人手不足が続く小売り・サービス業。人を増やしたくてもなかなか採用できない状況が続いており、その原因の一つとして「立ちっぱなし問題」が挙げられます。小売業やサービス業の多くは従業員が立ちっぱなしで、身体にも負担が大きく「できれば選びたくない職種」といわれることもあります。

 こうした課題を解消するため、従業員が座って接客できるようにする「座ってイイッスPROJECT」がスタートしています。今回は同プロジェクトの内容を追いながら、これからのレジ接客のあり方や小売業での働き方について考えてみましょう。

 消費トレンドを追いかけ、小売り・サービス業のコンサルティングを30年以上にわたり続けているムガマエ代表の岩崎剛幸が分析していきます。

●欧州でよく目にする「座りレジ」

 かつて筆者は『「セルフレジにキレる老人」問題どうする? 模索続く大手企業 要注目の「スローレジ」とは』という記事を執筆しました。

 セルフレジやセミセルフレジが増え、レジの待機時間が短くなることで、ストレスが減る消費者がいます。その一方で、セルフレジの利用方法が分からず、戸惑う消費者も増えています。その一つの対策として、上記の記事では「スローレジ」を提案しました。

 これはオランダのスーパーマーケット「Jumbo(ジャンボ)」が始めたサービスです。オランダ政府の活動「ワンアゲインストロンリネス(孤独を救うための運動)」の一環として、オランダにあるジャンボ店舗で2019年にスタートしました。

 「Kletskassa(チャットレジ)」という袋詰めする時間をあえて遅くして、その間お客さんと会話を楽しむ特殊なレジを設置したところ、大きな反響がありました。そのため、同社は全国の他の店舗にも拡大。この取り組みをさらに進めて、既存のレジの中から1台にベテランの店員をあてがい、支払いなどに手間取る高齢者がレジスタッフと会話しながら精算できるように工夫したのです。これがスローレジです。

 ジャンボの公式Webサイトを見ると、店員が椅子に座って接客しているのが分かります。オランダ以外にも、ドイツや英国など欧州各国では、大型スーパーやディスカウントストアでレジスタッフが座ったまま接客している光景を見かけます。例えばドイツ発で世界第9位の小売業・ディスカウントストアのALDIでは、基本的にレジは「座り」です。

 一方、米国でも座りレジを導入している店舗はありますが、2023年に私が米国で視察した小売店では業種を超えて立ちレジが多く、ヨーロッパとは様相が異なっているように感じました。

 日本でエコバッグを目にすることも多い米国のスーパー「トレーダージョーズ」、通称「トレジョ」はALDIのグループ傘下ですが、レジは「立ち」です。

 米国で人気のD2Cコスメブランド・Glossierのように、Z世代に支持される店舗レジにも椅子はありませんでした。お客さんもスタッフもZ世代の店ではカジュアルな雰囲気もあり、スタッフも座りながら接客しているかと思いきや、接客もレジも立ちっぱなしなのが印象的でした。

●「立ってするもの」という固定観念が変わりつつある

 日本は、立ちレジが圧倒的に多いのが実態です。椅子に座ってレジ業務をすること自体がナンセンスなのか、これまでレジでの立ち作業について、ほぼ議論されることはなかったように感じます。日本では「レジは立ってするもの」という固定観念が根付いているのかもしれません。

 しかし、ここにきて少しずつ「立ちレジや立って接客することはいかがなものか」という意見が出てくるようになりました。例えば、マイナビバイトが2024年3月に、アルバイトの立ちっぱなし問題を解決する珍しいプロジェクトを始めました。

●共同製作した椅子を使った実証実験

 マイナビバイトによると、同プロジェクトは「多くの従業員にとって隠れた悩みの種になっている」という立ちっぱなし問題を解決するのが目的だそうです。従業員・企業双方にとっての快適な労働環境を整備していく取り組みとのこと。

 アルバイトが立ちっぱなしで働き続けることで起きているさまざまな問題について、同社は独自に調査を実施。結果を踏まえて「座って仕事をしても良いのではないか」と提案しているのです。

 同社の「パート・アルバイトの接客中の立ち仕事に関する調査」によると、座り接客が許されているアルバイトは23.3%。椅子に座れないことで「集中力が落ちてミスが起きた」「笑顔で接客できなくなった」といった声も聴かれます。また、19.7%の企業が、立ち仕事による肉体的な要因でアルバイトが退職した経験があるとのことです。

 座って接客をしても良いと思っている企業は73.3%もいます。では、なぜ許可しないのでしょうか。理由の1位は「お客さんからの印象の悪化を防ぐ」(33.8%)、次に多いのが「なんとなく・特に理由はない」(25.6%)です。明確な理由がないままに、アルバイトが立ちっぱなしになっていることが分かりました。これが日本の小売業の実態です。

 今後の雇用確保の面からも、立ちっぱなし問題の解消は必要不可欠といえます。そこでマイナビバイトでは、椅子の製造販売を行うSANKEI(三重県鈴鹿市)と「マイナビバイトチェア」を製作。ABC-MART、ドン・キホーテ、大垣書店、コレド日本橋などで試験的に導入してもらうことで、どのような効果が見られるかを試しています。

 2024年5月時点で、6社35店舗に約100脚の椅子を設置しています。一部報道によると、飲食や小売りを中心に120社以上から問い合わせがあるとのことで、多くの企業が立ちっぱなし問題に対して課題感を持っていたことが分かります。数多くの企業に座りレジが広がる可能性が出てきました。

 マイナビバイトの取り組みとは別に、独自に座りレジを導入しているのが食品スーパーのベルクです。

 ベルクでは座ってレジ打ち作業ができるよう、一部店舗で椅子を設置しています。狙いは従業員の身体的・心理的な負担を軽くして、接客のクオリティを高めること。従業員からは「腰痛を患っているので、少し楽になった」「手が空いた際に座れるのが良い」というポジティブな声が寄せられています。今後は導入店舗を拡大していく方針です。

 ベルクは以前「従業員の身だしなみ 多様化、始まる」として店内に掲示したポスターをXに投稿しました。従業員の髪型やネイルなどの基準を大幅に緩和するもので、同社の投稿には数万件を超える「いいね」がついて話題になりました。

 このようにベルクは店舗で働く人の選択肢を増やし、多様性のある働きやすい職場づくりを目指しています。

 身だしなみの自由度が高く座りレジが当たり前になっていくベルクと、身だしなみが厳しく立ちっぱなしレジのスーパー。両社が同じ時給だとすれば、ベルクで働きたいと思う人が多いのではないでしょうか。

●米国式の「効率追求型」が変わりつつある

 そもそもなぜ、日本や米国の一部小売業では立ちっぱなしレジが基本になっているのでしょうか。まず、日本のスーパーマーケットやコンビニは米国式の店づくりを輸入して作られてきたものですから、原則として米国式の「効率追求型」の設計になっています。

 特にセルフ販売中心の食品スーパーは、対面で商売をするのが当たり前だった業界に大きな影響を与えました。お客さんが自分で商品を手に取って買い物かごに入れる販売方式を徹底させる革新的な方法だったからです。いかに効率良く、たくさんのお客さんをさばけるかという観点から、レジではスピーディーな作業が求められたのです。

 つまり、都合が良いのは立ち作業なのです。商品でいっぱいになったカゴを一度に動かすためには、立った方が効率がアップします。商品の価格をレジに打ち込んでカゴからカゴに移していく作業も、立ったままの方がやりやすいでしょう。

 何か別の作業をするために移動したり、お客さんのサポートをしたりといったときにも立ちっぱなしの方が効率が良さそうです。こうした理由で、立ちっぱなしのレジが標準形になったのです。その後、米国式のスーパーなどではベルトコンベア式レーンも導入されるようになり、より効率的なレジへと変化していきました。

●可変式の備品も増えてきた

 これまでレジカウンターや接客カウンターは、高さが70〜90センチ程度で、高さを調節をできない固定式が主流でしたが、最近では可変式のものが登場してきました。レジスタッフの身長の違いや業態特性なども踏まえて、レジ台も変化し始めたのでしょう。

 椅子も、可変式のものや、マイナビバイトチェアのような完全に座らないタイプのものもあります。より働きやすいよう、小売業の店舗備品も変化してきたことが、座りレジを後押しするようになった一因といえます。

 ただ、消費者が“タイパ”を求めがちな都心の駅前コンビニやエキナカの店など、売り場面積が小さく、客数が非常に多いような店舗では、効率性の観点から今後も立ちレジが基本となるでしょう。セルフレジを導入する店舗やレジレスの店も増えていくでしょうから、全てのレジで座れるようにはならないと考えられます。

 座って接客できるようにするか、立ちながら接客するのを基本とするのか。この点は、自社店舗のコンセプトや立地特性に大きく依拠します。例えばメガネ店では、メガネの微妙な調整をしながら接客する必要がありますから、基本的に座りとなるでしょう。反対に、コンビニのように客数が多くカウンター作業が多い場合は、立って接客した方が効率的です。

 折衷案として、働きやすさのために座れる椅子をレジに用意しておき、座れるときには座る。そして、忙しいときには立って仕事をするのがベターではないでしょうか。肝心なのは、タイミングに応じて選べるようにすることです。立ちっぱなし問題をきっかけに、顧客満足と従業員満足のバランスを取ることをこれまで以上に考える企業が増えることを期待します。

(岩崎 剛幸)