自殺した若き実業家と辣腕PR会社の接点

 本件は、ゴルフ場開発投資などバブル時代の浮かれた投資の後始末に苦労していた東ハト創業家が、比較的堅調だった製菓部門を立て直す目的で、ユニゾン・キャピタルという投資ファンドから若き社長として故・木曽健一さんが抜擢され話題になりました。

 当時はこの手の企業再建案件が多く、放漫経営をした経営者の問題があっても、本業である製菓事業が順調ならば、不採算である投資部門を切り捨て本業に回帰すれば見た目の企業再生はできる、という比較的難易度の低い案件でした。

 その後、事態が急に暗転するのは09年、ユニゾン・キャピタルに証券取引等監視委員会(SESC)の強制調査が入ったことによります。嫌疑は既に東ハトを離れていた木曽健一さんのインサイダー取引に関する疑惑で、強制捜査の場で木曽さんはインサイダーを認める供述を行っていました。

 そして翌日、木曽さんは自宅で首を吊って死亡しているのが発見されます。いったい、何が起きたのでしょう。

 実に残念なことですが、東ハト再建を成し遂げた(とされる)若き実業家の寂しい最期はどうにも割り切れません。ある種の「死人に口なし」的状況となり、一連のインサイダー疑惑については被疑者死亡により起訴されることなく闇に葬り去られることになります。

 その亡くなった木曽健一さんと俺たちの中田英寿さんが東ハトの経営再建に夢を乗せて共著として上梓した素敵本がこの『お菓子を仕事にできる幸福』(日経BP社)です。SSU社がまさか木曽さんとの関わりのあった銘柄のインサイダー取引に関わったとは思いませんが、お菓子を仕事にできる幸せは中田英寿さんの胸の中に今なお残っているのでしょうか。

 SSUに関しましては、2005年に貧困問題の解決を謳うNPO法人「ほっとけない 世界のまずしさ」の提供する300円相当の「ホワイトバンド」が騒動になりました。ホワイトバンドの売り上げの多くがNPO法人の啓蒙活動に使われ、実際には貧困で悩んでいる人たちを救済する募金に使われていないのではないかと、物議を醸したのです。

 要するに、SSU社が手がけたホワイトバンド・プロジェクトは、「貧困に対する啓蒙に便乗した商業主義ではないか」とおおいに批判をされたわけです。

 SSU社も動機は善意だったかもしれない本件ですが、見ようによっては募金詐欺も同様の問題であったため、ネット上でも批難が殺到しました。その結果、このホワイトバンド・プロジェクトは一年ちょっとでフェードアウトしてしまいました。何とも残念なことです。