日本の大衆車のデザイン寿命はなぜ短い? 長寿命で芸術的な工業製品を作るために「フェラーリ」に学ぶべきこと

JBpress5/28(水)11:30

 フミアはフェラーリ90をデザインするに当たって、ユーザーが即座にこれらの要素から成るフェラーリのファミリーフィーリングを感じ取れるように、1本で十分な波打つベルトラインを2本付けて、フェラーリらしさを強調している。

 上記の3つのモデルおよびフェラーリ90は、市場調査に基づくものではなく、デザイナーの直観によるものだ。

 これに対して、アメリカの自動車会社はデザインに投資して長寿命のフォルムを実現するのではなく、マーケティングの論理に囚われてモデルチェンジを繰り返している、と美術史家のジュリオ・カルロ・アルガンは指摘する(22)。

 フォードの当初のモデル数は少なく、またモデルチェンジも頻繁ではなかったが、時代が下るにつれ、ゼネラルモーターズ(GM)などのアメリカの自動車会社は、新たなモデルを好ましく受け入れられるようにするためのマイナーな諸要素――デザイン上は本質的ではない些末(さまつ)な諸要素――を順次誇張してモデルチェンジを行うという、「スタイリング」の論理に従うようになった。これが、アメリカや日本の大衆車に長寿命のデザインがない理由である。

 しかしながら、今日あるものを明日古く見せる、計画された廃物化の技術(23)であるスタイリングは、最大限消費させ、最大限の利益を得ることを目的とした産業上のキッチュ(悪趣味)である。マイナーなモデルチェンジを繰り返すスタイリングの狙いは、1つ前のモデルを意図的に陳腐化させることであり、その結果としてユーザーは時代遅れを感じて欲求不満となり、買い替えることとなる。

 デザイン経営の実践は、裏面ではこういったスタイリングの論理との決別である。要するに、短寿命の多数のモデルを製造するのがスタイリングであるのに対して、デザイン経営では寿命の長い芸術作品のような工業製品を作る必要がある。

 フェラーリの強みは、参照に値する傑出した3つのモデルを換骨奪胎して、フェラーリらしさを訴える要素を新たなデザインに活かすことができるということであり、その裏面では、無駄なスタイリングを行わなくてもよいということになる。

(22)Argan (2003) pp.212-213
(23)林(1968)p.15

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(小山 太郎)

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