Appleから発表された紛失防止タグの「AirTag」。よく持ち歩く大事なものに取り付けておくと、紛失した時にiPhoneを使って探すことができるようになる。

 とはいうものの、実際はどのようにふるまったり活用されたりするのか。いくつかの想定シナリオを用意するでイメージしながら読み進めてほしい。

・M1チップと新色で“時代の変化”を感じさせたApple新製品発表会を振り返る

・AppleがFind My対応の紛失防止タグ「AirTag」を4月30日発売 1個29ドル(日本では3800円)から

シナリオ1――サウンドで発見

 やっとカフェで落ち着いた。そこで、ふと気がつく。手に持っているのはコートだけだ。バッグが見当たらない。どこだろう? あわててiPhoneを取り出し、Siriに聞く。

「バッグはどこ?」

 Siriが「バッグは近くにあるようです」と応えると同時に、イスの下から澄んだ美しい高音のメロディーが聞こえてくる。どうやら、イスの下に入れたのを忘れて腰掛けていたようだ……。

シナリオ2――探すアプリを使って自力で発見

 やっとカフェで落ち着いた。ふと、気がつく。手に持っているのはコートだけだ。バッグが見当たらない。どこだろう? あわててiPhoneを取り出し、Siriに聞く。

「バッグはどこ?」

 Siriは近くにあるというけれど、音が聞こえない。iPhoneで「探す」アプリを起動して、「探す」というボタンを押す。「接続されました」の後に「電波が弱いです。近くを移動してみてください」と表示される。

 右に左に移動していると、そのうち「見つかりました」と表示され、緑色の画面に矢印が表示される。指示通り矢印の方向に8m進んだ。今度は矢印が右を指したので、そちらに移動する。「なんだトイレじゃないか」トイレのドアを開けると、洗面台の横にカバンが置きっぱなしだった……。

シナリオ3――探すアプリを使って発見

 Siriに聞く。

 「バッグはどこ?」

 「現在、バッグと通信ができなくなっています。つい先ほど確認されていて、明治通り沿いにありました」とSiriが応える。明治通り沿い?

 「さっき訪れた取引先か!」

 電話をかけてみたところ、バッグは取引先の受付に預けられていたようだ……。

シナリオ4――探すアプリを使って見つけてもらう

 Siriが伝える。「バッグが最後に確認されたのは20分前で渋谷区富ヶ谷2丁目22から28の付近です」

 先ほど、タクシーで通った辺りだ。一応、住所の場所に行ってみるも、当然、バッグは見当たらない。タクシーを降りた後に寄った場所を一通りのぞいてみたけれど、どこにも見当たらない。いったん、自力で探すのはあきらめて「探す」アプリでバッグの「紛失モード」を有効にして、家に帰る。すると、自宅に向かおうとホームで電車を待っているとiPhoneにうれしい通知が表示された。

 「バッグが見つかりました」

 地図が表示されるものの「渋谷区渋谷3丁目? そんなところには行っていないけれどなぁ……」。地図を拡大してみると「渋谷警察署」だった。

 警察署にバッグを取りに行くと「さっき届いたばかりですよ。どうしてこんなに早く分かったんですか?」と驚かれた。

シナリオ5――紛失モードで見つけてもらう

 カバンがどこにも見当たらない。自力で探すのはあきらめて「紛失モード」に設定した。

 翌日、見知らぬ人から電話がかかってきた。「つい先ほど、近くの生け垣にカバンが落ちているのを見かけたのですが、カバンにニュース記事で見たことがあるAirTagがついていました。試しにニュースで見た通りに私のAndroid端末を近づけたら、このAirTagについてというWebページに、電話番号が表示されたのでかけてみました」という。会う約束を取り付け、地元のお気に入りのお菓子を買ってバッグを受け取りに行った。

 紛失防止タグのAirTagだが、買ったのはいいが、できるだけ活躍してくれない方がうれしいという特殊な製品だ。しかし、大事なものの紛失という、日々繰り返されるアクシデントに対して実にスマートな解決策を提供してくれる。

 まるで白い碁石のような本体には、スイッチもボタンも一切ない。パッケージから取り出したら、内蔵しているコイン電池(CR2032)を絶縁しているフィルムを引き出すことでスイッチが入り、その後、およそ1年間動作し続ける。

 iPhoneを近づけると、ワイヤレスイヤフォンの「AirPodsシリーズ」と同じ要領で画面に接続するかという確認画面が出てきて、「接続」を押すとペアリングが行われる。カバン用か、鍵用か、自転車用の設定など、全ての設定はiPhone側で行う。上のシナリオ1〜3は、AirTagと自分のiPhoneとの通信で実現している機能だ。

 AirTagまでの距離や方向まで教えてくれるシナリオ2は、UWBという電波を用いた通信になっていて、「U1」というチップを搭載したiPhone(2019年登場のiPhone 11以降)でのみ利用できる。

●数十億あるApple製品やAndroidまで巻き込んだ大捜査網

 前述のシナリオ5は、AirTagに内蔵されたNFCという通信技術で実現している。今ではiPhoneだけでなく、Android端末も多くのモデルに、このNFC通信が内蔵されているので、AirTagに数秒間スマートフォンをかざすと、そのAirTagのシリアル番号にひもづいたページが現れる。そこに紛失モードで設定した電話番号やメッセージが表示される、といった仕組みだ。

 AirTagの大きな強みを見せているのが、シナリオ4のケースである。

 いったん「紛失モード」を設定すると、AirTagの捜索は他力本願になる。自分のiPhoneでは見つけられないので、世界に数十億台ある他の人のApple製品を使って探してもらうことになる。

 AirTagは、Bluetoothの電波を使って発見できる。もし、紛失したバッグ(AirTag)の近くを見知らぬiPhoneユーザーが通りかかると、そのiPhoneが持ち主の知らぬ間に紛失モードのAirTagを発見した情報をAppleのサーバに送る。

 すると、Appleのサーバが、紛失モードのAirTagが発見された旨をバッグの持ち主のiPhoneに通知し、地図で場所を教えてくれる。

 ここで非常に大事なのが、伝わるのは「発見された」という情報と「発見された場所」の情報だけで、発見してくれたiPhoneの持ち主が誰であるかといったことは、AppleにもAirTagを探していた人にも分からないことだ。プライバシーの侵害は一切行われていない。

 もちろん、持ち主のiPhoneのバッテリーへの影響もほとんどない。一方で発見してくれた持ち主も、まさか裏で自分のiPhoneが人助けをしていた、といったことは一切分からない。

 知らず知らずの間に人に助けられ、知らず知らずの内に人を助けている。そんな不思議な技術が、Appleが生み出した世界規模の巨大な「探すネットワーク」だ。

 この技術が使われるのは今回が初めてではなく、最初はiPhoneを探す技術として開発され、その後、Macを含む他のApple製品に広がり、2021年4月にはAppleから「Works with Find My」というライセンスを受けた自転車やワイヤレスヘッドフォンなど他社製品も発表された。Chipoloからは、正式にAppleの認可を受けたAirTagの類似製品「Chipolo One Spot」もあり、1つのタグを複数ユーザーで共有するといった独自の強みを提供している。

●業界初となるストーカーなどの悪用対策

 先に述べた、発見者が誰かも分からなければ、捜索と発見が行われていたことも他の誰にも分からないという仕組みは、Appleが繰り返し強調しているプライバシーへの配慮の姿勢の表れだ。プライバシーの危機を想定し、防ぐ配慮はここだけに止まらない。

 実はAirTagに似た紛失防止タグは、これまでにも他の会社から発売されていた。捜査網もAppleの「探すネットワーク」の規模にはおよばないものの、似たような仕組みが使われた製品もあった。

 ここで問題として指摘されていたのが、紛失防止タグをストーカー行為などに悪用するケースだ。製品によっては、AirTagよりもかなり小さくて目立たない紛失防止タグもある。こういったものを使えば、街で見かけた有名人のバッグなどに仕込んで生活圏を特定するといった利用法も、実はできてしまうのではという問題が最近になって指摘され始め、先行して同様の製品を作っていたメーカーの中には、あわててその対策に取り組んだところもある。

 AirTagはこうした点にも配慮が行き届いており、いくつもの工夫が施されている。

 例えば知らず知らずの間に、自分のものではないAirTagが長時間、自分と一緒に同じ場所を移動している(つまり、自分の持ち物の中に、他の人のAirTagが忍び込んでいる可能性がある)と、その旨をiPhoneに通知で知らせてくれる。怪しいなと思ったら、その他の人のAirTagの音を鳴らして、どこにAirTagがあるかを確認でき、バッテリーを抜いて無効化する方法などが表示される。

 では、追跡されている人がiPhoneユーザーでない場合はどうなるのだろうか。その場合も、しばらく持ち主から離れたままの状態のAirTagがあると、たまに音を鳴らして、その存在を周囲の人に知らせてくれる機能がついている。

●ミニマルながらアクセサリーで多様性も獲得

 AirTagのデザインだが、外観的にはあまりにもシンプルで語ることが少ない。表面は滑らかな白いセラミックのようにも見えるが、実はきれいに磨かれた樹脂のようだ。なだらかな弧を描き、端に行くほど薄くなっている。まるで碁石のような円盤形になっている。Appleの直販サイトでは、この部分に絵文字を含む好きな文字を刻印してパーソナライズするサービスが提供される。

 パーソナライズといえば、製品として非常にシンプルなぶん、多彩なオプションによって使い方をカスタマイズできるようになっている。Appleは革製のキーリングの他、革とポリウレタンの2種類のループと呼ばれる製品を提供している。ループはひねって輪を通した状態でスーツケースやバッグなどに取り付けられるようにするアクセサリーだ。

 Apple以外にもエルメスがキーリング、ラゲッジタグ、さらにはバッグを楽しく彩ってくれるバッグチャームを出している。Appleの直販サイトには、それ以外にBelkin製のお手頃価格のキーリングとセキュアホルダーも用意されており、今後も他社からさまざまなアクセサリーの登場が期待できる。

●作り込まれたボディーと上質なサウンドから見えるAppleの姿勢

 AirTag本体の話に戻ろう。

 白いセラミック風の表面は、実はスピーカーの振動板としての役割も果たしている。弧を描いているのも、音を全方位に拡散させるためだろう。裏返すと真ん中にAppleのロゴマークが刻印された鏡面仕上げのステンレススチールの面が現れる。AirTagの電源となるCR2032のコイン電池は、先のセラミック風の部分にスッポリ収まっているが、この背面のステンレススチールのパーツがその部分を覆うフタとなっている。

 ボタンやスイッチといった動くパーツは一切なく、見ただけでその頑丈さが分かる。この状態でIP67仕様の防じん/防滴基準に対応している。

 では、バッテリーはどうやって交換するのか。これが面白く、AirTagの白い面を下に構え、左右2本の親指でステンレスのフタを反時計回りに回す。すると、スムーズで絶妙なトルク感でフタが回転し、パカっと外れる。遊びなどが一切なく、極めて精巧な作りであることが指先や回転時の音から伝わってくる。

 バッテリーを取り外してみると、電極に触れる端子部分なども凝った作りで、こんな見えない部分まで丁寧に作り込んでいることに感動すら覚える。

 この美しく作り込まれた製品の世界観をうまく補っているのが、本製品に仕込まれた唯一のユーザーインタラクション(対話)機能である音だ。電源投入時の音や探している時の音など、少なくとも2種類の音があることを確認しているが、聞き心地の良い上品さを感じさせる音で、実に美しくAppleらしい(こういった効果音へのこだわりは、日本のメーカーも是非ともどん欲に取り組んでほしいところだ。音は消費者に対して、その会社のブランド価値の重さを刷り込む重要な要素だと思う)。

 現在のAppleでは、ハードウェアデザインとソフトウェアデザインのチームが混在となったDesign Studioを持っており、そこには音専門のエキスパートもいる。最新のmacOS Big Surでも、macOSの新しい出発点となるOSとして、何よりも効果音にこだわってデザインを行った。

 筆者がCasaBrutusで行ったインタビューでは、ヒューマンインタフェースデザイン担当の副社長、アラン・ダイ氏が「OSが出す効果音全体が同じ作曲家の曲のように聞こえるように、バラバラに作られていた効果音にまとまりを作った」と述べていたが、そうした効果音を見直し、世界観、高級感を作っていく姿勢が、このAirTagでついに完全に身についたのを強く感じた。

 携帯音楽プレーヤー、スマートフォン、タブレット。Appleはいずれのジャンルでも、一番乗りのメーカーではなかった。しかし、それはじっくりと時間をかけて、誰もが納得いく品質になるまで議論を重ねてから製品化しているからであって、一度、そうやってブラッシュアップした期待を裏切らない製品を出荷すると、瞬く間に成功し、その製品カテゴリーを世界に広げてきた。

 今回のAirTagも、製品の節々から驚くほど多くの議論の痕跡が見えており、これまで色々なメーカーが挑戦するも、なかなか広まらなかった紛失防止タグという新ジャンルが、この製品によって一気に世界に広まりそうだ。