6月16日に開幕したフランスのテクノロジーイベント「VivaTech 2021」初日のステージに、Appleのティム・クックCEOがオンラインでリモート登場した。フランス発のグローバルメディア「BRUT」のギョーム・ラクロワCEOによる公開インタビューに近い形で、COVID-19対応や納税方針、さらには未来のiPhoneの方向性やApple Carなどについても話した。

●Appleのティム・クックCEOがコロナ禍への対応を振り返る

 VivaTech初登壇となるティム・クック氏。冒頭、主催者への謝辞や直前まで登壇していたエマニュエル・マクロン仏首相や、そのファーストレディーへのメッセージを伝えた後、ラクロワ氏から最初に向けられた質問はコロナ禍でのAppleについてだった。

 「世界中の多くの人々にとって、本当に厳しく、悲劇的な時期でした。パンデミックから抜け出した私たちは、まだパンデミックのまっただ中にいる人たちを助ける義務があると思います」とクック氏は切り出した。

 一方で「パンデミックにおけるAppleの対応とチームを、私はこれ以上ないほど誇りに思っています」とも語った。

 「パンデミックが発生した直後から、私たちは『どうすれば支援できるか』という問いを自分たちに投げかけてきました」とクック氏は述べる。

 その結果、まずはサプライチェーンチームがマスクを調達して寄付することを決定、ミニサイズを含む3000万個のマスクをフランスに寄付したという(イベントの開催国や聴衆の多くがフランス人であることを受けてフランスについてだけ言及したが、他の国に対しても寄付をしている)。

 エンジニアリングチームは、フェイスシールドを設計/製造し、何千万個ものフェイスシールドを世界中に出荷した。その後も自問自答を繰り返した結果、ソフトウェアエンジニアリングチームは、Googleと共同で接触確認アプリの基礎技術を開発した。

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 パンデミックが拡大するインドには、メドトロニックや他の企業と協力して人工呼吸器を寄贈し、現在は(PRODUCT)REDと協力して、ワクチンを必要としているアフリカにワクチンを寄付しているという。

 このようにAppleは、パンデミックの状況が変わるごとに、毎回「どうすれば支援できるか」と自問し、できることを続けてきたという。

 クック氏はこうしたコロナ対応は何もAppleだけがしてきたわけではなく、世界中の人々が行ってきたことだとも付け加え、最近、会話をする機会があったというフランスのCOVID Trackerというアプリの開発者を例に挙げた。

 「パンデミックは多くの人々の能力を引き出し、人類の回復力を示したと思います。また、テクノロジーと人文科学(humanities)の交わりが、いかに正しく行われたかの証左でもあると思います。そして、テクノロジーと人文科学の交わりが、世界を改善するために信じられないようなものを生み出すことを示しました」と答え、そういったCOVID-19が与えた結果に対しては楽観している部分もあると付け加えた。

●プライバシーは基本的人権であり人間の基本的な権利

 クック氏の答えを受け、ラクロワ氏は「人間性とテクノロジーの交差点」でも重要なプライバシーの問題に切り込む。

 「プライバシーは基本的人権、人間の基本的な権利」とクック氏はそう強調し、Appleがこれを守るために10年以上取り組んできたと語った。

 生前、創業者のスティーブ・ジョブズ氏は「プライバシーで重要なのは、分かりやすい言葉で表現すること」と語っていたという。人々が何にサインアップし、何を許可するのかをきちんと理解し、許可は繰り返し求めるべきだという考えも示していた。

 クック氏は「監視経済が進み、プライバシーが重要でなくなった世界」の想像を促すと「誰もが誰かに監視されている心配をし、表現の自由が狭まるような世界には住みたくはありません」と自ら答え、Appleにとって「プライバシーは重要な価値観の核心をなす」と答えた。

 ラクロワ氏は、ここでAppleも「GAFA」の一員と見られていると口にすると「それは私が好きな略語ではありません。なぜなら、全ての企業が均質であるかのようなイメージを抱かせるからです。しかし、これらの企業は全て非常に異なっており、異なるビジネスモデル、異なる価値観を持っています」と断った。

 Appleの特徴はというと、まずは物作りの会社であること。さらに「ハード、ソフト、サービスといった全てを作り、それらが美しく調和するように心がけていること」と語り、「私たちは、最も多く作るのではなく、最も良いものを作ることに集中しています」とも付け加えた。

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 フランスでiPhoneの市場シェアが約23%とトップシェアになったのはそうした姿勢だとクック氏。

 Appleを特徴づける他の重要な価値観として気候変動への対応を挙げ「プライバシーと同様に、今世紀で最も重要な問題の1つだと信じているから私が好きな略語ではありません。なぜなら、全ての企業が一枚岩であるかのような図式を描きがちだからです。しかし、これらの企業はそれぞれ非常に異なっており、異なるビジネスモデル、異なる価値観を持っています。

 Appleを見て、私たちが何をしているのかを考えてみると、私たちは物を作っています。私たちはハードウェア、ソフトウェア、サービスを作っていますが、それらが交差する部分では、全てが美しく調和し、シームレスに機能するようにしています。私たちは、最も多く作るのではなく、最も良いものを作ることに集中しています。

 その結果、フランスではiPhoneの市場シェアが約23%となり、トップシェアを獲得することができたのだと思います。このようなことは、企業ごとに根本的に異なっていますが、私たちの基本的な価値観、つまり今おっしゃったようなプライバシーについても同様です。もちろん、私たちは気候変動に多大なエネルギーを注いでいます。それは、プライバシーと同様に、今世紀で最も重要な問題の1つ」だとした。

●欧州のセキュリティ法案は賛成 アプリ市場の規制は反対

 プライバシーの問題に興味津々のラクロワ氏は、欧州から広まったGDPR(EU一般データ保護規則)についての見解もクック氏に求めた。

 クック氏はAppleが当初からGDPRを支持しており、これからも支持する考えを強調。全ての企業が多国籍化している今、GDPRはプライバシーに対する意識を世界中の企業に広げるきっかけになったとも付け加えた。

 クック氏はGDPRでも、まだプライバシー保護が足りていない部分もあり、そういったところは政府機関と連携していくともいう。

 2020年末、欧州連合ではIT企業を規制する欧州連合(EU)の欧州委員会が12月15日(現地時間)、IT企業を規制する「Digital Services Act(DSA:デジタルサービス法)」と「Digital Markets Act(DMA:デジタル市場法)」の2法案を発表した。

 クック氏は、このうちGDPRなどを含むDSAに関してはユーザーのために有益な規制として支持を示したが、一方で、DMAに関しては「政府の規制には必ずしもユーザーの利益にならないものもあります」と異論を示した。

 DMAでは、iPhoneにApp Store以外で提供されているアプリもインストールできるようにすることを求める提案が盛り込まれている。

 「これはiPhoneの堅固なセキュリティを壊すことにつながり、プライバシー侵害のリスクを高めます。それはユーザーが望むことではありません」と補足した。複数のアプリ市場を許容しているAndroidには、iPhoneと比べて47倍近い量のマルウェアがあることを挙げ、App Storeの価値については顧客に理解されていると思うと楽観的な姿勢を示した。

 喜んで受け入れる規制もあれば、異論を持つ規制もあるというクック氏。どの規制がユーザーに有益で、どの規制は不利益かを見極め、不利益と思われる規制には責任を持って建設的な議論を行うのがAppleの責任と語った。

 フランスで開催されるVivaTechは、必ずしも技術礼賛のイベントではなく「Tech for Good(Tech4Good)」、つまり人々のためになる善良なテクノロジーを議論する場だ。ラクロワ氏からはクック氏が、陰謀論の拡散など「テクノロジーのダークサイド」をどのように捉えているかの質問もあった。

 クック氏は「テクノロジーは善悪を区別せず中立」と断った上で、そのテクノロジーが良いものになるか悪いものになるかは「それを作った人、発明した人の作る能力や共感性、そして熱意によって決まるもの」との見解を述べた。

 「米国では陰謀論などによってワクチン接種への悪影響が出ています」というクック氏。このような状況は技術によって引き起こされている部分があるが、DSAのような規制がそこで役に立つ可能性はあるとの見解も示した。

●環境への取り組み自己完結した製造体制へ

 VivaTechではGreen Techなど環境に対する議題も多い。ラクロワ氏は続いて、Appleの環境への取り組みについて質問した。同社には確かに、問題に積極的に取り組むという姿勢もあるが、もう一方で、iPhoneのような機器を世界有数の規模で大量生産する企業としての側面もある。クック氏はこの両者をどのようにして両立しているのか。

 この話題に移ると、クック氏は表情を変えて声に力がこもり、情熱的に語り始めた。

 Appleは既に会社としてはカーボンニュートラルを達成しているが、最近ではカーボンニュートラルの捉え方を変えて、自社だけでなく自社と提携しているサプライヤーまでも含めた全体でのカーボンニュートラルを目指しており、2030年までには達成するという。

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 「これは一般的に言われている2050年という厳しいスケジュールよりもはるかに積極的で、大胆な目標です」とクック氏。既に100社を超えるサプライヤーの賛同を取り付けているという。

 そんなAppleが最終的に目指しているのは「地球の環境に一切負荷をかけずに、iPhoneを作り出すこと」だという。

 「今はまだそこには至っていませんが、既にMacではアルミニウムの40%がリサイクルされており、iPhone 12ではレアアースの98%がリサイクルされています」とクック氏は語る。使用済み製品のリサイクルに向けた回収にも力を入れており、回収したiPhoneを部品にまで解体するロボットも開発している。

 引退した製品を回収する仕組みと、リサイクルした部品で新しいiPhoneを作り出す仕組みをつないで、その中だけで回せるようにするのが究極の目標だという。

 環境問題と若い世代の話題も出た。

 クック氏は今の若い世代を「失われた世代」だとは思っておらず、「環境意識」や「人権意識」が高い有望な世代との見解を示し、最近、訪問したフードロス(食品廃棄)を減らす「Too Good to Go」という若い人が中心になって展開しているベンチャー企業にも触れた。

●iPhone 30が目指す方向性とApple Carの行方

 「今のiPhoneはiPhone 12だが、30年後に登場する“iPhone 30”はどんな製品になるのか?」と、ラクロワ氏はインタビューの最後にiPhoneやApple Carなど、未来のApple製品やその方向性に関する質問も行った。

 クック氏は笑いながら「まあ、iPhone 12よりは良くなるでしょう。それは期待していてください」と切り出した。その上で、Appleは、人々の生活を豊かにする最高の製品を作ることを使命としていること、その使命を果たすために、自分たちの手に追えないことには手を出さないことなど会社としての姿勢を語った。

 「未来は誰にも予想がつかないもの」だからこそ常に「謙虚な気持ちで臨むことが大事」だとも語った。

 「iPhone用のチップを開発していたときには、それがiPadの心臓部になるとは知らなかったし、2021年、最終的にMacの心臓部になるとも知りませんでした」。こうした変化をもたらしたのは「緊張感を保ち、発見を続け、試行錯誤が自分たちをどこへ導くのかに心を開くこと」だとクック氏は語る。実際、「それが私たちを信じられないような場所に連れてきてくれました」とここまでのAppleの道のりを振り返った。

 その上で、注目している新技術の1つとしてAR(拡張現実)とAI(人工知能)、そしてヘルスケア技術への期待を語った。

 ARは生活を向上させる、AIは人々の生活を妨げているものを取り除き、仕事をし、人々の余暇を増やす、そして車の警告灯のように身体の状態を常に監視して、異常を知らせてくれるヘルスケア技術に大きな期待を寄せているという。

 ただ、Apple製の自動車、「Apple Car」については「Appleは秘密のある会社。いくつかの秘密は袖の下に隠しておかなければいけません」という聴衆の笑いを誘うジョークで答えを回避した。

 ラクロワ氏は「革新を続ける挑戦の中で失敗はあるか」という質問も行った。

「私は毎日何かに失敗しています。顧客を失敗に巻き込むことはしないように心がけています」とし、失敗したものを出荷することはしないが「社内では失敗を続けています」とクック氏。

 「失敗することは人生の一部です。誕生したばかりの会社でも長い歴史を持つ会社でも、もし失敗をしていないのだとすれば、それは十分いろいろなことを試していないということになります」との考えを語った。

 VivaTechのラクロワ氏との公開インタビューは、ヨーロッパの人々が、メディアで報じられるApple CEOではなく、素顔のティム・クック氏を知る良いきっかけとなった。

 Apple本社のVisitor Centerから30分にわたってリラックスした笑顔で質問に答えていたクック氏だが、実は本番直前に主催者と打ち合わせをしている音声がインターネットに中継され、聴講していた人全員が主催者に丁寧なお礼を繰り返すクック氏の声を聞いていた。

 5回目となるVivaTechでは、クック氏の直前のメインステージにフランスのマクロン大統領が、テクノロジーの最前線で活躍する5人と対談したセッションや、インドのナレンドラ・モディ首相による講演なども開かれ、今、テクノロジーが形成しようとしている社会のあり方についての議論が行われている。

 2日目に当たる17日(現地時間)の公開対談では、Facebookのマーク・ザッカーバーグ氏も登壇予定だ。