全国の廃止路線の多くが関東に集中しているなど、過疎地ばかりか人口の多いエリアでもバス路線が消滅している。生活の足としてなくてはならないバスに、いったい何が起きているのか――。

「従来、路線バスの減便や路線の撤退というのは地方の、それも主に過疎地域を中心とした問題と考えられてきました。そもそも利用者が少なく、バス事業者が膨らみ続ける赤字を抱え、やむをえず運行を止める、そういう問題だと捉えられていた。ところが昨今では、利用者が決して少なくない都市部、東京周辺でも、同様の問題が起きているという実態があるのです」

こう話すのは長年、交通政策を専門に研究を続けてきた福島大学の吉田樹教授。

地域の公共交通を担う路線バスの減便が全国に拡大している。減便どころか、路線そのものの廃止も各地で相次ぎ、住民にとって欠くことのできない“大切な足”が、いままさに、失われようとしているのだ。

原因として吉田教授が真っ先に挙げたのが「運転士不足」だ。

「もともと、運転士の不足は地域を問わず深刻な問題でした。高齢化が進んでいるうえ、さらに、コロナ禍を機に離職してしまった運転士も少なからずいて、ここ数年、問題が加速度的に大きくなってしまいました」

そこに、追い打ちをかけたのが、先月スタートした運転士の労働時間の規制強化、いわゆる「2024年問題」だ。

「5年間の猶予が設けられ、今年3月までは『時間外労働』、いわゆる“残業”に規制はなかったのですが、4月からは『1年間で960時間』の上限が設けられました。さらに、この規制強化では運転士の退勤から出勤までのインターバルが、それまでの8時間から最低9時間、推奨11時間への延長を迫るものに。そもそも人が足りないなか、規制強化でさらなる人材の確保が求められた結果、バス事業者は減便や路線撤退に踏み切らざるをえなくなったというわけです」

■運転士の待遇、給与……根本的な見直しが急務

日本バス協会によると、コロナ禍などの影響で、’17年に約13万3千人だったバス運転士は、’21年に約11万6千人にまで減少。2024年問題でさらに拍車がかかり、’30年には運転士の数が約9万3千人にまで落ち込むと推計している。なにゆえ、ここまでバス運転士は減ってしまったのか。

「やはり、原因は待遇面の悪さでしょう。長時間労働に加え、他業種に比べ給与水準が長年、低く抑えられてきたことが人材定着に悪影響を及ぼしている」(吉田教授)

全国の路線バス運転士の平均収入は、賞与も含めて398万7千100円(令和4年賃金構造基本統計調査)。一般的なサラリーマンの平均年収458万円(令和4年分民間給与実態統計調査)よりも、60万円も安いのだ。

彼らの給与の原資となるのが、バス運賃だが……。「じつは、路線バスの運賃というのは平成の30年間、ほとんど値上げをしてこなかった」と吉田教授は言う。

「その間もICカード対応や、低床車両導入によるバリアフリー化など、バスそのものやサービスは高度化してきました。つまり、運賃は据え置かれたまま、燃料費も含めたコストだけが膨らみ続けてきた現状があるのです」(吉田教授)



■減便や廃止を食い止めるべく行政も糸口を模索

「乗りたい時間に、乗りたい系統のバスがぜんぜん来ない。減便を知らず、バス停で長時間待たされた」

こう嘆くのは、横浜市在住の60代女性。今年4月、1カ月間に2度もダイヤ改正するという異例の事態で減便を発表した横浜市営バスの利用者だ。いっぽう、「バスをあてにして免許を返納してしまった」とこぼすのは、千葉市に住む70代の女性。彼女はやはり大幅減便に踏み切った小湊鉄道バスを利用しているが……。

「バスの減便で平日は通院にも事欠き、土日は最寄りバス停を発着するバスが一本もなくて、買い物にすら行けない。まさか自分が買い物難民になるとは思いもしなかった。免許返納を後悔している」

社会に暗い影を落とす路線バスの減便・廃止問題。だが、行政や事業者もただ手をこまねいているわけではない。解決の糸口を模索する動きも広がりを見せている。

注目されているのが、大型免許の保有率の高い自衛官だ。「退官後のセカンドキャリアにバス運転士を」と、全国の運輸局が退官間近の自衛官向けに説明会や運転体験会を頻繁に開催しているのだ。

いっぽう、警察庁は道路交通法の施行規則改正・緩和を検討。2027年度を目標に、バスなど大型車にも、普通車同様のオートマチック車(AT)限定免許の導入を計画している。比較的容易に取得できる免許制度の導入で、運転士のなり手を少しでも増やそうというものだ。

ただ、退官自衛官にしろ、AT限定免許導入にしろ、問題解決の即効性という点では疑問符もつく。

そこで着目したいのが昨今、ニュースなどで取り上げられる機会も多く、条件付きながらすでにサービスがスタートした日本版ライドシェアだが……。吉田教授は「路線バスの代替案にはならない」と否定的だ。

「自家用車活用事業(ライドシェア)は、各自治体の地域性や事情を理解する地域公共交通会議(法定協議会)ではなく、国が音頭をとって進めています。なので、きめ細かな、かゆいところに手が届くようなものにはならない可能性が高い。なにより、1台で数十人を運べるバスをライドシェアに置き換えるには、少なくとも十数台が必要になるわけで、物理的にも難しいと言わざるをえない」

■公的支援に加え利用者の負担増も避けられない

では、直面する問題を解決する方法は皆無なのだろうか。吉田教授は「利用者も含め、皆で広く薄く負担していくしかない」と話す。

「従来、人口の少ない地方で行われていたように、これからは都市部でも自治体や国がバス事業者に補助金を出すなど、公的支援は必要になるでしょう。また、利用者も運賃の値上げを甘受する必要があると思います」

実際すでに、バス事業者が路線バスの運賃を値上げする動きが相次いでいる。

「とはいえ運賃が倍になるようなことはないと思いますし、避けたい。となれば、たとえば東京など都市部で採用している均一運賃、まずはこれを見直すことは可能では。運賃を均一にしてきたのは、距離別にすることで支払いが煩雑になり、大勢の乗客をさばききれなくなるためです。しかしいまや、多くの人がICカードで運賃を払っていますから、距離別運賃の導入はさほど難しいことではないはずです」

さまざまな問題同様、私たちが身を切る覚悟が、路線バスという“足”の確保にも必要なようだ。