兵庫県警が自動車販売会社の元社長や税理士らを逮捕した融資金詐欺事件で、捜査協力の見返りに刑事処分を減免する「司法取引」(協議・合意制度)が行われていたことが分かった。警察が捜査した事件としては初めての適用とみられる。

 司法取引は2018年に制度化されたが、適用例はこれまで東京地検特捜部が捜査した3件だけだった。

 扱う件数が多く罪種も多様な警察の捜査で取り入れられたことにより、今後の広がりが注目されるが、うその供述で冤罪(えんざい)を生む恐れもある。改めて慎重な運用を求めたい。

 融資金詐欺事件は20年10月〜21年2月、粉飾した決算報告書を出すなどして銀行に融資を申し込み、4千万円をだまし取ったとして兵庫県警が計5人を逮捕した。

 司法取引は税理士法人の職員との間で成立。税理士らが会社の厳しい財務状況を認識していた上で、粉飾した決算書類を作成したことの立証に生かされたとみられる。職員は起訴猶予となった。

 なぜ適用に至ったのか。妥当だったのか。客観的な検証をする上でも、丁寧な経緯の説明が欠かせない。

 東京地検が扱った過去3件では、裁判所が取引で得た供述の信用性を厳しく判断してきた。適用が広がらない要因の一つとされるが、当然の対応である。

 19年の参院選広島選挙区を巡る大規模買収事件では、本来罪に問われる現金を受け取った側の全員が当初、不起訴となった。「事実上の司法取引」との疑惑が持ち上がり、不適切な捜査と指摘された。

 司法取引は取り調べの録音・録画(可視化)とともに刑事訴訟法の改正で導入され、組織犯罪捜査の「武器」ともいわれた。

 米国では、刑事事件の大半で司法取引が行われ、証拠集めの捜査や裁判の効率化が進む。一方で、取引に応じた人が捜査機関の意向に沿って供述をする偽証も問題化している。

 国内で被害が深刻化する特殊詐欺では、交流サイト(SNS)で集められた末端の受け子らは、主犯格の情報を持っていないため、取引対象とならないという。

 また欧米のように、供述した人を他国に移住させるなどの保護措置も不十分といわれる。

 犯罪の巧妙化や司法取引の国内環境なども踏まえ、なし崩しで適用を広げぬよう、透明性の確保や厳格な要件の設定、一層の取り調べ可視化が必要だろう。