現在上映中の『名探偵コナン 100万ドルの五稜星(みちしるべ)』の勢いは止まることを知らず、興行収入135億円を突破している。コナンの映画シリーズが連続して興行収入100億円を超える理由は、コンテンツ自体の魅力だけでは説明しきれない。

 この人気の背景には、2つの大きな要因があると考えられる。1つ目は、新規層を取り込むための多チャネルでの巧みなプロモーション活動である。2つ目はライトユーザーや新規層への門戸を開きつつ、原作の核心となるストーリーともひもづけた「原作連動」の構成を取っている点だ。

 本稿では、コナンシリーズの映画人気が顕在化した理由として、このプロモーション活動・作品構成の側面に着目していく。

●「製作委員会」の強みを最大限に生かす

 1点目であるプロモーション活動においては、製作委員会参加企業による多チャネル展開が大きな強みとなっている。同委員会には地上波キー局の日本テレビ放送網が参画しているため、地上波放送に加え同社グループのサービスであるhuluなど複数のメディアリソースを活用できる。

 従来より、テレビ局が製作委員会に参画する映画作品においては、新作公開時に過去作品や関連特番を放映することがマスプロモーションの主流的な手法であった。コナンシリーズにおいても例外ではなく、毎年4月の新作公開にあわせ、前年度作品の再放送、映画関連エピソードの再編成、さらには特別番組の制作・放映と、多角的な宣伝施策を継続的に実施している。

 製作委員会参加企業の保有するメディアリソースを活用した一体的プロモーション展開という、伝統的だがいまだ効果的な手法が、コナンシリーズにおける映画マーケティング戦略の要諦(ようてい)となっている。

 それに加えて、昨今メディアとしての存在感を増している動画配信サービスで配信することで、スマートフォン中心となった現代の視聴環境にも対応している。特にHuluでは、4〜5月のキラーコンテンツとして君臨しており、最新の月間総合ランキング上位30作品のうち、半数を名探偵コナンの映画・TVシリーズが占める。

 なお、Hulu独占とせず、競合サービスのNetflixやAmazon Prime Video、U-NEXT、ABEMAなどへも供給している点も消費者にとってメリットが大きい。

●「恒例化」したプロモーションで、離脱したファンを取り込む

 2021年に開始した新たな試みは、総集編映画の製作と、映画公開に向けてファンの関心を盛り上げるための取り組みを「恒例化」したことである。従来より映画公開直前に行われていた、その年の映画でスポットを浴びるキャラクターに関する特別番組を、テレビシリーズの総集編映画として年始に公開するようになった。

 総集編の映画化自体は他のアニメ作品でも行われているが、『名探偵コナン』では独自の要素を組み合わせ、この手法を恒例化・パターン化している点に新規性がある。

 具体的なスケジューリングは以下の通りである。映画のエピローグで次回作のスポットキャラクターを発表し、11月から12月にかけて映画タイトルとキービジュアルを公開する。1月には総集編映画を公開し、後に放送や配信も行う。3月後半から4月にかけては特別番組の放送や過去作品の再放送を実施し、4月中旬に本編の新作映画を公開するというパターンを恒例化している。

 このサイクルにより、コアなファン層の期待を高めつつ、新規層やライト層、さらには一度離れていたリターン層も自然な形で映画への興味を持つようになる。前述した継続性と、毎年映画を放映できる体制・環境があってこそではあるが、ファンを維持し、新たに呼ぶという点で恒例化できている点は強みである。

●映画公開に合わせた新設定の公開 「原作連動」のパワー

 プロモーション活動のみでは、2018年以降に見られた急激な人気上昇を説明するには不十分である。長年に渡り築き上げたファン層の基盤と、綿密に計画されたプロモーション活動に加え、大きな役割を果たしたのが原作の幹となるストーリーと連動した要素の強化である。

 2018年以降、それまで伏せられていた設定やキャラクター間の関係性が漫画連載において次々と明かされ、ストーリーの中心にある幹に転換点が訪れた。そして映画作品においても、原作のストーリーや設定と深く関わる要素が強化されるようになった。

 長年にわたり人気を博してきた漫画作品の映画化においては、従来、原作の進行に影響を与えないようパラレルワールド的な設定で製作されることが多かった。代表例は連載期間中に公開された『ドラゴンボール』映画シリーズである。名探偵コナンの映画作品も、初期は原作との関連性を最小限に抑え、ほぼパラレルワールドと呼べる扱いであった。しかし2018年前後を境に、原作の内容やスポットライトを浴びているキャラクターと映画との関係性が強化されていった。

 この原作連動の強化は、単に連載の内容やタイミングが合致しただけでなく、マーケティング上の狙いも存在していたと考えられる。

●「黒ずくめの組織」が起爆剤に?

 過去の興行収入推移を見ると、2009年、2016年、そして2023年が大きな転換点となっている。2009年は長らく続いた停滞期を脱し、30億円台の興収を安定的に確保するきっかけとなった。2016年には前年比約1.5倍の50億円を初めて超え、さらに2023年には驚異的な100億円を突破する記録的な興行収入を残した。

 これら3作品に共通しているのは、シリーズの中心となる「黒ずくめの組織」をストーリーの核心に据えていた点である。製作陣は、原作の幹となるストーリーラインと映画作品を密接に関連付けることで、ファンの期待に呼応し、興行収入の向上につながると見越していたのだろう。

 実際、2023年公開の『名探偵コナン 黒鉄の魚影(サブマリン)』では、「黒ずくめの組織」に加え、人気キャラクターの灰原哀にもスポットライトを当てるなど、複数の要因が相乗効果を生み、興行収入100億円の大台を超えるに至った。

●「スターシステム」をフル活用

 なお、2024年作品でも人気キャラクターの「怪盗キッド」にスポットを当て数字を獲得する一方、原作未公開である、主人公の出自に関する新設定を映画内で公開するなど、これまでにやっていなかった挑戦を行っている。

 これは作者・青山剛昌氏や小学館による、怪盗キッドが主役の連載『まじっく快斗』とあわせた戦略的な取り組みであろう。つまり、『名探偵コナン』に留まらず、スターシステム(マンガの登場人物をさながら映画俳優のように扱うシステム)を最大限活用した「青山剛昌ワールド」の構築が企図されていると考えられるのである。

 『名探偵コナン』の人気上昇と映画の興行収入向上には、明確な理由と戦略があり、その手法は再現性が高い。今後も同程度の業績を維持すると考えられる。さらに、作者の別作品『YAIBA』が今後アニメ化されることでスターシステムが強化され、「青山剛昌ワールド」が更に発展する可能性もある(事実、YAIBAのキャラクターが今年の映画にも出演している)。こうしたことから、『名探偵コナン』は今後も日本の漫画・アニメ・映画市場で息の長いコンテンツとして業界を牽引(けんいん)するだろう。

●著者プロフィール:滑 健作(なめら けんさく) 

 株式会社野村総合研究所にて情報通信産業・サービス産業・コンテンツ産業を対象とした事業戦略・マーケティング戦略立案および実行支援に従事。

 またプロスポーツ・漫画・アニメ・ゲーム・映画など各種エンタテイメント産業に関する講演実績を持つ。