「オリンピックは平和の祭典」は建前

 今、「米中対決」の舞台は、関税報復や台湾海峡から東京五輪に移っている。

「オリンピックは平和の祭典」という謳い文句をまともに信じている者が世界中にどのくらいいるのか。少なくとも米国にはいないだろう。

「スポーツは競い合い」であり、米国人の7割が嫌中感を抱いているこのご時世では、オリンピックは「武器なき米中対決」の舞台になっている。

 冷戦時代には五輪は超大国の米ソの「戦場」だった。今や二大超大国となった中国がソ連にとって代わった。

 何よりも東京五輪に参加している選手たちは白人、黒人、アジア人と一目見ただけで見分けがつく。

 欧州各国の選手の中には黒人もちらほら目につくが、白黒黄赤が混じり合った唯一の国は「移民と奴隷と先住民族」からなるアメリカ合衆国だけだ。

 しかもそれぞれのお国カラーをあらわしたユニフォームと国旗を見れば、一目瞭然。

 どこの国の選手が一番速いか、強いか、高く飛べるか。

 オリンピックは国別になっているが、国境を越えれば、各民族・人種の身体力と精神力を競い合うコンペティションだ。「国の名誉」とか「愛国心」は後からついてくる。

 米メディアは、その日その日の米国選手の活躍ぶりを一喜一憂しながら報じてはいるが、見え隠れする最大関心事は、「今日、米国は何個金メダルを取ったかだ。そして中国は何個金メダルをかすめ取ったか」だ。