「iPhoneにタイヤをつけたようなクルマ」と表現されるTesla。この連載では、デジタルガジェットとして、そしてときには、ファミリーカーとしての視点で、この未来からやってきたクルマをレポートします。
2022年11月末、Model 3で横浜から長崎の往復3000kmの旅をしてきました。前後編の2回に分けてModel 3での長旅の様子をお届けします。ガス欠ならぬ電欠の心配、公共の急速充電インフラの課題、Teslaの魅力を再認識したことなど、この長旅でたくさんの経験や新たな発見をし、さまざまな知見を得ることができました。
旅の大まかな行程はこうです。横浜の自宅を出発し岡山で一泊した後、長崎に入ります。長崎のTesla専用充電器が設置してあるホテルに4連泊し、復路は岡山で一泊して横浜に帰るという6泊7日の旅です。
隠れキリシタンゆかりの地を巡ることが旅の最大の目的です。中学生のときに初読して以来、これまで幾度も読み返している、隠れキリシタンをテーマにした遠藤周作の『沈黙』の舞台を時間をかけて巡りたいという、かねての夢をかなえることができました。
●EV旅の現実に直面
EVでの長旅となると多くの人が気にするのは、満充電からの航続距離と経路途中での充電だと思います。実際、「Model 3で長崎まで行った」と友人知人に話すと、皆、驚くと同時に口をそろえて「充電は?」と心配してくれました。本稿では、皆さんが気にする充電関係の話題を中心にお伝えします。
実際、今回の3000kmの旅では、バッテリー残5%まで追い込まれ助手席の家人をやきもきさせたり、公共の急速充電インフラの貧弱さに落胆したり、あるいは、充電予定だった訪問先の充電器が故障で慌てるといった経験をしました。
2021年9月に納車されてから1年余、各種条件下における愛車の電費やエネルギー消費の傾向のようなものがある程度身体に染みついたこともあり、経験と勘を総動員しながら、事前に旅の予定に沿った充電計画を立案し出発に備えたわけですが、前述のような予定外の事象に遭遇するなど、EVでの長旅の現実を知るところとなりました。
以前、本連載では「Teslaロングドライブ、横浜から岡山まで1400km 残り5%予測ギリギリ旅の乗り切り方」 をご紹介しました。その際、「充電計画なんて面倒だ」「ハイブリッド車は満タンで1000km近く走れるのに、何でEVなの」といったご意見をいただきました。
実際、筆者自身、前々車のシトロエン、前車のメルセデス・ベンツでは、横浜から岡山まで余裕で無給油走破を経験しているので、そのようなご意見は最もだと思います。欧州車の高速燃費は抜群に優れていますからね。
基本的にエネルギー補給に腐心する必要のないガソリン車やハイブリッド車に比べると、EVでの長旅は、不便であることは否めません。その一方で、充電のために高速道路を途中下車したからこそ得られた予定外のうれしい体験もありました。
ちなみに頂戴したご意見の中に「旅の目的が充電になってる(笑)」といったものもありました。しかし、そのようなことは一切ありません。前述のようにEVというと、充電周りへの関心が高いことで、話の比重が大きくなることから、そういった印象になるのでしょう。では、KKD(勘と経験と度胸)で乗り切った3000kmの旅にお付き合いください。
●120km/hで飛ばしていたら電費が急速に悪化
初日は、午前2時30分に横浜の自宅を充電量99%で岡山に向けて出発しました。100%でないのは、出発約10分前に、アプリからエアコンやシートヒーターをオンにしたためです。目指すは、420km先にあるTesla専用充電施設の大津スーパーチャージャーです。Model 3のエネルギー予測は、バッテリー24%残で到着とあります。
東名→新東名→新名神の各高速道路を約90km/h平均での走行です。静岡県の制限速度120km/h区間では制限いっぱいで巡航する場面もありましたが、おおむね90〜100km/hで走行していました。運転支援のオートパイロットは常にオンでした。
途中、浜松SA、岡崎SA、甲南パーキングエリア(PA)で十分に休憩をとりつつ、大津スーパーチャージャーに到着したのは午前9時過ぎでした。60代も半ばを過ぎると、無理な運転はしたくありません。というかできません。
結果的に、出発時の予想を大きく下回り10%残での到着でした。グラフを子細に見ると、東名高速の御殿場前後の上り下りで実測値(緑のライン)が、大きく下ぶれています。特に、スタートから距離にして100km付近の下り区間を含む部分の予測(グレーのグラフが上向いている部分)で十分な回生電力が得られていません。
ここは、120km/h制限区間が始まったところなので、気持ちよく120km/hで連続走行したことがその要因でしょう。Model 3は、90〜100km/hを超えると急速に電費が悪化します。
走行距離が伸びるに従い、実測グラフが徐々に予測と乖離していくのを目の当たりにして、このままでは無充電で大津まで到達できないのでは、と不安になり、前述した通り90km/h巡航に修正しました。以後は、実測グラフの凸凹がほぼ予測通りになっていると思います。
Model 3のエネルギー消費予測は、22年夏のアップデートで、高低差等に加え、気温、風速、乗車人員等の加重、タイヤ空気圧など複数のパラメーターを考慮するように変更になったと記憶しています。これは、筆者の経験則としての話ですが、アップデート後、下り行程での回生電力の予測が下ぶれするようになりました。以前は、もっと正確だったはずです。アップデートで改悪されたような気がします。
●大和朝廷が築いた山城で古代の息吹を感じる
大津スーパーチャージャーでは、97%まで充電しました。岡山までは、60%も充電すれば余裕で到達できたのですが、翌日の行程を考慮して満充電近くまで粘りました。その夜は、宿の出力の弱い200Vの普通充電を利用することになるので、翌早朝の出発時間までに満充電は無理です。そのため、ここ大津でなるべく多くの電力をバッテリーに蓄え、翌日の九州までの行程を無充電で走破したかったことがその理由です。
200Vの普通充電では、1時間で約20km分しか充電できません。そうなると、仮に宿に滞在中、10時間充電しても200km分です。計画では、大津充電での余裕分と合わせて、宿の普通充電で90%(約450km分)まで回復する予定です。翌朝、429km先の福岡スーパーチャージャーに到達するために、大津でなるべく多く充電したかったわけです。
宿のある岡山の備中高松に早めに到着したので、大和朝廷が国の防衛のために築いたとされる古代山城「鬼ノ城」を観光しました。歴史書には登場しない謎多き山城ですが、遠くに瀬戸内海に島々を一望できるその眺望の素晴らしさに息をのみました。防御の拠点としては、最高の場所だったのでしょう。
一夜明け、翌朝3時30分に九州に向けて出発します。就寝中バッテリーは93%まで回復していました。200V普通充電は、遅いながらも常時約3kWをキープして確実に充電可能なので計算に狂いが生じません。
目指すは、429km先の福岡スーパーチャージャーです。予測グラフでは15%残で到着とあります。途中、宮島SAで休憩、壇ノ浦PAでゆったりと朝食を取り、須恵スマートICを出たところにある福岡スーパーチャージャーには、バッテリー残5%で午前10時過ぎに到着しました。
出発時の予測より10%ほど下ぶれしています。残り7〜8%程度になった頃から助手席の妻が「大丈夫なのか?」と心配し始めます。運転している筆者はというと、バッテリー残よりも、ミスして須恵スマートICを通り過ぎてしまうことが心配でドキドキしました。
もし、通り過ぎてしまうと、その先の太宰府ICで折り返す必要があります。距離にして約16kmです。計算上は約25km走れるので電欠の心配はありませんが、薄氷運転であることは間違いありません。
●ガソリン車時代の「満タン主義を捨てろ」
2日目の最終目的地である、ホテルニュー長崎へたどり着くためには、50%も充電すれば十分です。ホテルニュー長崎には、Teslaが設置したディスティネーションチャージャーがあり予約してあります。これは9〜10kWの充電能力を有しており、一晩でModel 3を満充電することができます。
長崎までたどり着けるだけの電力量を調達したら、さっさと充電を切り上げて出発すればよかったのですが、隣接するホームセンターのコメリの店内をゆっくりと散策してModel 3に戻った時点で84%まで充電されてしまいました。
「しまいました」と表現するのには理由があります。1年以上のEV生活で覚えた鉄則があります。それは、ガソリン車時代の「満タン主義を捨てろ」ということです。前車でガソリンを入れるときは、常に満タン指定でした。しかし、Model 3をスーパーチャージャーで急速充電する場合、常に満充電すれば良いわけではない、ということを学びました。
スーパーチャージャーは時間課金制です。次のグラフは、大津スーパーチャージャーのものです。ご覧いただくと分かるように、充電開始時は、174kWと高出力だったものが100%に近づくほど、右肩下がりで出力低下しています。
つまり、時間課金制なので、同じ料金を支払っても充電量が回復するに従い、バッテリーに入る電力量が少なくなるという現象が発生します。Teslaの場合、1分単位の時間課金制でkWの充電スピードに応じて4段階の料金が設定されています。
例えば、101 kW〜180 kWの範囲では、今回、1分あたり単価77円が請求されていますが、この範囲の上端下端でとでは出力が79kWも異なっています。同じ単価を請求されるのです。おまけに、100%に近づくほど低出力に拍車が掛かります。そこで、無駄に満充電を目指すのではなく、以後の走行に必要な量だけ充電したら、そこでストップするのが、エネルギーコストを節約するコツでもあるのです。
分単位で4段階出力料金のスーパーチャージャーはまだ良心的です。CHAdeMOという公共の充電施設で、「ZEPS3」という日産が提供する充電カードを利用すると、500円/10分という区切りとなり、出力が50kWでも10kW出力でも、充電を開始したとたん500円が課金されます(シンプルプランの場合)。
本来であれば、家庭向けの電気料金のように、従量課金制が望ましいのでしょうが、運用コストやビジネスモデルの関係で時間課金制での運用となっているようです。日本の場合、電気を従量制で売電する場合、計量法やその他電力関係のルールに則る必要があるため、事は単純に運ばないようです。
●高速道路を途中退出しないと気づかない体験も
スーパーチャージャーでの充電を終えてふとナビ画面を見ると、太宰府天満宮まで30分程度の距離にいることがわかり、急遽予定を変更して、この「学問・至誠・厄除けの神様」を詣でることにしました。須恵スマートICで充電のために途中退出したからこその収穫です。
太宰府天満宮詣でを満喫した勢いで、さらに寄り道することにしました。高速道路で一気に長崎を目指すのではなく、有明海を望む海岸線のルートを使って長崎に向かいます。道の駅太良の観光案内で横浜からUターン就職した人と話し込んだり、観光スポットとなっているフルーツバス停で写真を撮るなどしながら、有明海の車窓を堪能しながら長崎に向かいました。
長崎の宿であるホテルニュー長崎には、午後5時過ぎにバッテリー残量50%で到着しました。このホテルの駐車場には、Teslaのディスティネーションチャージャーが設置されており500円/日で利用可能です。4泊するので1500円/日の駐車料金と合わせると、8000円と結構なお値段になりますが、夜のうちに充電が完了している利便性には代えがたいものがあります。
翌日から3日間このホテルを起点に、軍艦島ツアー、長崎観光、そして、平戸や外海地区を目差し、今回のメインテーマである潜伏キリシタンゆかりの地巡りを実施します。続きは後編で。本稿の最後に往路における走行データを表にして掲載しておきます。
著者プロフィール
●山崎潤一郎
音楽制作業の傍らライターとしても活動。クラシックジャンルを中心に、多数のアルバム制作に携わる。Pure Sound Dogレコード主宰。ライターとしては、講談社、KADOKAWA、ソフトバンククリエイティブなどから多数の著書を上梓している。また、鍵盤楽器アプリ「Super Manetron」「Pocket Organ C3B3」「Alina String Ensemble」などの開発者。音楽趣味はプログレ。Twitter ID: @yamasakiTesla