10月29日に大腸がんのため、55歳で亡くなったロックバンド「X JAPAN」のベーシスト・HEATHさん。そのお別れ会『HEATH お別れ会-献花式 HEATH Farewell&Flower Offering Ceremony』が11月28日、東京・渋谷のライブスペースで行われた。

この会の発起人はX JAPANの中心メンバーであるYOSHIKI。PATAやSUGIZOといったメンバーも駆けつけ、バンド仲間約100人でHEATHさんを送り出した。各メディアによると、YOSHIKIは10分間にわたるスピーチの中で、HEATHさんの遺族から「いつかメモリアルコンサートをやっていただきたい」「それはYOSHIKIさんにすべてお願いしたい」という言葉を預かったと明かした上で、こうコメント。

「今日はね、HEATHのために前に進まなきゃいけないっていう…今後僕らが行うイベントへの決意表明でもあるのかなと思っています」

X JAPANとして、HEATHさんとともに音楽を奏でてきたメンバーたち。しかし、この会にボーカル・Toshlの姿はなかったーー。

「Toshlさんはお別れ会と同じ日に、ブログ上で『さようなら』というタイトルの楽曲をアップ。そこにはHEATHさんとの別れを惜しむような詞が綴られていました。Toshlさんなりの追悼だったのでしょうが、お別れの会に来なかった理由として、YOSHIKIさんとの確執を指摘するファンも少なくありません」(音楽関係者)

ToshlとYOSHIKIは幼稚園時代からの幼馴染で、ともにロックバンド「KISS」のファンであったことがきっかけでバンドを組むことに。’89年に前身バンド「X」でメジャーデビューするとすぐさま人気が沸騰し、’92年にHEATHさんが加入したことを機にバンドはX JAPANに改名。海外進出も視野に入れていたものの、’97年に解散した。

「当時Toshlさんの洗脳騒動があり、そのことによってメンバーの関係性が悪化し、解散を選んだといわれています。さらにその翌年、ギタリストのHIDEさんが急逝。そうした背景から復活が絶望視されていましたが、’07年に奇跡的に再結成を果たし、ファンを喜ばせました。’10年にToshlさんが自身を洗脳していた自己啓発団体との決別を会見で明かしたこともあり、『これでX JAPANは安泰』と多くのファンが安堵したのです」(前出・音楽関係者)

ところが、’18年になってX JAPANは再び活動休止状態に。YOSHIKIとToshlの金銭トラブルも一部で報じられ、’20年にはToshlが自身のInstagramからX JAPAN関連の投稿をすべて削除するという事態も起こっていた。そこでYOSHIKIとToshlの不仲説が浮上したのだ。

「’22年12月にYOSHIKIさんに密着したドキュメンタリー『プロフェッショナル 仕事の流儀』(NHK総合)が放送されたのですが、その中でToshlさんの映像が全く流れませんでした。その理由はToshIさんの事務所から使用許可が下りなかったからだと言われています。

またToshlさんは新ユニットを結成し、今年1月に『叫 SAKEBE』という楽曲をテレビで披露しましたが、同曲はYOSHIKIさんへの怒りを込めたような楽曲として話題に。虚言や偽善、ナルシストといった言葉が並び、ファンの間で動揺が走りました。結局YOSHIKIさんもL’Arc〜en〜CielのHYDEさんやSUGIZOさん、MIYAVIさんと新たに結成したバンド『THE LAST ROCK STARS』で精力的に活動。またHEATHさんとの無言の対面でも、YOSHIKIさんとToshlさんの時間がかぶらないよう調整されていたといい、今でも不和は続いているのでしょう」(前出・音楽関係者)

そんななかHEATHさんが亡くなり、YOSHIKIがお別れ会を開催したもののToshlは参加しなかった。そのためネットでは《断固としてYOSHIKIとは交わりたくない様子。XJAPANの再開も限りなく低いですね》《メンバーを失っても歩み寄る気配すらないというのはもうXJAPANの終焉だよね》と再結成を諦める声が上がっている。

YOSHIKIとToshl、2人が手を取り合ってHEATHさんのメモリアルコンサートを実現する日は果たしてーー。