こんにちは! refeiaです。今回は、今月発売されたワコム初の有機EL液タブ、「Movink 13」を見ていきましょう。最初にお断りですが、ここでは有機ELタブレットも便宜上、“有機EL液タブ”として呼びますね。

 本機の位置付けはプロ向けで、価格は11万8800円(税込み、以下同様)です。同じくプロ向けのCintiq Proシリーズは最近ずいぶん高価になってしまったので、逆に安く見えますね。ならば、このMovinkはどんなプロ機なのか……?

 じっくり見ていきましょう。

●一点以外は妥協のないスペック

 まずは液タブとしてのスペックを見ていきます。

・13.3型/有機EL

・フルHD (1920×1080ピクセル)

・アンチグレア/指紋防止処理ガラス

・Pro Pen 3が付属

・10点マルチタッチ

・DCI-P3カバー率100%/Adobe RGBカバー率95%(CIE 1931)

 おおむね、しっかりと上位機のスペックになっています。2016年に発売された「Cintiq Pro 13」が“税別”12万8000円だったことを思うと、何もかもが高くなるご時世によくまとめたと思えます。

 一方で物足りなく感じるのがフルHDの解像度ですが、これについては後でまた触れましょう。

●めちゃくちゃに軽く、めちゃくちゃに薄い

 まずは本機、本当に軽いです。どれくらい軽いかというと、小さな板タブと比べなきゃいけないぐらいです。

・Movink 13:420g

・Intuos Pro Small:450g

・One by Wacom Medium:432g

 宅配便の配送箱が空箱のように軽いらしいという話は前もって聞いてはいたのに、自分が評価機を受け取ったときには「中身入ってないだろこれ!?」と本当に思ってしまいました。

 そして、この薄さ!

 手でひねってみたのですが、見た目よりも剛性感があります。上下の丸みや側面のくぼみ、横長のゴム足用リブなどを剛性に生かす設計なのでしょう。

 実際にどれくらいの耐久性があるかは分かりませんが、個人的には単体で運ぶならバックパックに入れて満員電車などは避けたく、ノートPCなども持つなら多少厳しい環境でも重ねて運べば大丈夫そうかな、ぐらいの印象でした。

●現実的になったケーブル1本接続

 本機の接続はUSB Type-Cポートが左右に1基ずつ。基本的にUSB Type-Cケーブル1本で接続でき、その1本では電力が不足する場合に、市販のACアダプターなどを残ったポートに刺します。自分のノートPCは2019年発売でまあまあ古いモデルですが、普通にUSBケーブル1本だけで動きました。

 従来のCintiq Proも、ケーブル1本接続を訴求したモデルはあったものの時代が追い付いていない感があり、簡単じゃない中で何とかしようとごちゃごちゃやっていた記憶があります。時代は進んだなあとしみじみ感じてしまいますね。

 ただし本機にはUSB Type-Cポートしかないため、デスクトップPCなどでHDMIとDisplayPortからしか映像出力ができない場合は、これほど簡単ではないです。HDMIとUSB Type-A端子から本機に接続できるアダプターを年内に発売予定とのことなので、しばらく待ってみるとよいでしょう。

 ちなみに手元では、「Wacom Link Plus」(Cintiq Pro 13/16用のアダプター)でも動作していましたが、公式にサポートしているわけではありません。

●美しい有機ELディスプレイ

 それでは、本機の目玉になる有機ELのディスプレイを見ていきましょう。13.3型/アンチグレア(非光沢)/フルHDの有機ELです。色域はDCI-P3とAdobe RGBをおおむねカバーしつつ、DCI-P3を優先しています。

 もちろん、sRGBやAdobe RGB、DCI-P3、Display P3などのモードもあり、印刷物や映像制作にも適応しやすいです。また、画面に光が当たりづらい環境で使えば黒の締まりもよく、有機ELらしい恩恵もあります。

 アンチグレア処理は薄めで、シャープさを損ねない程度に調整されています。とはいえ、周囲の光をふんわりと反射するマット面は、特に上向きで使う機材では有機ELのコントラスト比の恩恵を受けづらくなります。持ち運んで使う用途では理想的な照明は得づらいですが、せっかくの「得ておきたい恩恵」があるので、自室を間接照明にするなど、使いこなしの楽しみを広げてみても良いでしょう。

 また、本機は視差がこれまでで最も小さいことと、有機ELのおかげでパネルに強い筆圧をかけると表示がグニュッと乱れる問題が無いこともアピールされています。これらは個人的にはCintiq Proの時点で不満がなかったためビッグディールではないですが、エントリー機や古いモデルから買い替えれば向上を実感できるはずです。

●有機ELだからこそ、あと一歩ほしい解像度

 このモデルを検討する上でキーになるのは、フルHDの解像度をどう見るかでしょう。13型のフルHDはノートPCなどで一般的とはいえ、有機ELの液タブという枠では2つの不利な点があります。

・ノートPCより近くで見るディスプレイ

・液晶と異なる素子配列

 1つ目はまあ当然、近くで見ればドット感は気になりやすいということです。2つ目はややトリッキーで、下の写真を見比べてみてください。

 有機ELでは劣化対策などの理由で青色の素子を大きく作るのが一般的で、画素単位で見ると液晶ほどキレイな並びではありません。これは十分に高密度ならばどうでもいい差ですが、ドットが見えやすい状況ではザラつき感や偽色など、表示するものによっては気になりやすい状況がありえます。

 この特性はカラーイラストの実作業ではおおよそ気にならないはずで、自分の感覚でもそうでした。気を付けたいのは、漫画制作などでシャープなブラシを主に使おうと見込んでいる場合です。この条件では、エッジの偽色や細い線のザラつき感が気になりやすく、似たスペックでは液晶ディスプレイの「Wacom One 13 液晶ペンタブレット touch」の方が、偽色がないわけではないとはいえ穏当な見え方でした。上記の使い方に当てはまるならば実機を見て、違和感を覚えたりや目の疲れを感じたりせずに作業できそうか確かめておくのが良いでしょう。

●Pro Pen 3は最高

 さて、本機には基本的に新Cintiq Proシリーズと同じ、「Pro Pen 3」が付属します。

・超軽い筆圧から非常に強い筆圧までの自然な反応

・芯の長さや角度で改善した視界

・サイドボタンが3つに増えた

・重量/太さなどがカスタマイズ可能

 全体として、自分が長く満足して使っていたPro Pen 2からも確かに進化が感じられる内容になっています。必要に応じて「Cintiq Pro 27」のレビューを参照してください。

 ただし、Pro Pen 3本体以外の付属品はCintiq Proシリーズとは異なります。太いグリップは別売になり、替え芯と芯抜きを内蔵化するのと引き換えに重心調整のオモリは省略、となっています。

 Pro Pen 3自体は素晴らしいのですが、これまでは何十万円もするCintiq Pro新シリーズでしか利用できませんでした。それが比較的手軽な機材で使えるようになったのは喜ばしいですし、この調子で他のモデルにも広まってほしいところですね。

 また、本機はPro Pen 2や汎用(はんよう)ペンテクノロジーにも対応しており、Dr.GripやLAMYなどの文房具メーカーのワコムペンを利用できます。

●操作性も良好

 本機は側面に2つの物理キーと、表面に2つのタッチキーがあります。そして、タッチとペンで直接ディスプレイ設定を変更できるOSDが実装されています。

 これはイマドキのモバイルディスプレイ的な仕様で、反応もよいので必要に応じてサッと設定を変更できて便利です。運搬して利用する機会が多いのを考えると、輝度の設定がメニュー最上位に出ているのも好印象ですね。

 ドライバのファンクションキーとしては上記のうち3つまでを利用でき、残りの側面キー最低1つが、OSD呼び出し用になります。

●Androidスマホでガチ制作!?

 これまであまり触れてきませんでしたが、ワコムはAndroid端末での利用に以前から取り組んでいて、本機もAndroid端末とChromebookに対応しています(Movinkはページの下の方にあります)。

 手元の端末の中では、スマホではないですが「Galaxy Tab S8+」が動作しました。アプリやドライバなどの導入は不要で、接続しただけで表示されてペンも使えるようになり、タッチ操作も含めて13型のAndroid端末のような感覚で操作できます。

 セルシスの「CLIP STUDIO PAINT」はフル機能のAndroid版もあるので、最近の高性能なスマホと本機を合わせれば、業務レベルの手の込んだ制作までが見えてきそうで夢がありますね。

●使用感も上々 意外な姿勢で描いてしまい驚く

 さて、接続をPCに戻して実際にそれぞれの工程で利用してみましたが、やはり描きやすいです。線画の工程で懸念だったドット感は、自分が使う鉛筆系のブラシではさして気になることはなく、特に手を動かしている間は気にする余裕はありません。

 13型フルHDといえばCintiq Pro 27とだいたい同じピクセル密度で、実用上問題がある仕様というわけでもありません。そして彩色から仕上げでは、フルHDは遅くないPCで使ったとしても4K(3840×2160ピクセル)よりサクサク感が向上するので、作業中の気分は悪くないです。

 全体として、普段使っている「Cintiq Pro 17」よりも若干ツルツルした描き味なの以外は、ほとんど違和感なく作業できました。ドット感が気になる瞬間は正直ありますが、イラスト自体よりもアプリの文字を見ているときが主でした。

 そして特に印象的だったのが、リラックスした姿勢でも作業できてしまうことです。

 本機がめちゃくちゃに軽いので、ポンと手に取り、椅子にもたれて、足を組んだモモの上でスルスルと落書き、みたいな動作を自然にしてしまい、上位機だからガチ作業だろうと思っていた自分としては意外で、楽しくもありました。

●まとめ

 ではまとめていきましょう

気に入った点

・上質で格好良いボディーデザイン

・ナローベゼルで持ち運びやすいサイズ

・有機ELの発色と黒の締まり

・420gの超軽量

・ケーブル1本接続

・Pro Pen 3付属

・文具メーカーコラボも含めた多彩なペン対応

・マルチタッチ対応

・上質な公式アクセサリー

難点になりうる点

・今となっては物足りないフルHDの解像度

・白黒作業で目立ちやすい偽色

・Type-C端子から映像出力できないPCとの接続性

・有機ELの焼き付きへの心配が精神的ノイズになりがち

 Wacom Movink 13は、薄型軽量で極めて持ち運びに適した液タブです。単に運びやすいだけでなく、ビルドクオリティーや性能の多くが所有欲や出先で使う喜びを満たすものになっており、持ち主の満足感を高めます。これまで仰々しい上位モデルに限られていたPro Pen 3が利用できるようになった、初めての気軽なモバイル寄りのモデルという意味も大きいです。

 また、同社のプロ向け機材としてはリーズナブルな価格設定になっています。それでも安価なデバイスではないですが、ペンやタッチ対応の高品質なモバイルディスプレイとしての使い勝手があり、学習やビジネス用途などまで利用機会を高められることを考えると、クリエイティブ分野のプロ以外でも価格が折り合うケースが多いと言えるでしょう。

 一方で、ピクセル密度の大きいデバイスが当たり前になりつつある現在、フルHDの解像度は陳腐化しつつあり、長期的な満足度に影を落とすおそれがあります。モバイル用途では解像度を上げすぎないメリットは多く、現実的な選択とも言えますが、格好良くてロマンを感じる点が多い本機においては、現実に引き戻されてロマンが霧散してしまう悩ましい点です。

 また、有機ELの特性上、漫画制作などでは液晶よりも偽色が気になる場合があります。白黒のシャープなブラシで主に作業する見込みがある場合は、液晶のモデルと見比べてから検討するのが良いでしょう。

 といったところで……。

 いやー、買ったら絶対に「ちょっとこれ持ってみてよ」ってやりたくなる製品です。文章で数字を書いても軽さは感じ取れないので、機会があればワコムブランドストア新宿で実機を持ってみてください(本機は現状、店頭では販売されていません)。純正オプションのスタンドやケースのセットも含めて、なかなかの世界観だと感じ取れると思いますよ。