道なき道を拓き、未だ見ぬ新しい価値を世に送り出す人「起業家」。未来に向かって挑むその原動力は? 仕事における哲学は…? 時代をリードする起業家へのインタビュー『仕事論。』シリーズ。
今回は、企業のプライシング(値決め)を改善、収益を伸ばして成長につなげるプライシングスタジオ株式会社代表の高橋嘉尋(たかはしよしひろ)さんをインタビュー。起業したきっかけや、それまで未開拓だったプライシング分野で事業をはじめた理由などを伺いました。
起業の原点は小学5年生「おいしいものを食べたい!」
──起業しようと思ったきっかけを教えてください。
理由はいくつかありますが、大学の授業の影響が大きいですね。慶応SFC(慶應義塾大学 湘南藤沢キャンパス)では、毎週、SFC出身の起業家による授業がありました。
「メルペイ」の青柳直樹さんや「じげん」の平尾丈さん、「ユナイテッド」の金子陽三さんなどの話を聞いていたら、自分が起業家になる画が浮かびました。それが、大学1年の時です。
──大学以前は、起業家を目指していなかった?
「お金を稼ぎたい」とは思っていましたが、慶応SFCに入った時点では就職も視野に入れていて、起業は考えていませんでした。
少し話が逸れるんですが…。子どものころ、あるバラエティ番組のグルメコーナーの影響で、高級レストランに憧れていました。小学校の文集に「将来の夢はグルメリポーター」と書いていたくらい、おいしいものを食べたいという気持ちが強かった。でも、地方出身の自分は高級レストランで食事をするレールに乗っていなかった。ほとんど諦めていましたが、ふと「自分でお金を稼げばいいじゃないか」と思い直しまして。
今思うと、小学5年生のあの願望が起業の原点なのかもしれません。「おいしいものを死ぬほど食べたい! だからお金を稼ぐ!」という純粋な気持ちが。

──高橋さんは大学在学中に起業されましたが、その経緯を教えてください。
慶応SFCへの入学は念願で、たくさん努力もしました。ですが、入学するとその場所にいることが当たり前に感じるようになってしまって。大学を卒業して、希望する企業に就職しても、また同じ気持ちになるんじゃないか、と思ったんです。
性格的に永遠に目標のレベルがあがっていくような世界じゃないと、面白さを感じられないんでしょうね。それで、先ほどお話しした大学の授業を契機に、起業しようと具体的に動き出しました。
はじめは1人であれこれと考えていて、事業内容を思いついては「これは伸びない」「このマーケットは小さい」と納得できるアイデアに全然、辿りつけなくて。
1人でやっていても限界があると感じ、スタートアップ企業で働きました。仕事を覚えて、面白い人たちに出会って、話を聞いて。知見がかなり広がりましたね。
そうやって約2年ほどかけて、いまのプライシング(値決め)という事業を探し出しました。
エキスパートが不在なら、自分がプライシングを開拓する
──事業アイデアをどのように見つけたか具体的に教えてください。
世界的な経営思想家であり価格設定のエキスパートと言われる、ドイツのハーマン・サイモンの学術論文や本を読んでいました。彼は本の中で「1%」の重要さを説いています。製品価格が1%変わるだけで企業利益はもちろん、企業イメージも大きく変化すると。
その理論に心を動かされて、企業がどのように値決めをしているか徹底的に調査しました。すると、世界のトップ企業300社のうち半分以上は、根拠を持たずに価格を決めているらしい、と…。プライシングは企業にとってそれほど難しいのだと確信しました。
実際に、日本にはプライシングの専門家はいませんでした。この領域で起業をしたらインパクトが大きいし、すべてのビジネスに価格はあるのでマーケットは無限大です。誰もプライシング事業をやらないなら、自分が開拓しよう! と思い、2019年6月にプライシングスタジオを立ち上げました。
──では、御社の事業内容を具体的にお聞かせください。
4つの柱があります。
1つ目は、弊社のプライシングの専門家が企業の価格戦略をサポートするコンサルティング事業。
2つ目は、価格改定のタイミングで企業へ顧問として入り、リスクを徹底的に洗い出すアドバイザリー事業。
3つ目は、価格を正しく運用して長期的な成果を上げていくために、企業の中に「価格のプロ」を育成する人材育成事業。
4つ目は、企業内でプライシングする人材が育ったあとに、価格データを自動的に分析するSaaS(サース)を提供する事業です。

最初の1年は「プライシングに関わることなら何でもやります!」という感じで試行錯誤を繰り返しましたが、なかなかうまくいきませんでした。そこで、以前インターン先で出会った統計のスペシャリストをスカウトして、体系化された事業の「型」をつくってもらったんです。
それ以降は、顧客の課題を解決する「コンサルティング事業」を大黒柱にして、現在の体制に落ち着きました。
資金調達環境は変わって当たり前。前提にするな
──起業してから現在まで、難しい局面はありましたか?
会社存続の危機には遭っていないですが、 意図してめちゃくちゃ「攻めた」時期はありました。
それは、正しく大きなキャッシュを使えば、正しく事業を大きく伸ばせると信じて行なったこと。しかし、攻めたはじめた直後に調達環境が悪化。当時、財務担当は混乱していましたし、自分も眠れない精神状態でした。ですが、ほかの企業の話を聞いていたので「スタートアップとは、そういうものだ」と、腹をくくって試行錯誤しながら乗り越えました。
また、メンターにもこのような言葉をかけてもらいました。
「調達環境は変わって当たり前だから、それを前提に考えてはダメだ。今の環境で集められる資金でどう業績を伸ばすかを考えなさい」と。大変なことがあっても、いつもこのアドバイスを思い出します。

──高橋さんにとってリーダーシップとは?
リーダーとは、行くべきところにみんなが辿り着けるように支援する「気持ち」を持っている人でしょうか。
自分がありたい姿をしっかり示して、メンバーと対話をして、共感してもらいながら同じ方向に向かえるかが大切。周囲に共感してもらえて「ついていきたい!」と思ってもらえるような、魅力的な人物でいたいと思っています。
──プライシングスタジオが目指すゴールについて教えてください。
国内マーケットでいけるところまでいき、やがてグローバル化することを考えています。
ゴールではないですけど売上1000億が1つの山。3〜40代でそこを越えたいと思っています。
責任のない夢は語らない
──ここからは一問一答形式でお聞きします。仕事を始めるのは何時? 終える時間は?
日によってバラバラです。
朝、最初のミーティングの1時間前に起きて、終業時間は自分がやるべき仕事が終わった時間なのでまちまちです。
──愛用デバイス、仕事道具は?
MacBook Pro。

──情報収集はどのように行っていますか?
VC(ベンチャーキャピタル)の関心事やテーマが変わったり、世間で誰かの気になる行動や発言を見つけたりした時は、自分なりに仮説を立ててWebやSNSを使って情報を探します。
──能力を伸ばすには? ビジネス力を伸ばすには?
経験しかないと思うので、それをさせてくれる環境に身を置く。
ダメだったら答えを知っている人に話を聞いて、できるようになるまでやり続ける。
──余暇の過ごし方は?
とにかく1日中、寝ます。
──心が折れた時はどうする?
心が折れるのは自分が無力だと感じた時なので、なぜ無力を感じたのか、なぜできなかったのか、どうしたらできるようになるのかを考えます。
それから、自分を奮い立たせるために『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』を何度も見返しています。
──食生活で気をつけていることや、好物は?
好物はお寿司。
気をつけているのは、お腹が空いていない時は、むやみに食べないようにしています。
──運動の習慣はありますか? どのような運動?
家から会社までの片道20分、往復40分のウォーキング。
「歩ける場所へは歩いて行く」というのは、祖母から教わった教訓です。

──これだけはやらない、と決めていることは?
自分に嘘をつくことはしません。
──ビジネスパーソンにおすすめの一冊は?
『ワンピース』(尾田栄一郎 著、集英社)と『鬼滅の刃』(吾峠呼世晴 著、集英社)。
『ワンピース』は何十回と読み返していて、最近も読んだばかり。「自由の象徴」のようなルフィの生き方に憧れるし、彼の言葉はビジネスのヒントにもなります。
『鬼滅の刃』もおすすめ。気力がわきます。
──座右の銘は?
「In dreams begin the responsibilities」
夢を持つと責任が生ずる。「夢を掲げるなら徹底してやりきれ、自分の全てを尽くせ、そのために責任を持て、それができないなら夢を語るな」と自分に言い聞かせています。

高橋嘉尋
プライシングスタジオ株式会社CEO
2019年、慶應義塾大学在学中にプライシングスタジオ株式会社を設立。複数の業界に対するプライシングコンサルティングに従事した後、学生インターン時代の上司であった相関と合流し、Pricing Sprint事業の立ち上げを行なう。これまでリクルートをはじめとする大手企業から中小企業まで数十サービスの価格決定を支援。また、公的機関、学会などへのプライシングに関する論文提出や講演会などを通じ、プライシングに対するノウハウを積極的に発信。プライシング専門メディア「プライスハック」監修。
Source: プライシングスタジオ / Photo: 伊藤圭