クルマのエンジンは、ボタンを押せばすぐかかるものです。しかしかつては、一定の「儀式」が必要だったといいます。どういったことが行われていたのでしょうか。

イマドキはエンジンを「つける」と言う!?

 今クルマのエンジンをかけるために、特別なお作法は求められません。「キーをひねる」スタイルもすたれ「プッシュスタート」タイプになったこともあり、ますます意識せずに行うものとなりました。
 
 しかしかつては、無事にエンジンがかかることが「幸運」だった時代があったのです。

 イマドキのZ世代がクルマのエンジンを始動させることを「エンジンをつける」と言うそうです。

 つけるとは、電灯やエアコンじゃあるまいし……と、昭和世代の筆者(吉越伏男)にとっては、衝撃のエピソードでした。

 実はエンジンをかけることは、気軽に“つける”どころではないほど「ぎりぎり」の作業なのです。

 この機会にエンジンの始動について考えてみましょう。

 少しマニアックになりますが、まずガソリンエンジンの概要について改めて紹介します。

 ガソリンエンジンは、空気に霧状のガソリンを混ぜて吸い込んでいます。

 そしてスパークプラグという部品で火花を飛ばし、ガソリンと空気が混ざった混合気に火をつけて燃やしています。

 現在のように精密なコンピュータ制御が普及する前の時代は、霧吹きに似た機械的にはシンプルな構造の「キャブレター」という装置を使用して、空気と燃料を混ぜていました。

 このキャブレターは、ガソリンの量を精密には調整できなかったために、ドライバーの操作による調整が必要不可欠でした。

 特に冬季の気温が低いときには着火しづらいことから、ガソリンを多く吸い出させる必要があります。

 空気の量を減らして燃料をたくさん出すために「チョークバルブ」という空気を吸わせづらくするプレートを設け、ドライバーが室内からチョークノブというつまみで操作していました。

 このチョークバルブは、単に引くか戻すかだけではなく、ドライバーは気温やエンジンの温度などをもとに引き具合を調整していました。

 何しろ手動ですから、キャブレター式のエンジンは、冬季にエンジンを始動するテクニックが必要だったのです。

エンジン始動には欠かせない「マニュアルチョーク」の「儀式」とは

 まず、全手動式「マニュアルチョーク」の場合から紹介します。

 ドライバーはエンジンの温度や気温を感じ取り、チョークノブを引く量を決めます。

 温度が高い時はノブを引かず、ぬるい程度なら半分程度引き、冷えていればいっぱいに引く、などです。

 特にエンジン温度が低い時は、チョークノブを引くことに加えて、スターターモーターを回す前に数回アクセルペダルを操作し、エンジン内部にガソリンを送っておきます。

 スターターモーターを作動させているときにも、ドライバーはエンジンの回転具合に気を配ります。

 いつもより長く回してもエンジンがかかりそうにない時には、アクセルペダルを踏んだり離したりしてさらにガソリンをエンジン内部に送ります。

 また、アクセルペダルを全開にすると、空気だけがより吸い込まれますので、ガソリンの量を減らせます。

 このようにして、スターターモーターが作動しているときの空気とガソリンの量を調整し、なるべく早くエンジンがかかるようにするのでした。

 もしエンジン始動に失敗すると、しばらくスターターモーターとバッテリーを休ませ、エンジン内部に入ったガソリンを揮発させます。

 とはいえ、ここまで手間がかかるのはハイパワーエンジン車であり、標準的なエンジンを搭載するファミリーカーでは、多くの場合、チョークノブの操作のみでエンジンを始動できました。

 しかしエンジンがかかっても、気は抜けません。

 エンジンはアイドリング回転数を高くするファーストアイドルを行うのですが、エンジン温度の上昇とともに、ドライバーによりチョークバルブを徐々に押し戻す操作が必要です。

 これによりチョークバルブが開き、吸い出されるガソリンの量が減少、アイドリング回転数も低下します。

 この操作を忘れるとガソリンの量が多すぎて、エンジンが十分に吹け上がらないのです。

 ドライバーがチョークノブを戻すことを忘れることが多かったのか、チョークノブを戻すように促すインジケータランプを点灯させたり、チョークノブの部分に電気スイッチを設け、エンジンが温まったらチョークノブ位置を強制的に戻すようにしたものもありました。

チョークは「セミオートチョーク」に進化!?

 排ガス規制が始まったり、高級志向が強まってくると、チョークも自動化が進められ、1970年代初め頃になると「セミオートチョーク」が登場しました。

 この方式にはチョークノブはなく、チョークバルブの閉じ具合は半自動化されています。

 それではドライバーは、どのようにチョークを意識すれば良いのでしょうか。

 ドライバーはエンジンの温度や気温から、チョークバルブを作動させた方が良いかどうか、判断します。

 チョークバルブを作動させるときには、スターターモーター作動前にアクセルペダルを全開位置まで一回踏み込んで、元に戻します。

 すると、チョークバルブが適正な位置にセットされて準備完了、ドライバーはスターターモーターを回してエンジンを始動し、ファーストアイドルを行います。

 エンジンが温まるにつれてアイドリング回転数が上がっていくので、ドライバーはアクセルペダルを軽く踏みます。

 するとチョークバルブが少し開くことで、ファーストアイドルが解除され回転数も少し下がります。

 アイドリング回転数とエンジン温度が上がるたびにこの操作を繰り返し、最終的にエンジンの暖機運転が済むまで続けます。

 セミオートチョークの採用によりチョークノブ操作が不要になり、季節を問わず誰でもエンジンを始動できるようになりました。

 そしてこれが「フルオートチョーク」に進化していきます。

 フルオートチョーク式では、チョークノブはもちろんのこと、アクセルペダル操作も不要です。

 ドライバーはイグニッションスイッチを操作し、エンジンを始動するだけで済むようになりました。

 ファーストアイドルは行われますが、解除も自動です。

 しかし、この頃になると電子制御燃料噴射式エンジンが普及してきたために、フルオートチョーク式キャブレターのエンジンは短期間で次世代にバトンタッチしました。

「電子制御燃料噴射」から「電子制御スロットルバルブ」、そしてテクニックがよみがえる!?

 そして現在の電子制御エンジンでは、ドライバーはイグニッションスイッチを回すだけです。

 ガソリンの量も吸い込む空気の量もファーストアイドル回転数も、そしてエンジンが吸い込む空気の量も、コンピュータ制御で制御されるようになりました。

 このうち、エンジンが吸い込む空気量は、電子制御スロットルバルブというバルブで調整されています。

 ところが電子制御化が進んだはずの現代で、マニュアルチョーク式のテクニックが活用できるケースがあるのです。

 この電子制御スロットルバルブは、円形のバルブです。

 アイドリングの時など、エンジンが吸い込む空気の量が少ないときには、スロットルバルブはほとんど閉じられています。

 この時に空気が通る通路の形状は、まるで新月から三日月の間程度の月のような薄い形状です。

 スロットルバルブに汚れが堆積すると、通過できる空気の量が少なくなってしまいます。

 するとガソリンの量だけが多くなってしまい、スパークプラグがガソリンで濡れてしまう、いわゆる「かぶり」現象を起こしてしまうのです。

 エンジンの始動には失敗し、さらにエンジンをかけようとドライバーが何度もスタート操作をすると、さらにかぶりがひどくなってしまって、ますますエンジンを始動できなくなります。

 結果、ドライバーは整備工場に救援を依頼することになるのですが、ロードサービスの車両が到着する頃にはガソリンが揮発して、エンジンを始動出来てしまうこともあります。

 この時、エンジンを始動させるテクニックがあるのです。

 いつもよりスターターモーターを長く回しているのにかからないな、と思ったら、アクセルペダルを中ほどまで踏み込みます。

 すると、スロットルバルブの空気が通る面積が広くなって空気が余分に入り、ガソリンが薄められてかぶりを防げるのです。

 そしてエンジンがかかったら、アクセルペダルを少し戻します。

 また、スターターモーター回転中にアクセルペダルを全開にすると、ガソリンが供給されなくなり空気だけがエンジンに入ります。

 かぶったスパークプラグを乾かすことが出来ますので、症状がひどい時にはこの方法を適度に併用します。

 ただし緊急回避のためのひとつの方法ですので、絶対に無理はせず、ロードサービスなどの指示に従いましょう。

※ ※ ※

 エンジンをいつでも無事に始動させるためには、メンテナンスが必要です。

 スロットルバルブを清掃して汚れを取り除いたり、スパークプラグが火花を発生しやすくするために適度に交換するなど、少々専門的な作業です。

 一般ドライバーにはハードルが高いことから、無理をせずに整備工場に依頼しましょう。

 汚れを清掃した後、専用の機器を接続して車載のコンピュータのリセット作業が必要になることもあるので、なおさらです。

 しかしいつでも整備工場の整備士が飛んできてくれるとは限りませんので、緊急対策のテクニックとして覚えておくと良いでしょう。