徳島県鳴門市でオーダーメイドのサーフトランクス「ナルトトランクス」を手掛ける山口縫製が、同社が運営する保育園との共同プロデュースでアートスペースをオープン。代表の山口輝陽志氏が「地元の人に本物のアートに触れてもらいたい」と思い、生み出した場所だった。

徳島県鳴門市でオーダーメイドのサーフトランクス「ナルトトランクス」を手掛ける山口縫製が、同社が運営する保育園との共同プロデュースでアートスペースをオープン。代表の山口輝陽志氏が「地元の人に本物のアートに触れてもらいたい」と思い、生み出した場所だった。

すべては唯一無二のサーフトランクスから始まった

徳島空港から30分ほどのドライブで着く鳴門市。関西や中国地方からアクセスする場合は、神戸淡路鳴門自動車道を使って海を渡り、最初に迎える四国の街となる。

見どころは多く、世界3大潮流のひとつ鳴門海峡で見られる渦潮や、四国本土と大毛島、島田島の3つの陸地に取り囲まれた絶景の内海「ウチの海」を堪能できる四方見展望台、西洋名画などオリジナルと同じ大きさに複製した陶板絵画を1000点以上展示する大塚国際美術館などが名所として知られる。そしてこの春には新しいランドマークが誕生。その名を「モッコクハウス」といい、文化交流や表現活動の場を目指すアートスペースとなっている。

奥に見える建物が「モッコクハウス」。運営母体の「ナルトキッズ保育園」に隣接している

手掛けたのは山口輝陽志氏。鳴門で生まれ育ち、先代の父親が水着メーカーとして立ち上げた山口縫製を引き継いだ人物だ。2008年には一人ひとりの体形に合わせ、社内のスタッフたちが手作りするサーフィン用トランクスのブランド「ナルトトランクス」をスタート。自身がサーファーであることから、時代や流行に左右されない、長く愛着を持てるサーフトランクスを作ったらどうかと考え、生み出した。

地元の鳴門を拠点に「ナルトトランクス」を手掛け全国に展開する山口輝陽志氏

「クラシックなサーフボードを使ってサーフィンすることが多いのですが、テイスト的に欲しいサーフトランクスがなく、それなら自分で作ってみようと思ったのがきっかけです。オーダーメイド制のヒントは僕が好きなカリフォルニアにあって、1950年代にはオーダーメイドで作るサーフトランクスのブランドが誕生していました」

多くのサーフブランドが手掛けるサーフトランクスは、往々にして最新のスペックやデザインを求めたものとなる。しかしナルトトランクスは、「クラシカルなシルエットや、はきやすくて擦れないクオリティ、経年変化を楽しみながらはき込むことで自分だけの1枚となっていく物語性を重視しています」と独自路線を踏襲。その当時は多数派ではないスタイルだったゆえ「大丈夫?」という声を多く浴びたが、唯一無二の世界観に反応したサーファーは多く、カリフォルニアの雰囲気を醸す都心のセレクトショップが扱い、ファッションや芸能・音楽をはじめ各界で活躍するクリエイターたちが愛用していった。

トランクス作りは山口氏が生地にハサミを入れて始まる
裁断されたパーツはスタッフの手で縫製されトランクスが完成する

数多のサーファーを魅了してきたシンプルながら長く使いたくなるサーフトランクスには山口氏の思考が込められる。それは自然と触れ合うサーファーの矜恃といってもいい。つまり、良い波に乗り続けられる日々こそサーファーが望む生き方であり、それは1日1日を丁寧に営むことによってかなえられるということ。すべてのオーダーに対して山口氏自らがパターンを引き、ハサミを入れるように、手掛ける製品1枚1枚を丁寧に作ることが、ユーザーであるサーファーの暮らしを豊かにし、ひいては自身の求める生き方につながる。常々「人とのつながりを大切にしていきたい」と口にするのも、そうした思考によるものだ。

「Life is Doughnut」は山口氏の好きな言葉。家族や友だちなどすべての輪を大切にしたいというメッセージが込められる

社員が安心して働ける環境を求め保育園を開園

山口氏は人のつながりと同様、環境も大切にしている。一例は保育事業。オフィスのはす向かいに手に入れた約500坪の土地に施設を新設し、2019年に企業主導型保育事業として「ナルトキッズ保育園」を開園したのだ。

保育の現場は保育士資格を持つ母と妻が預かる
建物には無垢材を使い園庭には天然芝を。園内には自然があふれる

「カリフォルニアにあるアウトドアブランド『パタゴニア』の本社を訪れた際、スタッフの家族のための保育園が敷地内にあったことに驚きました。確かに安心して働ける環境は製品のクオリティに関係しますし、良い製品はブランドの安心感や信頼感につながります。多くのユーザーに僕らの製品を信じてもらう。そのためにも保育園は必要かなと思いました」

サインボードやコップに印されたロゴはサーフィン仲間でもあるアーティストの豊田弘治氏が手掛けた

定員は20名。現在は徳島県内の40社と提携し、鳴門市外の子どもたちも預かっている。応対する保育士はベテランぞろいで13名。もちろん、開園にあたっては看護師、管理栄養士を含めて新規で雇用した。そうしてスタッフみんなで目を配りながら子どもたちに楽しい日々を届け、働く父母を支援し、地域に安心できる職場環境を作り出している。

そして、さらなる試みが上述したモッコクハウス。ナルトキッズ保育園の敷地内に立地している。

「四国にはカルチャーに触れられる場所がないんです。僕も写真集やアート作品を手にしては自宅やオフィスに所蔵してきましたが、初めて生の写真やアートといった作品に触れたのは大阪でした。いつか外に出て行かなくてもカルチャーに触れられる場を設けたいと思い、作ったのがモッコクハウスです。ナルトトランクスを通して築けたつながりを、これから地元・鳴門に還元していきたいと思っています」

クラシカルなサーフボードに、アートや写真集など山口氏の「好き」が詰まったオフィス。採光の良さや天高の空間など心地よさにもこだわり設計した

2021年5月オープンに先駆け、4月下旬には日本におけるサーフアートの第一人者、豊田弘治氏が個展を開いた。感染症対策を施し、また促しながら迎えた当日は、四国初開催となる豊田氏のサーフアート展を楽しみにしていた人たちが来場。用意したサイン入りポスターは完売し、オリジナル作品を購入した人もいた。

見る人をハッピーな気分にさせてくれるのが豊田弘治氏の作風
「子どもたちとワークショップで交流したい」と豊田氏

「今はステイホームの時代。自宅を快適にしたい人が増えているのかもしれませんね」と山口氏。時代の要請という風があったにせよ、本物のカルチャーに直に触れたい人たちが確実にいることを実感した時間だったという。

園児たちがアートに触れ、感性を育む

コロナ禍のため予定をフィックスしづらい状況にありながら、9月には盆栽作家の個展を催す段取りを進めている。

クリスマスには豊田氏が改めて訪れる予定だ。状況が許せば子どもたちを対象にお絵かきワークショップを行いたいとも。そう、子どもたちの感性を育む種まきもモッコクハウスの役割なのだ。

「実物の作品に触れたことで得られる感動はSNSで見るのとは大きく違います。僕もそうでした。豊田さんや、サーファーのポートレートで有名な写真家の横山泰介さん、ファインアーティストの花井祐介さんらの作品を間近で見たときには高揚しましたから。理屈ではないと思います。目にして、心が動くかどうか。実物には、心を動かす力があるんです」

個展などがないときの「モッコクハウス」には「ナルトトランクス」の商品が並ぶ

その立地から、個展の会期中であれば、ナルトキッズ保育園の園児たちはいつも作品に触れられる。「かわいい」や「かっこいい」と言い、自然のうちに心を躍動させる。感受性が育まれるのだ。だから山口氏は作家や作品の紹介を定期的に行いたいと考えている。

オフィス、保育園、「モッコクハウス」と施設の随所にアートが飾られ、スタッフや園児、園児の両親らが日常的に“本物”に触れられる

モッコクハウスの名は敷地内にあるモッコクの木を由来にしているという。木に咲く花は“人情家”が花言葉。情愛を“持つ濃く(モツコク)”ことで良縁に恵まれてほしいといった思いが込められ、もちろん、それは山口氏の思いを代弁するもの。

すてきな作品と出合うことで、子どもたちや地域の人たちの暮らしが少しでも豊かになってほしい。そんな山口氏の優しさが、モッコクハウスにはあふれているのである。


■ナルトトランクス
www.nalutotrunks.com