「アレのせいで、ドコモや総務省との交渉が一切ストップしてしまった」

 と、ぼやくのはMVNO関係者だ。「アレ」とは文春砲のことであり、NTTと総務省による接待報道によって、関係者たちが打ち合わせをできずに困っている状態に追い込まれているのだ。

 実際、OCN モバイル ONEの新料金プラン発表も本来であれば3月12日にオンラインで開催されるはずが、諸般の事情により延期。最終的にはリリースだけが配信されるだけとなった。業界内では「文春砲の影響か」と見る人が多い。

 接待報道で最も衝撃的だったのが、谷脇康彦総務審議官の辞職だ。谷脇氏といえば、日本の通信行政を代表する「顔」のような存在であった。

●2007年の「モバイルビジネス研究会」でも今と同じ議論

 今から14年前の2007年に、総務省では「モバイルビジネス研究会」と称した有識者会議が頻繁に開催されていた。

 それまで、日本の携帯電話市場では、ケータイが1円や0円で売られているのが当たり前だった。何万円もするケータイを0円や1円でばらまき、高額な通話料や通信料で回収していくというのがキャリアのビジネスモデルであった。

 当時から、モバイルビジネス研究会は、このキャリアが回線と端末、サービスを一体化した垂直統合モデルを問題視。端末販売と通信サービスの分離を訴えてきた。

 ユーザーがキャリアを乗り換えしやすいようにと、番号ポータビリティ制度を導入したり、SIMロック解除を議論したりと尽力してきたのが、当時、総務省で事業政策課課長を務めていた谷脇康彦氏だったのだ。

 当時の記事を読み返してみると、通信業界の問題点として「料金プランが分かりにくい」という指摘が挙がっている。この指摘は今も変わらない。

 つまり、13年以上、総務省ではさまざまな有識者会議を開き、通信業界にメスを入れてきたはずだが、実際は何一つ変わっていないということなのだろう。

●官製不況が起こる中、ソフトバンクが賢く立ち回る

 筆者は通信業界を取材して20年以上になるが、総務省が考える政策や規制は後手に回っていることが多い。進化のスピードが恐ろしく速いのが通信業界の特徴であり、総務省は通信業界の変化に全く追い付けていない。

 例えば、2008年当時、総務省は「通信料金と端末代金を分離しろ」と言い始めた。そこで、NTTドコモが「バリューコース」と「ベーシックコース」、KDDIが「フルサポートコース」と「シンプルコース」という名称で端末を売るようになった。

 これまで0円や1円で買えたスマホが何万円も出さなければ買えなくなってしまった。これによって端末販売台数は一気に落ち込み、市場から撤退するケータイメーカーも現れた。

 これが世に言う「谷脇不況」というやつだ。この不況によって、日本のケータイメーカーが疲弊していく中、賢く立ち回ったのがソフトバンクだ。当時、iPhoneを販売する際、「割賦方式」を導入。端末代金を24回の分割で払わせる一方、毎月、割引を適用させていく。これにより、ユーザーは月々の負担額が少なく、割賦によって縛られ、他社に移行しにくくなる。

 iPhoneを実質0円で売ることに成功し、iPhone欲しさにNTTドコモやKDDIからソフトバンクに移行するユーザーが爆発的に増えた。さらにソフトバンクはこの割賦債権を流動化し、新たに資金調達にも成功。NTTドコモやKDDIも割賦販売に追随することとなる。

●SIMロック解除もMNPも顧客の流動性にはつながらず

 総務省としては通信料金と端末代金を分離することで、これまで端末の割引に使っていた原資を通信の値下げに回すべきとしていた。さらにSIMロックを解除し、MNPを導入することで顧客の流動性を高め、値下げ競争につなげようとしていた。

 しかし、SIMロック解除もMNPも導入されたものの、中途半端な仕様となっており、流動性につながることはなかった。むしろ、iPhoneが安価にお試し的に買えるとあって、端末割引を歓迎する人の方が圧倒的に多かった。KDDIの田中孝司社長(当時)が「気持ちいいキャッシュバック」という名言を残したように、端末割引によって、スマートフォンは一気に普及したのだった。

 現在、日本は世界において5Gで大きな後れを取っている。中国では既に5G契約者数は3億を突破した。日本ではNTTドコモが250万をようやく超えたところだ。

 米国のキャリアは5G対応のiPhone 12が出たことで、端末割引を強化した。韓国も5Gスマホの割引に積極的だ。なぜか日本には「端末割引は2万円まで」という規制がある。Beyond5Gや6Gに向けて世界に追い付くと豪語するつもりなら、5Gスマホの普及にも注力すべきではないか。世界に追い付きたいのなら、今すぐ規制を見直すべきだ。

●根拠の乏しい「端末値引き2万円まで」と「解約金1000円まで」

 端末割引は2万円までという規制は、2019年10月に改正された電気通信事業法で決まったものだが、この改正法では契約解除料を1000円までとする規制も設けられた。これにより、キャリアを解約しやすくなり、流動性が高まるかと期待された。

 しかし、この1000円という金額に決まった経緯が何ともお粗末だった。総務省では有識者会議でこの金額を決めたわけではなく、ネットによるアンケートによって、「1000円ならいいかも」という結論でこの金額に落ち着いた。端末割引も、NTTドコモは3万円までならなんとかなるといっていたにもかかわらず、総務省が「もうひと踏ん張り」として2万円に落ち着いたのだった。

 2021年になって、MNP手数料なども無料化されることになったが、これも武田良太総務大臣が「メインブランドからサブブランドに移行するのに1万5000円も取るなんてけしからん」と激高したら、キャリアは慌てて、メインからサブへの移行へのハードルを撤廃したという事情がある。

●料金値下げはドコモの完全子会社化との交換条件だった?

 2021年3月、NTTドコモ、KDDI、ソフトバンクが相次いでオンライン専用プランをスタートさせ、ようやく日本でも値下げを実感できる料金プランが出そろった。

 しかし、これが「総務省の政策による成果」なのかと言われれば、かなり疑問と言わざるを得ない。

 総務省幹部とNTTとの会食は、2018年に菅官房長官(当時)が「4割値下げできる余地がある」と言い始め、NTTで澤田純社長体制となり、総務省で谷脇氏が通信を見る立場に戻ってきた時期と重なる。2020年の会食は、NTTがNTTドコモを完全子会社化しつつ、ahamoを導入しようとしていたタイミングと符合する。

 これまでの総務省は巨大なNTTグループを分離していくなど、競合他社との公正競争に注力していたはずだが、全く逆の動きをすんなりと認めた。業界内では「会食で値下げを実現したい総務省と、グループを一体化したいNTTという両者の思惑が一致したのではないか」と見る人が多い。

 料金値下げ競争が、実はNTTドコモの完全子会社化との交換条件であったとしたら、まさに通信行政はゆがめられていることになる。

 解除料の引き下げ、MNP手数料の無料化、料金値下げなど、議論などをすっとばして、一部の人たちの会食やアンケート、会見でのどう喝だけで決められていいのか。本来の総務省として果たすべき役割を放棄しているのではないか。もしかしたら、総務省としては、これ以上正当なやり方で議論をしても料金値下げにはつながらないと諦め、白旗を揚げてしまったのか。

 もはや有識者会議で通信行政を議論していくこと自体、限界が来ているのだろう。業界のスピード、変化に総務省と有識者が追い付けていないのだから無理もない。

●総務省の在り方自体を議論していくべき

 通信行政のトップであった谷脇氏が辞任に追い込まれたことで「この先、日本の通信業界はどうなるのか」という心配の声が、業界内外から聞かれる。しかし、通信業界関係者は「谷脇さんの下で働いていた人たちが異動するのはあと1年半ほどありそう。彼らが担当している間は特に混乱はないのではないか」と冷静だ。

 ただ「谷脇さんはどちらかといえば、調整役のような存在だったのではないか。総務省の方針は、文書を読むと、いかようにも読めるような行間となっている。そんな中、対立する業界関係者をうまいこと持っていくのが谷脇さんの立場だった。この先、総務省の文書通りに事は運ぶだろうが、空気が読みづらくなるかもしれない」と不安視する。

 ただ、恐らく総務省の中でも谷脇氏に代わる若い優秀な人材がいるはずだ。これまで、総務省の若手官僚は谷脇氏に遠慮して、間違った政策を軌道修正することができなかったのではないか。

 業界関係者は「お役所は前任者が異動したからといって、前任者に対して気を遣い、間違っていたと分かっていても方針や政策を変えるようなことはできない」と語る。しかし、総務省に谷脇氏はもういない。

 これまで総務省がやってきたことは、本当に日本の通信業界にとって正しいことだったのか。5Gにおいて、米国、韓国、中国に大きく後れを取ったのは総務省にもその責任はないのか。

 これから通信行政を担当する人にはぜひとも、この13年、14年間の政策をイチから見直し、愚策は撤廃する方向でかじを切ってもらいたい。

 通信行政が正常化するためには、米国のFCCのように通信や放送行政を担う、独立した組織が必要なのではないか。

 今回の接待報道で総務省の信用は地に落ちた。日本の通信業界が再び世界をリードできるように、総務省の在り方自体をきちんと議論していくべきだろう。