近年の国内トップカテゴリーを戦うレーシングドライバーは、そのほとんどが幼少期から学生時代にかけてカートで実績を残し、そこからフォーミュラやツーリングカーといった4輪カテゴリーにステップアップしてきた。しかしながら、大学を卒業してからレースを始め、それまではカートの経験すらなかった男が、スバルのオーディションドライバーとしてスーパーGT公式テスト参加のチャンスを掴んだ。その男こそ、奥本隼士だ。

 奥本は2021年7月にRacing TEAM HERO'Sよりレースデビュー。VITAで経験を積み、同年12月に鈴鹿サーキットで開催されたVITA日本一決定戦でセミファイナル優勝を遂げるなど、いきなり活躍した。そして2022年には同チームからFIA F4に参戦し、2023年にはトヨタ系のレーシングスクール、TGR-DC RSの育成ドライバーとしてF4を戦った。結果はランキング9位で育成プログラムでのキャリアはこの年限りとなったが、今季はスバルに“飛び込み営業”をかけたこともあって、夢のスーパーGTマシンを走らせるチャンスを得た。

 ここまでの経歴は周囲のサポートや本人の行動力あってのものだが、とはいえレース活動を開始して3年も経たずにスーパーGTテストまで漕ぎ着けた奥本のキャリアは驚くべきものと言える。ではなぜ、大学卒業までレースをしていなかった奥本がわずか数年で“カートあがり”のドライバーたちと張り合えるようになったのか? その鍵となったものが、彼のバックボーンを紐解くと見えてくる。

 実は奥本、カートなどのリアルレース活動は長らくしていなかったものの、幼少期からラジコンにのめり込んでいた。それも、小学校5年生の時にタミヤ主催のラジコン世界選手権で優勝するほどの腕前。曰く、ラジコンレースで培ったものはリアルレースでもかなり活きているといい、「クルマに乗るときはラジコンの経験を思い出しながら乗っています」と言うのだ。

 例えば最近では、eスポーツ出身のリアルレーサーも増え始めている。eスポーツ……すなわちゲームやシミュレータの場合は、ハンドルコントローラーを使えばその操作はリアルとほぼ同じと言えるため、その知見がリアルレースにも活かされるという点は想像しやすい。一方で、ラジコンカーを俯瞰で見ながら操作するラジコン競技は共通点が少ないように感じてしまう。しかし奥本によると、車両を俯瞰で見られるからこそ得られる感覚があるという。

「実車に乗る際は身体のセンサーを使ってタイヤなどから動きを感じ取る部分が大きいですが、ラジコンではクルマそのものを観察して、例えばオーバースピードで(コーナーに)入った時にアンダーステアが出るのか、オーバーステアが出るのかを見ます」

「切った角度に対して素直に動くのか、全然曲がらずにまっすぐ行くのか……。逆に曲がりすぎるオーバーステアの場合は、例えばフロントタイヤを軸にしてリヤが流れてしまう、というのが目で見えます。そうなった場合は舵角を入れすぎないようにしたり……そういった部分はすごく活きると思います」

 俯瞰から車両の運動を視覚情報で認識し、その動きに対応して瞬時にハンドル操作。その中で曲がりにくい車両をどう曲げるか、曲がり過ぎてしまう車両をどうコントロールするか……奥本には既に、ラジコンを通してそういった感覚が養われていたのだ。今でもレースで行き詰まった時は「ラジコンの時はどうしていただろう」と考えることもあるという。

 その他、ラジコンではドライビングの要素だけでなく、エンジニアリングの要素も関わってくるという。

 奥本が参加していたラジコンレースはタミヤのワンメイクレースであり、モーター、バッテリーは指定部品となる。その中で差をつけるためには、次第に路面コンディションが向上する中でどうセットアップを煮詰めていくかも重要になってくる。

「僕らが結構いじっていたのはダンパーや、キャンバー角、トー角。まさに実車と同じようなところです。他にもボディを留めるピンの位置などで、動きも変わってきます」と説明する奥本。

 このように、ラジコンと侮るなかれ、レーシングドライバーに必要な様々な知見をラジコンからも得ていた奥本。しかし、ラジコンの実力さえあればリアルレースでも通用するかと言われればそうではないだろう。なにせレーシングカーを乗りこなすためには、かなりの筋力や体力が要求されるからだ。

 ただ奥本は学生時代に陸上競技に打ち込んでおり、これがレーシングドライバーに必要なフィジカルの構築に役立った。専門は400mと400mハードル。立命館大学時代には日本インカレに出場した。400mと400mハードルは陸上競技の中でも特に心肺機能に負荷のかかる種目だが、奥本も「400mは走り終わった後に倒れ込むほど(キツい)。(その経験なしではレーシングカーのGに)耐えられていないと思います」と語る。

「陸上はお尻で地面を感じ取って、お尻から動かすことを意識します。それで、身体のセンサーだったり、筋力だったりが培われたと思います」と語る奥本。さらにこう続けた。

「レーシングカーに乗るために必要な能力はまだまだ足りていないと思っていますが、ラジコンをしていなかったら絶対乗れていないし、陸上をしていなくても絶対乗れていないと思っています」

 超異色のキャリアから、国内トップドライバーを目指す奥本。今後奥本と同じようなキャリアパスを辿るドライバーが現れると思うかと尋ねると、とにかく自分を信じて努力をすることが大事だと答えた。

「とにかく、信じ切ればできると思います」

「僕も自分を信じて練習してきました。走った距離は裏切りませんから。ただ本当にラジコンは勉強になります。クルマの動きを学習したり、速く走る為に必要なことを考えたりと、あらゆることが経験できると思います」

「僕自身、まだ上を目指している途中なので断言はできませんが、できると思っていますし、僕も頑張っていきたいですね」

「ただ、色んな人のご縁があったからこそ、レースを始められました。僕ひとりではゼロから始められなかったと思いますし、お世話になった方々のおかげだと思っています」