嶌信彦(ジャーナリスト)

「嶌信彦の鳥・虫・歴史の目」

【まとめ】

・菅内閣の支持率が急落。衆院選の結果次第で短命政権に終わる可能性。

・五輪中止の判断も。コロナ禍で行う意味はあるか、無観客に意義はあるか。

・五輪「盛り上がり」を選挙にプラスと絡めるなら見当違いも甚だしい。

 

菅義偉内閣の支持率が5月にまた急落した。最近発表された6月の支持率もほぼ急落のままだ。昨年9月に政権がスタートしてから支持率は低落を続け、5月の世論調査では政権発足以降で最低となった。また東京オリンピック・パラリンピックについても「中止または再延期すべきだ」が6割を超え、菅内閣の政権運営に対しこれまでにないほど厳しい評価だ。9月以降に想定される衆院選の結果次第では短命政権に終わる可能性が強くなってきた。

毎日新聞と社会調査研究センターが実施した5月22日の全国世論調査によると、支持率は前回4月の40%から31%へと暴落、「不支持」率は59%で前回の51%から8%も上昇した。菅政権は発足時に60%台半ばの支持率で安定政権となるかにみえたが、直後から支持率が落ち始めた。昨年暮れから「不支持」が「支持」を上回り、以後支持率は下がり続け、遂に不支持率が上昇し続ける結果となっている。支持率が30%を切ると政権は終末を迎えるのが過去の例だが、菅政権は早くも崩壊の危機に瀕しているといえる。

不人気の最大の理由は、他の先進国、中進国などに比べ日本はコロナ対策が後手後手にまわり国民の不安が増す一方だからだろう。政治の最大の使命は国民の生命と安全・安心を守り生活水準を維持、向上させることだが、コロナ不安は一向に収束せず、感染者や失業者が増えて生活苦にあえぐ人が依然ジワジワと拡大しているのだ。

菅首相はもともとコロナ危機対策より経済の活性化を重視する姿勢をみせていた。首相就任直後に観光、旅行などを刺激する「Go To トラベル」や「Go To イート」の旗振りを任じていた。

さらに首相の経済ブレーンたちは、日本の新規感染者数は海外に比べると極めて少なく、東京五輪に影響することもないと主張していた。コロナのなかにあっても五輪を成功させ、経済の活力を引き出したいと期待し、五輪成功後の衆院選にはずみをつけ勝利したいと目論んでいたのだ。これに対し多くの人は「国民の命や暮らしを守ることと五輪関係の両立はムリだ」と述べ、五輪の中止を迫っていたが、菅首相は「東京五輪の主催者は国際オリンピック委員会(IOC)と東京都などで、政府は直接判断する立場にはない」と逃げを打って、“国としては安全、安心な大会とするよう全力を尽くす”と繰り返すだけだった。しかし、一年前の延期決定は安倍首相と菅官房長官の時代に政府が決断したものだった。国家の大事に首相が関与しないなどということはあり得ないのだ。

政府が緊急事態宣言を発令すれば、休業要請や命令が可能となる。ただその場合は、政府が休業補償の手当てを出すなど政府負担も増える。このため、政府はより緩やかな「蔓延防止等重点措置」にとどめようとしたが、専門家から「それでは手ぬるい」と反発され修正を余儀なくされた。政策を小出しにするため、かえって感染を急拡大する結果になっているのだ。しかも国民の間に自粛疲れが出てきており、政府の宣言効果も効きにくくなっているのが実情だ。最近はコロナの変異株デルタが猛威をふるっているといわれ、コロナ禍は全国に広がってきている。

こうした国の危機にあっては、本来なら首相が先頭に立ち、医療業界や各自治体との連携を密にし、毎日でもコロナ収束への方針や実情を報告して国民を安心させるべきだろう。しかし現状は緊急事態宣言の発令やその範囲、休業要請のあり方などをめぐって自治体や医療業界、医療専門家との間でスムーズな意思のすり合わせができているようにはみえず、むしろギクシャクしたやり取りの方がもれてきているのが実情だ。菅政権の統一した思想、対策方法がみえず逆に方針が後手後手にまわってブレているように見えている。

菅政権はコロナ対応で加藤官房長官、田村厚労大臣、河野ワクチン担当大臣、西村経済再生担当大臣などが個別に分担し会見を行なったりしているが、官邸主導の“危機管理対策”本部を設けて情報を一本化し、毎日会見を行なうぐらいの対応を行なうのが普通だろう。国民はおそらくワクチン接種を早く終えて、とにかくひとまず安心したいというのが本音なのだ。今の流れからすると70歳代以上の高齢者へのワクチン接種は7月末までに終了させるというが、一般の人に行き渡るには1年以上を要するのではないか。先進国の中でワクチン接種とコロナ対策が最も遅れているのは日本だ、というのは世界に知れ渡っており、ワクチンの獲得でも後手を踏んで四苦八苦しているのだ。菅首相は日米首脳会談でワクチン接種の協力を仰ぎ、帰路にアメリカの薬品メーカーと話し合ったとされるが、肝心の契約の取り交わしは行っておらず、ワクチン輸入も結局1ヵ月以上遅れてしまった。

一方のオリンピックは、世界の6割以上、日本国民の約7割が中止すべきだと指摘しているのに、一度走り出すと“やめる決断”ができないのが、日本の特徴で、オリンピック関係者は連日の開催に向けてオーバーワークを続けているという。この問題も五輪組織委員会だけの課題ではなく日本の存在が問われている重要なテーマだ。

コロナの収束が見えない中で、果たして日本は責任をもって五輪運営ができるのか。バッハIOC会長や日本の五輪関係者にとって五輪中止はどうしても避けたいため、「日本ならできる」とはやし立てているが、コロナ蔓延の中でスポーツを行なう意味はあるのか、冷静に考えるべきだろう。世界の過半数の国が「中止または延期を主張しているのに、面子やオリンピックスポンサーの資金などに慮って強行し、コロナ被害が世界のアスリートや観客に及んだらどう責任をとるつもりなのだろう。無観客で実施することも考えているというが、無観客のオリンピックなどどんな意味、意義をもつのだろう。

▲写真 左から小池百合子東京都知事、IOCバッハ会長、橋本聖子大会組織委員会会長(2021年4月28日) 出典:Franck Robichon - Pool/Getty Images

私は今回の五輪が7月下旬から始まることが決まった時から、連日猛暑が続く中でオリンピックを開くべきでないと主張してきた。日本で最もスポーツにふさわしい季節は10月で、1964年の東京五輪は10月10日に始まり、この日は今も「体育の日」になっている。昨年7月末の気温は連日30度を越しており、そんな中でオリンピックを行なえば体調を悪くし倒れる選手も多いし、観客も躊躇するのではなかろうか。7月開催となったのは大金を出しているアメリカのテレビ局の都合だといわれている。アスリートや観客のためではないのだ。

6月末までに詳細を判断するというが、面子にこだわらず“五輪中止”も有力な判断に加えるべきだろう。政府はオリンピック開催で日本を盛り上げ、秋の選挙にもプラスとなるとみているようだが政治と絡めるというのは見当違いも甚だしいといわざるを得ない。

トップ写真:菅義偉首相 出典:Eugene Hoshiko - Pool/Getty Images