誰しも自分の理想とする母親像がありますが、理想通りの姿になるのはなかなか難しい……。特に働きながら家事や育児に追われていると、そう思い通りにいかないことばかりですね。

らっさむさんが発表した作品『わたし、迷子のお母さん ある日突然、母親するのが苦しくなった』には、まさにそんな状況に陥ってしまったアラフォーのワーキングマザーが登場します。さまざまな状況が積み重なって自分を追い詰めてしまった主人公は、走り続けてきた足を止めてどうやって夫や娘と向き合うべきかを考えます。

著者のらっさむさんに、この作品についての思いを伺いました。

『わたし、迷子のお母さん ある日突然、母親するのが苦しくなった』あらすじ




もうすぐ40歳になるワーキングマザーの世良楓。夫は起業したばかりで忙しく、家事・育児はまともにしない上、給料も激減。楓は保育園に登園しぶりする一人娘のいろはにゆっくり向き合う時間もなく、そんな自分にモヤモヤする日々を過ごしていました。



そんなある日、楓は仕事を家に持ち帰って作業していることを上司に咎められ、働き方を見直す必要に迫られます。そこへ追い打ちをかけるように後輩の女子社員から「育休延長しにくくなったのは世良さんが半年で育休をきりあげたせい」と言われ、自分が他のワーママたちの働き方を狭めていたことに気付かされ、愕然とします。




帰りの電車の中、ストレスからか激しい頭痛に襲われた楓は、朦朧としたままそのまま終点まで運ばれてしまい、いろはのお迎え時間に間に合わなくなります。これをきっかけに様々なトラブルに見舞われた楓は、ついに家に帰れない状況に陥ってしまうのでした。

駅の終点で立ち往生した楓を助けてくれたのは、ぶっきらぼうだけど心根の優しい男性、向陽。その姉・涼子の家に泊まることになった楓は、その息子で、常に狐のお面で顔を隠しながら生活する太陽くんや、父親の仁さんと出会います。

世間の常識にとらわれない涼子たちの生き方に触れた楓は、自分の母親との関係性や、夫への不満や娘への引け目など、改めて自分と周囲の人々との関係について見つめ直していきます……。


著者・らっさむさんインタビュー




──楓は終点の街で出会った人々に助けられ、追い詰められていた自分の現状に気づきます。助けてくれたファミリーのキャラクターが風変わりで魅力的ですね。

らっさむさん:
そう言っていただけてうれしいです。こんな家族いたら一緒に飲み会したい!!と思う家族を描いたつもりだったので(笑)。

──楓を最初に助けてくれたのが、ぶっきらぼうだけど心根の優しい男性、向陽。その姉で楓を家に泊めてくれるのが涼子さん。その息子で、常に狐のお面で顔を隠しながら生活する太陽くん……彼らについて教えていただけますでしょうか。

らっさむさん:
根はやさしいけどツンデレの向陽と、しっかりもので気の強い涼子さんは6歳差の異父姉弟です。二人は、望んだ親の愛情を受けられずに大人になり、涼子さんが家を出ていって生活基盤を整えたあと、向陽を呼んで一緒に暮らすようになりました。

その後、涼子さんが結婚して太陽君が生まれたものの、彫り師という職業であることから社会の偏見にさらされ、太陽君が荒れて心をとざし、お面をつけて生活するように。その後、多様な人たちが集まるオルタナティブ教育を実践する私立小に転校しました。





──この家族との出会いが、楓が自分と向き合うきっかけとなりますが、このときの心情の変化など教えていただけますでしょうか。

らっさむさん:
楓は偏見とかを持つタイプではないけれど、割と限られた狭い世界で生きてきた人なのかな、と思います。優等生タイプというか。なので、彼女を泊めてくれた涼子さんの彫り師という職業を見て、最初は「別の世界の人」と思っていたと思います。

でも、「お母さん」っていう共通点があることで、まったく異なる背景の人たちがつながっていけるところがあって、その一点から「こんな自由でいいんだ?」って開眼していくんですね。




──彫り師という職業のために「母親のくせに」「子どもがかわいそう」と言われてきた涼子さんと太陽くんとの関係を見て、楓は母親という役割についての考えを変化させていきますね。

らっさむさん:
楓はここで自分の知り得た世界がいかに狭かったかを知ります。少し俯瞰した視点で見えるようになってきた「子育て」は、きっと、それ以前とは全然違っていたと思います。いかに自分の中に「母親たるものこうあるべき」みたいなものがあったのかに、気づけるようになったんだと思います。



──涼子さん一家の子育てについてもお伺いしたいです。

らっさむさん:
世間の目と子育ての間で揺れてきた家族です。涼子さんは、他人の言う「いろいろな家族の形があるよね」などといった言葉を額面通りに受け取ってきましたが、太陽君がちょっとした友達とのトラブルなどを経験したときに「彫り師の息子」などという言い方をされて、ハッとします。

「子どもは親をうつす鏡」みたいにいわれるなかで、こうした世間のダブルスタンダードを感じてきた人もいるのではないかと思います。結果として、涼子さん自身、後ろ指をさされない子育てを無意識にしてしまい、その反省から「子ども主体」の子育てをするようになっていきました。上位下達ではない、対等な子育てをしている人です。

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世間の常識にとらわれず、自分たちなりの親子関係を築いた涼子一家の姿を見て、楓は自分の家族との関係性を見つめ直します。そして自分を苦しめていた思い込みから自分を解放しようと一歩を踏み出します……。



「いい母親であるべき」と自分を追い込みすぎた主人公・楓の、挫折と再生を描いたこの作品は、同じような状況にある母親たちに優しく寄り添ってくれる物語です。仕事や家事育児を完璧にこなせなくて「お母さん」でいることに疲れはてた時は、楓のように一度立ち止まって自分を見つめ直してみることも必要なのかもしれません。




取材=ナツメヤシコ/文=レタスユキ