【前編】トラベルドクター・伊藤玲哉さん「人生最期の旅、ご案内します」より続く
伊藤玲哉さん(33)は研修医時代、回診した末期がんの患者から、「旅行に行きたい」と呼び止められたことがあった。ほかの重病患者と話していても、その人のルーツをたどりたいといった願いも聞こえてきた。
人はやりたいことを後回しにして生きているんだと気づいた伊藤さん。医師の自分なら旅行に付き添える。患者が人生の最期まで願いをかなえる手助けができる。そうしてトラベルドクターに転身し、今までにない終末期医療を作る決意をした。
「それまでは、父のクリニックを継ぐつもりだったんですよ」
人なつこい笑顔でそう話す伊藤さんは、’89年2月27日、東京都大田区の羽田空港近くで、代々医者の家系の4代目として生まれた。2歳年上の姉がいる4人家族の長男だ。
「いつか父親のクリニックを継いで、父のような、患者さんから頼りにされる医者になるのが、当時の僕の大きなゴールでしたね。卒業後の研修先には、総合診療が学べる病院として全国一、二を争う京都市山科区にある洛和会音羽病院を選びました」
ここで伊藤さんの医師としての最初の転機が訪れた。
「いわゆるご高齢の方とか、終末期の患者さんを診ていて、生きていることって何なのかと違和感を持ち始めたんです。その方が歩きたいと言っても、転倒のリスクがあるから許可しない。むせこみのある方がお水を飲みたいといっても、誤嚥したら危ないからやめておきましょうとなる。結果、患者さんたちは、病室の天井を見ているしかない。『早く死にたい』と口にする方もいました……」
リスクを避けることを優先するあまり、患者にしっかり向き合えないのが日本の医療全般の常識だった。
ベッドでの身体抑制を受けたり、水分は点滴でしか与えられない患者も少なくない。本人が望んでいなくても延命を家族が主張すればやらざるをえない。「自分は何のために医者になったんだろう」と違和感ばかりが膨らんでいったという。
そんなある日の回診で、病室を出ようとしたときだった。ふだんは無口な、がんの終末期の男性から、「旅行に行きたい」と呼び止められた。「えっ!?」と驚いて聞き返すと「行きたい」という。
「僕にはそれが“生きたい”に聞こえたんです。そうか、行くことは生きることなんだよな、と。いま自分ができることは、1秒でも長く生きるための管を(体に)入れることだけではなく、こういう人の願いをかなえることじゃないかって考えるようになったんですね。でも、医療関係者に相談しても『何かあったら危ないから』と言われ、旅行会社に片っ端から問い合わせても、丁重に断られ続けた」
そうこうしているうちに彼は亡くなってしまった。研修医1年目の25歳の秋口のことである。
「温泉に行きたいという彼の願いを知っていながら、かなえられずにすごく悔しくて」
怒りにも似た悔恨を胸に、黄昏の鴨川沿いを歩いていたときだ。天啓のように閃いたという。
「病気であってもその人らしく生きる。そのための選択肢の一つが旅行だ。医療と旅行を結びつければいい。
病院や在宅で医療を行う医師はたくさんいる。医師である自分は、旅行をかなえるスペシャリストになればいい。錯綜していた思いがカチッとハマった感じでした。いまの医療には自分のやりたいことがない。だったら作るぞという反骨精神もあったかもしれません」
もともと伊藤さん自身が旅行好きだった。学生時代は一人旅で47都道府県を制覇し、中国やアメリカ、ブラジルにも旅をした。
「患者さんたちと話していると、お墓参りに帰郷したいとか、娘の結婚式に出たい、最期に思い出の地に行きたいなど、その人のルーツが垣間見える言葉が出てくる。その願いをどうやったら実現できるのか、ひたすら考えるようになりました」
■旅行に付き添うために介護士の資格を取り、写真学校にも通って準備を進める
父の跡を継ぐことから、伊藤さんは大きく人生の舵を切ったのだ。
「ロールモデルのないなかで、研修医の2年目には、いずれ麻酔科医の道に進むことを決めました。外科医のサポートをする麻酔科医なら、日程の自由がきくし、旅行中の痛みの緩和や全身管理にも役立つから」
京都での3年間を終え、28歳で母校の麻酔科の医局に入った。
その後の2年間は大学病院に勤務するかたわら、旅行業をはじめ、パソコン操作や動画編集を勉強。介護士の資格も取った。写真学校にも通ったのは、旅行中の写真を撮るカメラマンも務めるためだ。
’19年3月に大学病院を退職。フリーの麻酔科医として週1回、病院に通うスタイルだ。その後、都内のグロービス経営大学院に入学。
それまでビジネスには興味がなかったんです。でも授業を受けてみて、思考法やプレゼンテーションの訓練、世の中の仕組みを作るための学びができました」
クラスには、大手旅行会社や航空会社、保険会社などの人もいて、異業種との交流は刺激になった。
その年の12月には、東京都主催の若き起業家輩出のためのビジネスプラン・コンテスト「TOKYO STARTUP GATEWAY」決勝大会に「トラベルドクター」として出場。数百人の前でスピーチをし、見事に最優秀賞を受賞し、壇上で小池都知事の祝福も受けた。
「公に認めていただいたことで、少しずつ自信になっていきました。大会には父も呼んだんです。『いつ(クリニックを)継ぐの?』が口癖のようだった父が、応援してくれるようになりました」
翌’20年12月、トラベルドクター株式会社を設立。コロナ禍で活動が制限されるなか、まずは広く事業内容を知ってもらうために、ボランティアで行うプロジェクト「たびかな(旅叶)」を同時に立ち上げた。医療、介護、旅行関係などの有志が集まり、旅行資金はクラウドファンディングで調達した386万円。
こうして数々の患者の願いをかなえるための活動がスタートした。
■16年ぶりに海を見て喜んだ次の瞬間、ボロボロ泣きだして、「ありがとうございます」と
「最後に海に行ったのが16年前で、とにかく海が見たいんです。元気なころに行った奄美大島のような、きれいな海で泳ぎたい」
パーキンソン病や脳梗塞を患い、車いすでの一人暮らしのため、十数年もマンションのベランダにも出られずにいた形部由紀江さん(65)が、伊藤さんに語った願いだ。
「『たびかな』へは、形部さんの訪問歯科医からの紹介でした。旅行先を愛知県の南知多に決めたのは、篠島というビーチの美しい離島に観光船で行けるからです」
旅行をかなえる前に、伊藤さんは本人と会って体調を確認し、旅先にも必ず下見に行って綿密なプランを組み立てるという。パーキンソン病は体温調節がしにくいので、熱中症予防のために浜に立てるテントも準備した。
「形部さんはおちゃめで笑ってばかりいる方だったんですけど、印象的なことがありました。離島で介護タクシーの中から海を見たらもったいないので、タオルで目を隠してもらったんです。本人もウキウキして、車いすでビーチに着いたときに『じゃ、外してください』と言ったら、16年ぶりに海を見て『わあ』と喜ばれた次の瞬間、声を上げてボロボロ泣きだしたんです。そして僕にしみじみと『ありがとうございます』と言ってくださった。その姿を見て、僕もよかったなあって、すごくうれしかったですね」
旅行ではないが、ときには現在の医学では説明しようがないことも起きた。
「がんの末期で余命1週間と診断され、水も飲めなかった父親に、自分の花嫁姿を見せたいという娘さんが、相談してくれたんです。入院中のお父さんに僕がお会いしたときはもう意識もなかったけど、なんとか願いをかなえましょうと」
大急ぎで式場が押さえられ、わずか1週間で結婚式が準備されたが、「この依頼はキャンセルになるかも」と心配していたときだ。「意識が戻りました。いま父はコーラを飲んでます」と連絡がきたのだ。
「お父さんに尋ねると、『娘の声が聞こえたんです。もうすぐ私の結婚式だよ。お父さんも一緒にねって。行きたくて、だから水も飲もうと思った』とおっしゃる。耳は最期まで聞こえているって本当なんだなと思いましたね」
最高のコンディションで当日を迎え、式場まで無事に移動した父親は、ウエディングドレスの娘と車いすでバージンロードを進むことができたのである。
■会社を作ってから、自分には一度も給料を払ったことがない、とあきれるように笑う
’22年5月から、ボランティアプロジェクトの「たびかな」とは別に、トラベルドクター社としての事業を本格的に開始した。代表取締役の伊藤さん以下、社員は看護師1人、理学療法士1人。これまで50件の相談を受け、15組の旅行をかなえてきた。
伊藤さんは、トラベルドクターに依頼したときの旅行代金をどう抑えるかも課題になると語る。
「いまはコストがすごくかかっています。事前にご自宅にうかがって旅先の調査をして、主治医や現地の病院とも連携します。たとえば4人家族で1泊3万〜4万円の宿に泊まるとして、医師や看護師、介護士が24時間同行、移動に介護タクシーや新幹線とか飛行機を使うと、80万〜100万円近くです。それでもほぼ赤字。会社を作ってから、自分には一度も給料を払ったことがないんですよ」
それどころか自分の貯金を使い果たし、銀行からも多額の借り入れがあると、伊藤さんはわれながらあきれるというように笑った。しかし悲愴感は少しもない。
「アメリカみたいに1億円払ってくれたらかなえるなんてことはしたくなくて、普通の家庭でも手が届く価格設定でいきたいんです。旅行代金100万円を出せる方ってそんなに多くないけど、100万円以内でできる親孝行というのが一般的になることを願っています。
もっとお金を出せるよという人なら、宿のランクを上げてもいいし、そうやって回っていくといいなと思いますね。トラベルドクター社を全国の方に知ってもらい、チームの仲間を増やしていく。そこで出た利益で、難病の方や小さなお子さんのためにボランティアで『たびかな』をやるシステムを作ることが、今後の目標です」
末期がんや難病の患者に希望を与えるトラベルドクター・伊藤玲哉さんの挑戦!

関連記事
あわせて読む
-
道端ジェシカ容疑者(38)「知らない」 MDMA所持疑いで逮捕
FNNプライムオンライン3/20(月)17:13
-
「コレを頻繁にやる歯医者は要注意」…現役歯科医が教える、“行ってはいけない歯医者”3つの特徴
文春オンライン3/20(月)17:00
-
タクシーが歩行者ら次々はねて4人死傷 ひき逃げ容疑で74歳男逮捕
朝日新聞3/20(月)17:20
-
「キャバ嬢の私にお金を返せと言われても…」大阪・北新地No.1キャバ嬢ひめかが“炎上覚悟”で明かした“32億円返金訴訟”エクシア代表とのホントの関係《直撃スクープ》
文春オンライン3/20(月)17:00
-
“甲子園ペッパーミル騒動”に決着!? 高校球児たちに意見を聞いてみた「礼儀が欠けているとは思えない」「注意して盛り下げた審判の方が許せない」
集英社オンライン3/20(月)17:01
-
【速報】道端ジェシカ容疑者 “MDMA所持”の疑いで逮捕
日テレNEWS3/20(月)15:15
-
道端ジェシカ容疑者 交際外国人男性とホテルに
日テレNEWS3/20(月)18:57
-
「気持ちよくなってしまった」電車内で女子生徒の制服のスカートに体液をかけたか 男を逮捕
日テレNEWS3/20(月)13:55
-
スイセンの球根をタマネギと間違えてカレーを調理 家族3人が食中毒
朝日新聞3/20(月)19:55
-
ロシアの外交官を尾行していたら、首都高でトンでもないことをやり始めた【元公安警察官の証言】
デイリー新潮3/20(月)11:02
-
「誰の子供か分からず、育てるつもりはなかった」ロッカーに乳児遺棄容疑 33歳女を逮捕
産経新聞3/20(月)13:08
-
タクシーが歩道に突っ込む…2人はねられ、60代とみられる女性死亡 大阪市生野区
日テレNEWS3/20(月)14:27
-
【花泥棒】無断で開店の“祝い花” を約60本持ち去り…オーナー「許せない、言語道断」
FNNプライムオンライン3/20(月)14:20
-
大阪府吹田市の交番襲撃、被告に逆転無罪判決 大阪高裁
朝日新聞3/20(月)16:54
-
【速報】「袴田事件」検察が不服申し立て断念 袴田巌さんの裁判やり直しへ
FNNプライムオンライン3/20(月)16:36
-
医学部不正入試の順天堂大、1億6675万円支払いで和解…1183人と消費者機構に
読売新聞3/20(月)20:48
-
父親の“顔殴り”息子逮捕 父親は自宅で死亡した状態で見つかる 横浜市
日テレNEWS3/20(月)16:29
-
MDMA所持容疑で道端ジェシカ容疑者を逮捕 警視庁
産経新聞3/20(月)15:17
社会 アクセスランキング
-
1
道端ジェシカ容疑者(38)「知らない」 MDMA所持疑いで逮捕
FNNプライムオンライン3/20(月)17:13
-
2
「コレを頻繁にやる歯医者は要注意」…現役歯科医が教える、“行ってはいけない歯医者”3つの特徴
文春オンライン3/20(月)17:00
-
3
タクシーが歩行者ら次々はねて4人死傷 ひき逃げ容疑で74歳男逮捕
朝日新聞3/20(月)17:20
-
4
「キャバ嬢の私にお金を返せと言われても…」大阪・北新地No.1キャバ嬢ひめかが“炎上覚悟”で明かした“32億円返金訴訟”エクシア代表とのホントの関係《直撃スクープ》
文春オンライン3/20(月)17:00
-
5
“甲子園ペッパーミル騒動”に決着!? 高校球児たちに意見を聞いてみた「礼儀が欠けているとは思えない」「注意して盛り下げた審判の方が許せない」
集英社オンライン3/20(月)17:01
-
6
【速報】道端ジェシカ容疑者 “MDMA所持”の疑いで逮捕
日テレNEWS3/20(月)15:15
-
7
道端ジェシカ容疑者 交際外国人男性とホテルに
日テレNEWS3/20(月)18:57
-
8
「気持ちよくなってしまった」電車内で女子生徒の制服のスカートに体液をかけたか 男を逮捕
日テレNEWS3/20(月)13:55
-
9
スイセンの球根をタマネギと間違えてカレーを調理 家族3人が食中毒
朝日新聞3/20(月)19:55
-
10
ロシアの外交官を尾行していたら、首都高でトンでもないことをやり始めた【元公安警察官の証言】
デイリー新潮3/20(月)11:02
社会 新着ニュース
-
道端ジェシカ容疑者、MDMA所持で現行犯逮捕…六本木のホテルで外国人の男と
読売新聞3/20(月)22:12
-
父親暴行容疑で息子逮捕 父親の死因は低体温症
日テレNEWS3/20(月)22:10
-
「ここ10年の温暖化対策が数千年まで影響」IPCC報告書 温室ガス大幅削減求める
テレ朝news3/20(月)22:08
-
温室効果ガス、2035年までに6割削減が必要 国連IPCC報告書
毎日新聞3/20(月)22:04
-
袴田巌さん、再審無罪の公算…死刑事件で過去4例の再審はすべて無罪
読売新聞3/20(月)22:02
-
大人も子供も気になる“周りの目”…マスク着用「個人の判断」から1週間 街の変化や学校現場の対応は
東海テレビ3/20(月)22:01
-
氷川きよしさんも営業で回ったレコード店 1世紀の歴史に終止符
朝日新聞3/20(月)22:00
-
徳島市議会、市議2人刑事告発へ 百条委で「虚偽証言」の疑い
共同通信3/20(月)21:54
-
全冠制覇を射程に収めた藤井六冠…愛弟子の活躍に師匠の杉本八段「常に期待は大きいがそんなに簡単ではない」
東海テレビ3/20(月)21:51
-
東京都、Colaboにバスカフェ中止を指示「安全確保も含め委託」
朝日新聞3/20(月)21:51
総合 アクセスランキング
-
1
道端ジェシカ容疑者(38)「知らない」 MDMA所持疑いで逮捕
FNNプライムオンライン3/20(月)17:13
-
2
姉の道端カレンが謝罪「何かの間違えであってほしい」道端ジェシカ容疑者が合成麻薬所持疑いで現行犯逮捕
スポーツ報知3/20(月)18:37
-
3
壱岐の海岸で遺体発見 不明の男子高校生と服装が類似 離島留学制度でホームステイしていた高校生か【長崎】
NBC長崎放送3/20(月)14:23
-
4
藤井フミヤ体調不良でツアー3公演中止「ベストなパフォーマンスできるまでには回復していない」
日刊スポーツ3/20(月)18:29
-
5
「コレを頻繁にやる歯医者は要注意」…現役歯科医が教える、“行ってはいけない歯医者”3つの特徴
文春オンライン3/20(月)17:00
-
6
タクシーが歩行者ら次々はねて4人死傷 ひき逃げ容疑で74歳男逮捕
朝日新聞3/20(月)17:20
-
7
道端ジェシカ逮捕で心配される「道端三姉妹」“唯一無傷”の長女・カレンへの「風評被害」
NEWSポストセブン3/20(月)18:45
-
8
『サンモニ』関口宏、WBCイタリア戦振り返り“強制終了”提案 中畑清氏が猛抗議「活躍したやつもいるんですよ」
リアルライブ3/20(月)11:45
-
9
日本ハム監督時代に10億円稼いだ“独身貴族”…栗山英樹WBC監督の“知られざる清貧な生活”と“信仰する人物”
文春オンライン3/20(月)11:30
-
10
「キャバ嬢の私にお金を返せと言われても…」大阪・北新地No.1キャバ嬢ひめかが“炎上覚悟”で明かした“32億円返金訴訟”エクシア代表とのホントの関係《直撃スクープ》
文春オンライン3/20(月)17:00
東京 新着ニュース
東京 コラム・街ネタ
-
大井町に韓国料理店「ポッポコリヤ」 ナチュールワインとの組み合わせを提案
みんなの経済新聞ネットワーク3/20(月)18:53
-
天候や体調に左右されにくい「インドア花見」。女子会やデートにぴったりなプラン3選
アーバン ライフ メトロ3/20(月)18:35
-
イオンモールむさし村山の屋外広場で「Mフェス」 マルシェやバンドステージ
みんなの経済新聞ネットワーク3/20(月)18:20
-
「窓ぎわのトットちゃん」アニメ映画化 当時の自由が丘を忠実に再現
みんなの経済新聞ネットワーク3/20(月)18:10
-
池袋で「IKEBUKUROパン祭」 クロワッサンとクリームパンを特集
みんなの経済新聞ネットワーク3/20(月)18:01
特集
記事検索
掲載情報の著作権は提供元企業等に帰属します。
(C)2023 Kobunsha Co. Ltd. All Rights Reserved.