日本科学未来舘(東京都江東区)では、9月13日から3階の総合案内前スペースで「コトバにならないプロのワザ〜生成AIに再現できる?」を開催している。この展示、来場者の生成AIへの接し方で観覧ルートを選ばせるというユニークな手法を採用していて、それが秀逸なのだ。
今回の展示は、研究開発の「いま」を見せるシリーズ企画「Mirai can NOW」の第5弾となる企画展示として無料で公開しているもの。入場は無料で、期間は11月13日まで(記事末に開催概要あり)。
●パネルの質問にイエス/ノーでルート決定
展示は大きく2つのテーマに分かれている。1つは、詩人の谷川俊太郎さん、お笑いコンビ「スピードワゴン」の小沢一敬さん、子育て経験を基にした著書のある大場美鈴さんという3人の言葉のプロたちが、詩や漫才、子どもにかける言葉を生成AI(ここではChat GPTを使用)に再現してもらい、その過程で自分たちはどういう形でそれらを作り上げているのか、その暗黙知の部分を改めて考えてみるという動画の公開。もう1つは、生成AIが社会にどういうインパクトを与え、その普及によって「人間の知能、知性、創造性とは何か」が改めて問われている現状を、分かりやすくパネルにまとめたものだ。
面白いのは、この2つがそれぞれ3枚ずつのパネルにまとめられ、観覧者は入り口すぐにあるパネルの質問にイエス/ノーで答える仕掛けが用意されていること。ここで、観覧者はプロの技とAIについての動画から見るか、パネル展示から見るかを指示されることになる。これが、良くできていて、その意図は展示を見終わると分かる仕掛けになっているのだ。
解説してくれたのは、今回の展示の企画を担当した日本科学未来舘科学コミュニケーション室科学コミュニケーターの佐久間紘樹さん。「まず、会場に入る前のゲートの左右の柱に、今回の展示の概要と目的についての説明が書かれています。左の柱には古典的なAIから生成AIへの技術の進歩について、右の柱にはAIを何に使うかを分類した図が用意されていて、『生成AIにコトバのプロの技を再現させる試み』の意義や目的を、AIをよく知らない方にも理解してもらおうと考えました」。
AI利用に関して、答が比較的明確にある作業と、答が曖昧(あいまい)で最適解が変わるような作業の違いを入り口で理解してもらった上で、観覧者は、イエス/ノーのパネルの前に立つことになる。
「今回、展示の回り方のパターンを設定しています。おおまかに言うと、AIに対してちょっと心配が勝る人と、ポジティブにAIを使っていきたい人で、右回りと左回りに分かれて展示を見てもらおうと考えました。そうやって、一度ぐるっと一周回ってご覧頂いたあと、AIに対しての自分の感じ方がどうなったか──そういうものを、一緒に来た方やスタッフと話ながら振り返ってもらえるような展示にしたいと思ったんです。展示を見た後で、自分の考え方が揺らいで、そこから一歩踏み出してもらえるようなことが起こったらうれしいなと思って考えた仕掛けです」(佐久間さん)
筆者は、AIとは仲良く遊びたいと思っているので、右側から左回りで見ることになる。最初のパネルは、『発達障害&グレーゾーン子育てから生まれた 楽々かあさんの伝わる! 声かけ変換』などの著書もある、うちの子専門家の大場美鈴さんが、AIに悩んでいる子どもへ、どういう声を掛けたら良いかについて聞いた過程の映像と、編集ではカットになったものの興味深いやりとりを表示したパネル。
映像は約2時間程度のインタビューを3分ほどに編集したものだが、それだけに内容が凝縮されていて見飽きない。
「大場さんは、ご自身が発達障害やグレーゾーンのお子さんを育てられてきた中で、どういうふうな言葉で伝えると、お互いがしんどくなくやっていけるのか、それを『声かけ変換』という形である種のマニュアル的な施策を提案されています。その一方で、それで済めばOKとは思ってほしくないということも仰っている方で、そういった方から発せられる言葉は、今回の企画と親和性が高いのではないかと思って、お声掛けしました」と佐久間さん。
実際、映像でも、チャットGPTとの対話の中で、AIの答えが杓子定規過ぎるという感想を持ちつつ、質問→答えで終わらず、そこから更に話を展開させられる、対話ができることに可能性を見出している。その過程がとても面白い。
2番目のパネルは、スピードワゴンの小沢一敬さんが、AIと漫才をしようと試みる映像。「小沢さんはNHKで言葉を扱う番組のMCをされていたりもしますが、それ以上に、やっぱり言語センスが優れている方だなと思うんです。小沢さんらしいフレーズというのがすごく明確に世間一般に認知されている方ですし、それが人を笑わせる、面白がらせるというところにつながる暗黙知みたいなものを、小沢さんなら言語化してくれるんじゃないかと期待しました。どこまで深く考えられているのか、ミステリアスなところも魅力ですよね」と佐久間さんは、小沢さんを選んだ理由を話してくれた。
これはもう、実際に見てもらう方がいいのだけど、甘い言葉をすごいスピードでいくつも出してくることを評価しつつ、その内容に的確な評価をし、AIに「失恋」というワードの言い換えをさせながら「からの?」「と言いつつ?」などと突っ込みを入れて、そのやり取りそのものを「漫才」と評するなど、しっかりと面白がる。その上で、漫才の可能性に対して、やや悲観的な結論も提示する。
「小沢さんのインタビューは面白くて、動画からこぼれ落ちているものも沢山あります。立った状態で見てもらう動画なので、3〜4分くらいにしないと見てもらいにくいんです。ですから、テキスト化したパネルも是非読んでもらいたいですね。カットした分も、せっかくのコンテンツなので、どうにかしたいとは思っています」と佐久間さん。確かに、展示の中のコンテンツとして見るなら、4分くらいが適当だし、その長さだからこその凝縮感も悪くないと感じた。
3つ目のパネルは、詩人の谷川俊太郎さんによる、AIに詩を作ってもらおうという試みの映像。「谷川さんは、詩という表現の中にあるポエジー(詩の持っている情趣、詩情)について、ずっとライフワークとして考えられている方だと、私はそんな風に想像していて、ポエジーをAIは見出せるのか、言葉にポエジーを埋め込めるようになるのか、というところで、色々、お話をうかがいました。谷川さんも、ChatGPT登場前の、あるタスクに特化したようなタイプのAIは既にご存知で、自分の詩をたくさん学習させるとどうなるかとか、そういうところも興味を持たれていました」と佐久間さん。
映像では、ノンセンスを谷川さん自身はどう考えているのか、AIはノンセンスをどう受け取るのかという部分を中心に、AIが作る詩を谷川さんが批評していく。「初心者が読むと、こういう(AIが作った)ものも詩なんだなと思うかも知れませんね」という言葉が重い。
「この展示を通して、ChatGPTと自分とのあいだのズレから、改めて自分を発見してもらえるとうれしいと思います。AIは答えを返してくれないと切って捨てるのはもったいないと思うんです。もっと可能性があると思うし、小沢さんの映像でも言ってますけど、案外、ぐっと突っ込んでいくと、だんだん面白くなっていくんですよね」と佐久間さん。
●生成AIに否定的な人が逆の順番で見ると?
ここからは裏側というか、AIと社会の関係と現状について解説するようなパネル展示になる。まずは、「生成AIのインパクトはどこから来たのか」が解説される。
「研究開発がかなり加速したこと、それが爆発的な広まりを見せたというようなことは、皆さん、ニュースとかでも聞かれたことあると思うので、その裏にどういう研究があって、どういう技術的な進展があって、発見があったのかという、この2つのインパクトそれぞれ、支えている出来事みたいなものをストーリーラインで紹介しています」。この中では、一般的に使用されるようになるために必要だった“炎上リスク”の回避などにもきちんと言及している。技術的なブレイクスルーだけではなく、社会のつながりの中でのAIの普及という部分も並列に論じられているのが、この展示の面白さだ。
パネルは「生成AIは人間と異なる知能か?」と題された、生成AIにおける思考の方法の解説、「生成AIは人の創作を変えるか?」というタイトルのパネルでは、プロンプトと、それによって作られた詩を複数並べて、どれなら詩に見えるかを問いかけ、「生成AI時代に、人はなにを信じるのか?」という問題を提起して展示は終わる。
しかし、これは元々AIに肯定的な筆者が選んだ回り方で見た構成。否定的な観覧者は、これを逆順で見ることになる。
つまり「生成AI時代に、人は何を信じるのか?」という問題提起から始まり、AIと人の創作や思考の違いの解説を経て、「生成AIのインパクトはどこから来たのか」というAIが社会に何をもたらし、その技術はどういうものかが示されるわけだ。
そして、それらの基礎知識を得た上で、谷川俊太郎さんとAIの詩作、小沢一敬さんとAIの漫才、大場美鈴とAIの子育てに関する対話といった、AIを通して人の暗黙知を探る映像や展示を見て終わる。その過程で、AIに対する考えや付き合い方を改めて見直し、さらに、人間や自分の思考とは何かへと考えを進めてほしいというのが、もう一方の見方になる。「一所懸命、パネルの並びを考えました」と佐久間さんが言うのもよく分かる見事な展示方法だ。
「AIは人間と同じようなことをしているように見えるけれど、本当にその能力とか知能みたいなものがちゃんと生み出されているのか、獲得されたのかっていう判断は結構まだ難しいんじゃないかな、という思いがあって、このパネルを作りました。自然言語が処理できちゃうので、人間向けの心理学のいろんなテストとか、子ども用の知能を測るものとかもAIができるようになっています。相手の心の中を想像する能力を測るテストも9割以上正解で小学生くらいの結果は出せちゃう。でも、それをもって生成AIが人間の心というものをちゃんと分かっていると言っていいのかどうか。そう言いたくなる気持ちも分かるんですけど、心を言語化した時点でそれはすでに論理だとい考えもありますから」と佐久間さん。
こういうモヤモヤについて考える機会を、AIに対するスタンスが違う人たちに少ないバイアスで見てもらおうという展示として、この企画は、ほんとうに良くできていると思った。
しかも、何も書かれていないように見える柱も近づいて見ると、薄い文字で何かが印刷されている。
「小沢さんが漫才をChatGPTに作らせた時のプロンプトと、その返答なんかがびっしりと印刷されています。動画に出演頂いた方々には、たくさんお話し頂いたし、せっかくならプロンプトも見せないともったいないと思ったんです。ChatGPTをあまり使ったことない人にも、どういうやりとりになるのか、見て想像いただけるといいなと。でも、ただでさえ文字が多い展示だし、文字の圧迫感は減らしたかったので、印刷を薄くしました」と佐久間さんは言うのだが、しかし、これは言われないと気がつかない。ほとんど隠しキャラだ。とは思うものの、こういう茶目っ気も、この展示の魅力だと思う。
「隠しプロンプトもそうですけど、今回の展示はグラフィックもすごく気に入っています。ポジティブな赤と、ネガティブな青がグラデーションになって、真ん中で淡くなっていくという感じでデザインの方にお願いしたんです。それが、自分とは違う考え方の人にも、自分がにじみ出していくような、一周回るとまたちょっと最初の色とは違う自分になっているような感じをグラフィックですごくうまく表現してくれたなと思って、プロって凄いなと思いました」と佐久間さん。
地味な展示と思われるかもしれないが、こんな風に、内容から構成、グラフィックまでとても練られた展示になっている。AIについて十分詳しいという人でも、何も知らないという人でも楽しめて、AIというよりも自分の思考を振り返る機会になると思うので、立ち寄る価値は十分にある。とりあえず、3人の動画コンテンツだけでも、今、見ておくと良いと思うのだ。
●「コトバにならないプロのワザ〜生成AIに再現できる?」概要
会場:日本科学未来館 3階 総合案内前スペース
開催期間:2023年9月13日〜11月13日
開館時間:午前10時〜午後5時時
休館日:毎週火曜日
入場料:無料(入館料も不要)
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