劇場版名探偵コナンの人気が止まらない。興行通信社によると、4月12日から公開された『名探偵コナン 100万ドルの五稜星(みちしるべ)』は6週連続動員ランキングトップ、5月19日時点で興行収入は135億円を突破した。

 2023年公開の映画『名探偵コナン 黒鉄の魚影(サブマリン)』から数え、同シリーズで2年連続の興行収入100億円超えを果たしたことになる。加えて4月30日、公式は同シリーズの累計動員数が1億人を突破したと発表した。興行収入100億円を超えた邦画作品は歴代で19作品(2024年5月13日時点)しかないことからも、コナンシリーズの人気の高さがうかがえる。

 同シリーズが興行収入100億円を超えたのは2023年が初めてだが、2018年以降は2021年を除いて、90億円規模の興行収入を記録している。公開期間中に緊急事態宣言が発令されていた2021年でさえ、70億円を超える好業績を残している。これらを鑑みれば、連続100億円超えの人気は一過性のものではなく、安定した支持を獲得していることが分かる。

 しかし、なぜ原作連載30年、映画公開27年の長寿シリーズがいまだに注目を集め続けているのだろうか。その要因を、消費者接点とマーケティングの観点から検証していきたい。

 同映画人気の要因は大きく2つ、「コンテンツの強さ」「映画におけるマーケティングの強さ」に分けられる。

●ポケモン、サザエさんとは異なる「強さ」

 1つ目の要因は、原作30年、映画27年と、漫画・アニメ・映画の3つのチャネルを長期間にわたり継続してきた点にある。

 この継続性により、消費者との接点を維持することができた。そして、名探偵コナンを読んだり見たりして育った世代が、いまでは親になり家族で楽しむようになっている。1980年代以降に生まれた世代ならば、このタイトルを知らない人・世代がほぼ存在しない。

 極めて高い認知度と継続的な人気を誇るコンテンツは、『サザエさん』『ドラえもん』『アンパンマン』『ポケモン』などがあげられる。しかし、漫画・アニメ・映画の3つのチャネルを長期間継続できているのは、筆者が知る限りドラえもんとコナンシリーズだけである。

 当然ながら、このように複数の世代にまたがって人気を継続させるのは非常に困難だ。

 原作、アニメ、映画の各媒体で作品の人気が可視化されるため、ビジネス的にも打ち切りや終了のリスクが常にある。コナンの映画においても右肩上がりで成長したわけではなく、2004〜2008年にかけて停滞期があった。この時期、テレビアニメの視聴率も低迷していた。

 この停滞期を乗り越えられた一因として、讀賣テレビ放送が制作・製作※に携わり、映画の製作委員会にも参加していたことが挙げられる。過去の記事でアニメの製作委員会についてふれたが、まさに製作委員会のメリットを最大限に活用できたといえるだろう。讀賣テレビ放送、日本テレビ放送網、小学館といった基盤とノウハウを持つ企業の努力に加え、何より原作者の青山剛昌氏が継続して作品を生み出し続けたことが、シリーズの継続と人気の維持につながっている。

※本稿ではアニメ映像そのものを作ることを「制作」、アニメ作品をプロデュースし、プロモーションし、流通網にのせることを「製作」と表現する。

●「卒業現象」が起きにくい

 コナンシリーズが幅広い年齢層から支持される2点目の理由は、ファンの「卒業現象」が起きにくいコンテンツ形式であることだ。主人公が子どもで、事件の発生から解決までの流れが明確なため、低年齢層にも親しみやすい。特にアニメ版は描写や放送時間帯が子ども向けに設定されており、小学生層が触れやすくなっている。

 一方で、「ミステリー」というジャンルでの謎解きや人間ドラマの部分は、19世紀以降普遍的な人気を誇っており、中高生以上でも楽しめる構造となっている(実際、原作漫画を完全に理解するには中高生以上の年齢が求められる部分もある)。

 つまり、サザエさんやドラえもんといった高認知度長寿作品に比べ、コナンシリーズでは「卒業現象」が起きにくく、より高年齢になってから楽しめる側面があるのだ。

●固定・新規ファンを両方取り込む構造

 さらにコナンシリーズの強みを付け加えるならば、ストーリー構成の特徴にある。中心となる幹のストーリーは不定期で描かれ、その他の回では小規模なエピソード(2〜3回程度)が繰り返されるという構成をとっている。このおかげで、重厚長大な幹のストーリーで固定ファンを獲得しつつ、それ以外のエピソードでは新規層の障壁を下げられるのだ。

 もちろん、この構成は漫画の企画段階から意図的に狙ったわけではないだろう。しかし結果として、固定ファンの定着と新規層の取り込みを両立できる形式になったのは確かだ。

 このように長期間にわたり複数のチャネルが継続し、コアなファンだけでなく、ライト層や新規層も受け入れやすい構造であったことで、露骨には表れないが着実に潜在顧客が増え続けた。そして2018年以降、この潜在顧客が興行収入の顕在化につながったと考えられる。

 次回は、具体的にコナンシリーズの映画人気が顕在化した背景と、「映画」としての強みについて述べる。

●著者プロフィール:滑 健作(なめら けんさく) 

 株式会社野村総合研究所にて情報通信産業・サービス産業・コンテンツ産業を対象とした事業戦略・マーケティング戦略立案および実行支援に従事。

 またプロスポーツ・漫画・アニメ・ゲーム・映画など各種エンタテイメント産業に関する講演実績を持つ。