(作家・ジャーナリスト:青沼 陽一郎)

 自民党総裁選挙が告示され、29日の投開票に向けて、河野太郎、岸田文雄、高市早苗、野田聖子の4人が立候補した。党内にある7派閥のうち6派閥が支持候補を一本化しない異例の展開となっている。党所属の国会議員票383票と、同数の383票が割り当てられた全国の党員・党友票の行方も見通しにくい。

 もっとも総裁選挙直後に控える衆院選挙の「顔」を選ぶものだけに、選挙に弱い若手議員に対する派閥の締め付けが効かないことも支持候補を一本化できない理由に挙げられる。それだけに派閥政治の意義を問う報道もあるが、果たしてそうだろうか。

20年前の総裁選、小泉圧勝には「仕組まれた」理由が

 菅義偉首相の任期満了が迫る中、いち早く岸田が立候補を表明し、支持率の低迷で菅首相が立候補を断念したあたりから、少なくとも私の頭の中では、派閥政治の瓦解を決定づけた過去のある総裁選の様相と重なって見えて仕方がなかった。

 ちょうど20年前の2001年の総裁選挙。小泉純一郎が初めて当選した選挙戦だ。

 あの当時も、支持率がひと桁を記録するなどした森喜朗首相が、夏の参院選挙を前に退陣を表明。同年秋の予定を4月に前倒しで総裁選挙が実施された。小泉純一郎と、元首相で返り咲きを狙う橋本龍太郎、亀井静香、麻生太郎の4人が立候補している。そういえば当時の麻生は、今回の総裁選に立候補した河野太郎の実父・河野洋平が率いる河野グループの所属だった。

 下馬評では、党内最大派閥の橋本派の橋本龍太郎が圧倒的に有利と見られていた。「鉄の団結」の異名をとる旧田中派の流れを汲む橋本派は100人超の国会議員を抱え、地方党員と関連の深い業界団体にも影響力があるとされた。この総裁選では、地方党員からの要請や退陣する森の強い意向もあって、全国の都道府県連の持ち票が1票から3票に拡大されていた。