橋田壽賀子が振り返る「まぶしい存在だった」大女優・京マチ子さんへの憧憬の念

京マチ子さん

「私にとって京さんは『大阪松竹少女歌劇団』にいらっしゃったころから、とても憧れの存在でした」

 週刊女性にそう思い出を話してくれたのは、脚本家の橋田壽賀子。“京さん”とは、5月12日に急性心不全でこの世を去った京マチ子さんのこと。

「京さんは12歳で大阪松竹少女歌劇団に入団。その後、'49年に映画会社の『大映』に引き抜かれ、若尾文子さんや山本富士子さんとともに大映の看板女優として活躍しました」(テレビ誌ライター)

 溝口健二、小津安二郎、黒澤明など名監督の作品に数多く出演。

「ベネチア国際映画祭で『羅生門』、カンヌ国際映画祭で『地獄門』と、出演作が次々と海外の映画祭で最高賞を受賞し、“グランプリ女優”と言われていました。日本初の国際的な女優でした」(同・テレビ誌ライター)

少女のような方だった

 橋田にとっても、京さんはまぶしい存在だった。

「'79年当時、私が書いたNHK『四季の家』というドラマに出ていただくと決まったときは、“えぇ!  私、京さんと連続ドラマやるんだ”と驚きましたね」(橋田、以下同)

 自分にまったく縁のない人だと思っていたという橋田。

「そのときは天に舞い上がる気持ちで、ついつい会いに行ってしまいました。初めてお会いしたのに、ずっと前からお付き合いしていたように、やさしく接していただいたことを覚えています」

 その後、京さんと何度か仕事をする機会があったが、

「最初に感じた“憧れの大女優と一緒にお仕事するんだ”と知らされたときの衝撃がいちばん思い出されますね」

 京さんのマネージャーを介してプライベートでも付き合うようになると、

「いろんな場所に連れて行ってくださったり、ごちそうしていただいたりもしましたね。京さんとお知り合いになってびっくりしたのが、何があっても決して愚痴をこぼしたり、人の悪口を言ったりしないことです。愚痴はこぼすわ、プロデューサーやスタッフへの悪口もしょっちゅうの私とは大違い(笑)」

 晩年まで美意識が高かった京さん。

「“少女のような方”だったということが、とても印象に残っています。本当に少女のような方だったからこそ、最後まで独身でお過ごしになったのだと思います」

 大正、昭和、平成を生きて活躍し、令和で旅立った大女優。

 その美しさは今後も語り継がれる。


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