リモートワークによる運動不足に悩む人が増えていますが、重い腰がなかなか上がらないというのが人情というもの。それなら、文字通りまずは「腰だけ」上げてみませんか?

この「『立つこと』から始める運動習慣」特集では、座りっぱなしがもたらす深刻な健康被害をお伝えするとともに、まずは「立つ」という最小単位の行動から運動習慣を始めることを提案します。もちろんそれ以降のステップアップとなる運動も含め、ぜひお試しください。

第1回は、「座りっぱなし」の弊害について広く訴えかけている、早稲田大学スポーツ科学学術院教授の岡浩一朗さんにお話を聞きました。座りっぱなしは、なんと死亡リスクを高めるというのです。今回は前編です。

岡浩一朗(おか・こういちろう)

早稲田大学スポーツ科学学術院教授。博士(人間科学)。1970年生まれ。1999年、早稲田大学大学院人間科学研究科博士後期課程を修了。早稲田大学人間科学部助手、東京都老人総合研究所(現・東京都健康長寿医療センター研究所)介護予防緊急対策室主任を経て、2006年より早稲田大学スポーツ科学学術院に准教授として着任、2012年より現職。オーストラリアの座位行動研究の世界的権威であるネヴィル・オーウェン教授に師事し、座りすぎの健康リスクと対策に関する共同研究を進めている 。

在宅ワークが増えて座りすぎ問題が深刻化

仕事中はもちろん、通勤電車で座れたとき、車を運転するとき、食事をするとき、テレビを見るとき、スマホを触るとき……私たちは1日の大半を座って過ごしています。

ところが、「座りすぎが寿命を短くする」というショッキングな事実は、あまり知られていないのではないでしょうか。

「長時間座り続ける生活は、糖尿病や高血圧、心疾患、脳梗塞、がん、うつ病、認知症など多くの病を誘発することが分かってきました。もともと日本人は座りすぎの傾向があるのですが、コロナ禍でさらに加速しています」と岡さんは指摘します。

オフィスに出勤していれば、同僚や上司に呼ばれて席を立ったり、打ち合わせのためにミーティングルームに移動したりと、立って動く機会は自然と増えます。コーヒーブレイクやトイレに行くにしても、オフィスならある程度の距離を歩くことになり、活動量が増えます。

ところが、在宅ワークではブレイク(中断)するきっかけがないため、どうしても座りっぱなしになりがち。

同僚や上司とのコミュニケーションは画面上のチャットなどで完結するので、誰かに呼ばれて席を立ち上がることもなく、「立つ→動く」といった動作が激減するのです。

座りすぎの問題は、座ること自体が悪いわけではなく、長い時間座り続けて姿勢を変えないことにあります。

猫背のような悪い姿勢でいることがよくないとする記事も見かけますが、誤解してほしくないのは正しい姿勢であれば何時間でも座りっぱなしでいいわけではないということ。

立ったり座ったりを繰り返して、同じ姿勢を続けないことが肝心なのです。

長時間同じ姿勢を続けると、体では一体どのようなことが起きるのでしょうか。

座る時間が1日合計8時間を超えると死亡リスクが急増

座り続けることが引き起こす大きな弊害は、まずは代謝機能や血流の低下です。それによって深刻な病気を引き起こすことが分かってきました。

人間の筋肉の7割は下肢に集中しています。特に太もも前部の「大腿四頭筋」は身体の中で最も大きな筋肉です。

また、ふくらはぎは第二の心臓とも呼ばれ、下肢に降りた血液を心臓まで押し戻すポンプの役割があります。

座りっぱなしになるとこれらの筋肉が十分に使われないため、血流が急激に低下し、30分座り続ければ血流速度が70%低下するという実験結果もあります。

酸素も栄養素も、血流に乗って体のすみずみまで運ばれ、老廃物も血液に乗って回収されます。

しかし、座りっぱなしで足の筋肉が動かないと、こうした循環のリズムが乱れて代謝機能が低下、血中の糖の取り込みや脂肪の分解がスムーズに行かなくなり、余分な糖や脂肪があふれ出す「血液ドロドロ」の状態になるというのです。

2時間座り続けた後の血液の状態を調べると、明らかな血糖値の上昇が見られ、糖代謝に関わるインスリンの効果が大幅に減っていたという報告もあります。

血液がドロドロの状態だと、血管が詰まりやすくなり、高血圧や動脈硬化が進んで心筋梗塞や狭心症、脳梗塞のリスクが高まります。

さらに、脳血流が低下すれば、アミロイドβの沈着が起こり、認知機能の低下につながることも考えられます。

「1日に座る時間と死亡リスク」を検証したオーストラリアの研究報告では、座っている時間が「4時間未満」の人比べて、「11時間以上」の人では、死亡リスクが40%も高まるという結果が出ています。

「8〜11時間」座った場合でも、1日4時間未満の人と比べて死亡リスクが15%高いことも明らかになっているそうです。「さまざまな研究をまとめると、1日総座位時間が死亡リスクを高める閾値は8時間ではないかとの指摘もあります」と岡さんは続けます。

WHO(世界保健機構)も座りすぎのリスクを指摘しています。喫煙、不健康な食事、アルコールの飲みすぎと並んで、がんや糖尿病、心血管障害、慢性呼吸疾患を引き起こし、世界で年間約200万人の死因になると伝えているのです。

座りすぎの弊害が起きるのは先のことなので、若い頃は実感がなく対策を後回しにしがちですが、座りすぎは確実に健康を蝕む「サイレントキラー」です。目の前の問題として、座りすぎ対策に早急に取り組む必要があります。

座りすぎは生産性やワーク・エンゲイジメントも下げる

若手は座りすぎると仕事のパフォーマンスが落ちる Image: GettyImages

座りすぎの弊害は、病気を引き起こすだけではありません。座りすぎは仕事の「生産性」や「ワーク・エンゲイジメント」にも大きく影響することが明らかになっています。

生産性とワーク・エンゲイジメント(活き活きと熱意を持って仕事に臨んでいる状態)について、仕事中の座位時間との関係を調べた結果、これらが強く関連していることがわかりました。

調査対象は20〜59歳(平均年齢40歳)の約2500人(男女比5:5)。これまでに自分が仕事で経験した最高のパフォーマンスと最低のパフォーマンスと比較して、今週の自分のパフォーマンスがどれくらいであったかを調査。

20・30代の若年層と、40・50代の中年層では、異なる結果が現れました。

仕事中の座りすぎと生産性に関しては、中高年においては関連が見られませんが、若年層では仕事中の座位時間が長いと「仕事のパフォーマンスが低かった」と感じる人が38%も多くなっていたのです。

一方、仕事中の座りすぎとワーク・エンゲイジメントに関しては、若年層では関連がなかったものの、中年層では仕事中の座位時間が長い人は短い人に比べて、「仕事から活力を得て活き活きとして臨んでいない人」が約1.5倍、「仕事に熱心に取り組んでいない人」が約1.6倍、「仕事にやりがいや誇りを感じていない人」が約1.5倍も多いことが明らかになりました。

「座りっぱなしでも運動しているから大丈夫」は大きな誤解

「平日は仕事で座りっぱなしでも、週末に運動をすればリセットできるのは?」と考える人もいるかもしれません。

運動習慣のある人でも、仕事中に座りっぱなしでいれば死亡リスクは上がります。週に300分程度、中程度の強度の身体活動を行っていたとしても、座り続ける時間が長ければ死亡リスクは十分に軽減されないことが分かっています。

運動している人は、どうしても運動することに目がいってしまいがちですが、運動時間以外に座りすぎてはいけない、ということも意識してほしいと思います。

逆に、「今は運動する習慣がない人でも、まずは余暇や仕事中の座りっぱなしを避けるだけで、ある程度は健康リスクを減らせる」と岡さんは続けます。

もちろん、座りっぱなしの時間を減らしつつ、運動習慣も取り入れるのが理想的ですが、いきなり強度の高い運動を始めるよりもまずは座りっぱなしをやめることのほうが、取り組むハードルとしては低いはず。

後編では、座りっぱなしをやめる具体的なテクニックをご紹介します。

「座りすぎ」が寿命を縮める

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