実行できます。こうした意思決定の速さと機動力の強みを生かしていかなければならないと考えています。