2月にオープンした「豊洲 千客万来」(以下、千客万来)。オープン直後は、一部店舗で販売している1杯数千円〜1万円超の海鮮丼が“インバウン丼”として話題を呼んだ。果たして、実際にそうした海鮮丼は注文されているのか、またそれは外国人ばかりなのか。

 こうしたインバウン丼を巡る事情を取材しようと、千客万来を運営する万葉倶楽部や海鮮丼を提供している企業に連絡したものの、取材NGとのこと。そこで本記事では、5月下旬の平日に千客万来で現地取材をして、どのような客層が来場しているのかなども交えて確かめた内容をお届けしていく。

●当初1800円だった定食が2500円に 確かに価格相場は「お高め」

 千客万来を訪問したのは、5月下旬のとある平日。車で向かい「東京豊洲 万葉倶楽部」専用駐車場に停めた。入り口に近い車室にもチラホラと空きがあり、多くの人はゆりかもめや都営バス、東京BRTといった公共交通機関で訪問していると思われる。なお、こちらの他にはゆりかもめ「市場前駅」側に「豊洲 千客万来」専用駐車場もあり、施設としては相応に車での来場を見込んでいるのだろう。

 千客万来は「食楽棟」と「温浴棟」で構成されている。前者は江戸の街並みを再現した商業施設で、市場に隣接しているという立地をウリに、食材を販売する店舗や飲食店がテナントとして入居している。後者は24時間営業の温浴施設として、東京湾を望める露天風呂に展望足湯庭園などをウリにしている。

 今回は主に、食楽棟を実地取材した。まずは1階から見ていく。1階は「豊洲江戸前通り」として、主に都道484号線に沿ってイートインの飲食店が並んでいる。業態としてはラーメンに和食、ハンバーグなどがあり、ラーメンを除くと基本的に価格帯は2500円以上の商品が多い。

 ある店のメニューをよく見ると、もともと1800円だったアジフライ定食に上からシールを貼り、2500円に価格改定していた。周囲の相場に合わせたのだろうか、いずれにしても「この価格でも売れる」と判断するほど来場者の金払いが良いということなのだろう。

 とはいえ、昼時にもかかわらずどの店も混雑している様子はなく、客足はまばら。しいていえば、ソフトクリームを販売している店のイートインスペースが最も賑わいを見せていた。このフロアは日本人が多く、一般的な価格相場と比較して強気の店が目立つことから、食事ではなく軽食に利用する人が多いのかもしれない。

 看板がトレードマークの青ではなく、景観に配慮した茶色仕様のローソンも営業しており、主に訪日客向けとおぼしきおみやげ類の商品が多く並んでいた。

 中でも訪日客に人気が高いとされるキットカットが、目立つ位置に並んでいる点は印象的だ。レジは5つあり、そのうち1つは有人対応専門、2つは有人とセルフの双方に対応したもの、残り2つは完全にセルフ用のもの。国内外を問わず、見たところセルフレジを利用する人は少なく、有人レジが常に行列といった状況だった。

 なお、ローソンの前には施設案内のパンフレットがあり、見たところ日本語のものだけしかなかったのは意外だった。

●「観光地価格」が目立つものの、日本人お断りな空気はない

 1階と比較して、より賑わっていたのが2〜3階だ。

 2階は屋内に食材を販売する店やカウンター席などでイートインできる飲食店が並ぶ「目利き横丁」と、屋外で主に食べ歩きを想定している店が並ぶ「豊洲目抜き大通り」で構成される。訪問した日は土日祝ではなかったものの、かなり人が多い。いずれのスペースも道幅が狭いこともあって、実際にいる人数以上に賑わいを感じる。

 ざっと歩きながら見たところ、客層は日本人と外国人のどちらかが過度に多いというわけではない。とはいえ、日本人の方が多いように見受けられる。

 「銀だこハイボール酒場」が1本1000円の和牛串を販売していたり、その他にも1000円以上の串焼きをする店舗があったり、一見すると観光地価格に感じる店が多いものの、日本酒の飲み比べが5杯で2000円、から揚げが600円など、よく探せば過度に高い店ばかりではない。高価格帯の商品が目立つ店舗でも、松竹梅戦略的に安価な商品があるため“日本人お断り”の雰囲気は感じなかった。

 もちろん中にはインバウンド需要を意識していそうな店もある。例えば、ゆりかもめ・市場前駅からペデストリアンデッキで移動する動線の「玄関口」に当たる場所の寿司店は、外国語が目立つメニュー構成や、まぐろの寿司が8貫で5000円ほどと、どちらかといえば国内よりも訪日客を意識している印象を受ける。

 その他、刃物店では数万〜30万円ほどの包丁を販売していた。わざわざ国内から豊洲のここまで来て包丁を買う人は少ないだろう。しげしげと商品を眺めているとスタッフが声掛けをしてきて、名札を見るとおそらく中国人。外国語対応も万全と思われる。

 まとめると、確かに訪日客向け的な価格設定の商品はあるものの、日本人でも楽しめる、間口の広いエリアといえる。最初に見た1階で営業している各店舗が、思いのほか人影もまばらだったことと対照的に、かなり活気があった。多くの人はゆりかもめ・市場前駅から直結のペデストリアンデッキを歩いてくると思われることから、こうした“フロア格差”が生まれているのかもしれない。

●「1杯約2万円」の超高級海鮮丼も 安い店でも客は殺到せず

 さて、件の“インバウン丼”を提供している店が多く営業している3階へと足を運ぶ。3階は「よりどり町屋」と称するフードコートをメインに、エイチ・アイ・エスが運営する「海鮮バイキング いろは」も営業している。

 1階にも8000円弱の海鮮丼を販売している店舗があったが、この日に現地で確認できた最高値の海鮮丼は、この3階で営業する「築地うに虎」の「皇帝」なる一品だった。

 その価格は何と、1万8000円。100グラム超の生うにの他、本マグロの大トロ・中トロが乗ったメニューである。

 他にも店外に設置しているメニュー看板には、5000円〜1万円ほどと高価な商品が並ぶ。この皇帝を実際に注文している人がいるかまでは確認できなかったが、カウンターメインの店舗を外から見たところ、10人ほどが食事をしていた。一見すると当然「高い」のだが、しっかりと需要にマッチしていることが分かる。

 反対に、確認できた中で最も安かったのは「築地海鮮 虎杖」のネギトロ丼で、1000円。しかし、(相対的に)安いからといって客が殺到している様子はない。

 うに虎もそうだが、3階のフードコートは高価な商品を提供している店舗に客が付いており、反対にうどん・そば、肉関連など、安価な商品を販売している店舗は空いている印象を受けた。豊洲市場に隣接している立地もあり「どうせならば海鮮を食べたい」と考え、また江戸風な独特の雰囲気で特別感を抱き財布のひもが緩む客が多く、その需要に対して的確な商品構成とプライシングができている結果だろう。

 とはいえ、気になるのは味である。需要にマッチしたマーケティングができていても、味が良くなければリピートや口コミにつながらず、最終的な満足度も低下する。僭越(せんえつ)ながら筆者は食レポなどの仕事もさせていただいていることもあり、せっかくなので食べてみよう。

●1杯1万円弱の“インバウン丼” 価格相応の価値はあるのか

 選んだのは、フードコート内で最も行列ができていた「東京29寿司」という店。「行列」といっても10人ほどだったが、注文するまで5〜10分ほど待った。この店は隣接する「まるり水産」と運営が同じようで、店の前にいるスタッフが「このメニューを食べたいならこちら」といった形で客をさばいている。また「他の店で食べたら5000円くらいの本マグロの中トロ丼が、うちなら3500円で食べられます」ともアピールしている。注文担当のスタッフも機械的な対応ではなく、活気がある。食べる前から「価値」を感じさせている。

 さて、注文したのは、東京29寿司で最高値だった「特選和牛と雲丹のプレミアム丼」(8500円)と、「千客万来セット」(1800円)の2種類だ。注文から10〜15分待って提供された。

 特選和牛と雲丹のプレミアム丼は、想像していたよりも2回りくらいサイズが小さく感じる。ただ、雲丹やいくらは確かにたくさん乗っており、独自の加工技術で生食に近い状態にしたという和牛も多めではある。とはいえ、8500円という価格を考えると、少なくとも筆者は割高に感じた。とはいえ「不当に高い」と感じるほどではない。

 反対に千客万来セットの方は、みそ汁とともに寿司と海苔巻きのセットであり、金額的にもコストパフォーマンスが良い商品といえるかもしれない。実際に東京29寿司で並んでいる人の注文や、提供される商品を眺めていても人気の商品と見受けられた。

●インバウンド需要の伸びしろはまだまだあり?

 あらためて、“インバウン丼”という話題が先行した千客万来ではあるが、実際に足を運んだ結果、決して高級商品ばかりが並ぶ、訪日客に特化した施設ではないと分かった。

 むしろ2階のイートイン店舗では“ちょい飲み”する日本人も散見されたし、海鮮バイキング いろはのように国内団体客の受け皿となる店舗もあることから、現状は日本人の利用の方が目立つように感じる。むしろ江戸風の、海外から見たら「ザ・日本」といった情緒あふれるしつらえに加え、無料でそこそこ高速なWi-Fi、メニューの外国語対応や幅広い決済方法といった訪日客向けのサービスが充実していながら、ポテンシャルをまだ生かし切れていないのではないか。

 同様の観光地として思い付く築地であれば、銀座や日本橋が徒歩圏にあり、そもそもの歴史が長いことから地名のブランド力もある。そこと比較して、豊洲はまだブランド力が弱く、施設を含めたエリア全体の魅力も発展途上だ。国内外を問わず、千客万来がさらに人気を集める上では、まだまだ課題も山積していると感じた現地取材だった。

著者プロフィール

鬼頭勇大(フリーライター・編集者)

フリーライター・編集者。熱狂的カープファン。ビジネス系書籍編集、健保組合事務職、ビジネス系ウェブメディア副編集長を経て独立。飲食系から働き方、エンタープライズITまでビジネス全般にわたる幅広い領域の取材経験がある。

Xアカウント→@kitoyudacp