日本車のトランスミッションはATやCVTが主流ですが、欧州ではダイレクト感で勝るDCT(デュアルクラッチトランスミッション)と呼ばれる仕組みを小型から中型クラスに搭載しているのが主流です。日本で普及しない理由について紹介します。
欧州で人気の「DCT」! 国産車ではハイブリッド車に採用例も
2022年秋、紅葉狩りを楽しむ観光客で混雑する栃木県日光のいろは坂で、特定の国産コンパクトカーが登り道で相次いで立ち往生するというトラブルがありました。原因は、ハイブリッドユニットに組み込まれていた「DCT(デュアルクラッチトランスミッション)」でした。
DCTとはどういった仕組みなのでしょう。そしてなぜ立ち往生に至ってしまったのでしょうか。
国産の小型車や軽自動車に多いCVT(自動無段変速機)やトルコン付きAT(オートマチックトランスミッション)とは違い、DCTは、伝達性に優れるMT(マニュアルトランスミッション)がベースのAT。まるでマニュアル車を運転しているようなフィーリングが味わえるのが特徴です。
奇数段用と偶数段用の2系統のギアセットとクラッチを持ち、走行中、次のギアをスタンバイさせておくことで瞬時に変速が可能であることから、鋭いレスポンスでダイレクト感のある加速が得られます。
素早いシフトチェンジによって小気味よく変速しながら加速していくフィールは、CVTにはないものといえます。
そんなDCTですが、弱点となるのが極低速でのトロトロ運転です。冒頭の国産コンパクトカーの立ち往生も、DCT内部の乾式クラッチが熱を持ったことが原因でした。
急な上り坂で長時間の渋滞となったことで、ストップアンドゴーを幾度も繰り返していたそうで、MT車で半クラッチのまま坂道発進を繰り返したような状態に陥ります。
このことからまず警告灯が点灯し、その後システム保護のためしばらく再始動ができなくなった模様です。
DCTを用いたハイブリッドシステムは、先代(3代目)「フィット ハイブリッド」などホンダの小型車に一時期搭載されていた「SPORT HYBRID i-DCD(以下、i-DCD)」と呼ばれる仕組みで、高出力モーターを内蔵した7速DCTが組み込まれていました。
システム名にも「スポーツ」とうたわれているように、DCTのもつダイレクトな走りと、パラレル式フルハイブリッドを組み合わせたことで、環境性能に加えて、ホンダらしい走りの楽しさも備えたスポーティさも併せ持つ魅力的なモデルとなっていました。
i-DCDは現在でも人気コンパクトミニバン「フリード」のハイブリッドモデルに継続採用されています。
このシステムは、ゼロ発進時に駆動用のリチウムイオンバッテリーに蓄えた電力でモーター走行が可能です。
しかしバッテリーへの充電は減速時や通常走行時の回生が主であり、後継の4代目フィットなどに採用される新型ハイブリッドシステム「e:HEV」のようにエンジン発電は行われません。
電力を使い果たしてしまうと、クリープ走行をするには、DCTを半クラッチの状態で使うことになります。
冒頭のいろは坂の事例では、渋滞によってバッテリーに蓄えた電力を使い果たしてしまったことに加えて、強い傾斜のある道で坂道発進を繰り返すことになったため、DCTのクラッチが発熱してしまうという、DCTの弱点に見事にハマってしまったのです。
長距離やハイスピード走行が前提のDCT車は、信号待ちや渋滞が多くある日本の道路事情にはあまり向かなかったようです。
「DCT」特有のダイレクト感は諸刃の剣だった!?
欧州に在住する筆者(自動車ライター 河馬 兎)の友人によると、現地におけるCVTの評価は次の通りだと話します。
「トルコン(※)を介して動作するCVT車やAT車特有の、走りはじめにミッションが滑っているかのようなドライブ感覚は効率が悪く感じるためか、敬遠される傾向にあります」
(※編集部注記:トルクコンバーターとは、オイルの流れを利用し、エンジンの駆動力をトランスミッションに伝える「液体伝達機構」のこと)
実際には、ATがトルコンで滑らせているのはスタート時だけです。車速が上がると早めにロックアップする(トルコンを介さずダイレクトにエンジン動力を伝える)ので、実際の燃費自体は良いのですが、そのフィーリングが嫌われているようです。
そのためか欧州では、コンパクトカーの半分以上がMT車で販売されてきました。
とはいえ、欧州市場でも自動変速装置を求める声は強く、そこに登場したDCTが好意的に受け止められました。
そこで欧州メーカーを中心として、2000年代初頭より一気に普及が始まり、現在は欧州のコンパクトカーの多くがDCTを採用しています。
これらはもちろん日本でも販売されていますが、シンプルかつ廉価で、よりダイレクトな感覚を得られる「乾式クラッチ」(ホンダ小型車用のi-DCDもこのタイプ)ではなく、オイルを循環させた「湿式クラッチ」を採用することで、耐熱性能を含む耐久性と信頼性を確保したものが主流となっています。
それでもDCTに関するトラブルは少なくないようです。
クルマ用のDCTは今後も日本市場へ完全に適合させるのは難しく、特に国内においては今後もこのままの姿で、静かに役目を終えていくように筆者は考えます。
とはいえDCTならではのレスポンスとダイレクトな加速感は、クルマ好きにとっては魅力的です。
今ホンダでは、DCTを2輪車で普及を進めようとしており、世界市場で好評なモデルに積極的にDCTを採用し「乗って楽しい」というバイクの原点を追求しようとしています。
世界中のユーザーからは、「乗りやすい」「自分で操作をするよりも絶対に速い」「シフトチェンジ時のショックは感じるがとてもスムーズ」「タンデム走行で良い(ヘルメットが当たらない)」「左足を使わないので楽」と、高評価も得ています。
DCTは今後「走りの味わい」など「趣味性」を重視するバイクで、活躍していくことでしょう。