SNSで親しくなったフォロワーは夫の愛人。誤配送で受け取ってしまった荷物はどうもヤバい品のようだ。気まずさ漂う夫婦関係。物語はどこへ向かうのか。日常の地獄はすぐそこに?


スリリングな展開から目がはなせないサスペンス小説『気がつけば地獄』が、『レタスクラブ』での連載を経て2021年2月に単行本化、現在好評発売中です。今回は著者の岡部えつさんに、この物語にこめられたメッセージなどを伺いました。

――まずは、この物語を手がけるにあたり、どのような着想があったのでしょうか。

岡部えつさん(以下、岡部)「荷物の誤配達から物語が始まる話というのは、前々から考えていたものでした。そしてこのお仕事の話が来たタイミングで、ちょうど芸能人の不倫騒動が立て続けに起ったんですよね。その騒動をめぐる報道や世間の反応に、違和感をおぼえました。そんなところから、三角関係ものにしようと構成が固まっていきました」


――物語では、幼い息子を抱える妻・紗衣、夫の祐一、夫の愛人の夏希が登場します。それぞれの視点から出来事が語られていくわけですが、主婦読者的には、圧倒的に紗衣に感情移入しそうです。一方夏希の事情がわかっていくうちに、夏希のことが憎めなくなる。傍から見れば加害者・被害者なのですが、それが単なる女の争いにならない展開が新鮮でした。

岡部「芸能人の不倫報道を見ていると、既婚女性と独身男性の組み合わせでは女性が責められ、既婚男性が独身女性と不倫すれば相手の女性が責められる。女性が攻撃されやすい世界であることがわかります。私は日常のさまざまなところで、そういった部分に違和感を覚えています。だから小説ではそうではない世界を描きたい、と思って書きました」

――紗衣と夏希はTwitterで距離を縮めていきますが、自分の都合のいいことだけを書いてしまうツイートや、お互いを観察しあったりする描写には自分にも思い当たる節があり、ヒヤリとしました。実際岡部さんも、SNSで大変な思いをされたことはありますか?

岡部「ツイートの内容から住まいを特定されてしまうことが実際にある、ということは聞いたことがありますので、私自身、投稿する内容には気を付けるようにしています。しかしそういった困った面もありながら、社会的弱者が声をあげやすくなったのもまたSNSのおかげだと思いますので、いい部分もあると思っています」



――自分の話を真剣に聞いてくれるのは、Twitterで親しくしている女性だけ。子どもと寝た後に夫が帰ってくるが、寝たふりをしてしまう…。そんな紗衣の生活の描写も大変リアルでしたが、男性側の心情も生々しくせまってきました。男性にも取材をされたのですか?

岡部「男性の友人たちにそういう話を聞くことも少なからずありまして…。浮気する人の中にはそれぞれの事情があり、軽い気持ちで浮気しているわけではない部分もある、ということも感じていました。

本作の祐一の場合は、家庭で満たされないものを、不倫相手に課してしまっている。そのような気持ちは、分からなくもないなというのが私の中にありました。祐一は「男たるもの家庭をまもらなければ」という男性ならではの価値観に縛られている部分があります。「逃げ場がない」という苦しさを抱えている男性も多いのかもしれませんね。

それでもやはり、浮気によって家族を傷つけることには大きな責任が伴います。関わった人は全員受けた傷を忘れないし、やったことは一生ついてまわるでしょう」

――社会の問題としては、不倫相手の夏希を通して、女性と仕事についても描いていらっしゃいますね。

岡部「今の社会では、女性は仕事でも弱者だと感じています。夏希の場合は、不倫関係にある相手を頼って仕事を見つけようとしています。

私はギリギリでバブル世代なのでどこか楽天的なところがあるんですよね。ところが下の世代を見ると、気楽に遊んでいられない切迫感を感じます。新卒での就職で失敗してしまうと、取り返しがつかなくなるような感じ。祐一はそういった女性の弱い立場につけこんだわけではないけれど、夏希の失職の相談に乗ったりとかして、結果的にそういうことになってしまっている。少し意地悪ですが、そのあたりの社会背景も物語に入れたかったんです。

昔、私が勤めていた職場では女性だけが担当する「お茶当番」というものがあったんです。それを廃止しようと声をあげたところ、同意する人が少なく私ひとりになってしまったんですよね。「お茶当番くらいで職場がうまくまわるなら、私がやるわよ」みたいな感じになって。でもそれは、そういう考えになる背景に問題がある、と私は思うんです。下の世代の女性がお茶当番しなくていいように、いま声を上げておきたいと当時から思っていました」


――妻、夫、不倫相手。それぞれがそれぞれの地獄を抱えているわけですが、岡部さんご自身はどんな瞬間に地獄を感じますか?

岡部「男性優位など、生きづらさを感じるこの社会が、地獄だなと思うことはありますね。作中で妻である紗衣にも言わせていますが、母親のファッションなども、とにかく目立たないようにすることが重要であると。実際友人からも同じようなことを聞かされたときは、「もし私が母親になったら、革ジャンを着てナナハンで幼稚園に迎えに行く!」と言ってしまいました(笑)。でも友人には「いざとなったらできないわよ」と言われてしまった。世のお母さんも苦しいんだなと。それぞれの立場の人たちが、それぞれの苦しさ=地獄を抱えているのかもしれません」

――三角関係で展開されていく物語の中に、今の社会のさまざまな問題がつめこまれている『気がつけば地獄』。不倫、SNS、社会の歪み。さまざまな問題に翻弄されながら、最後一番の地獄を見るのは誰なのか。それぞれの地獄がゆるやかに交差しながら、いろいろな人生を代弁してくれるような物語の中で、誰に共感するかによって自分の抱えているモヤモヤが見えてきそうです。

文=木下頼子