『TATTOO<刺青>あり』(82年)や『愛の新世界』(94年)などで知られる名匠・高橋伴明監督による、柄本佑主演の新作『痛くない死に方』が関西では3月5日から公開される。高齢化社会が進むいま、誰もが向き合うべき最期の時をどう迎えるかという問題。

実際に尼崎で在宅医師として活動する長尾和宏 医師のベストセラー『痛くない死に方』『痛い在宅医』をモチーフに、人間の尊厳を真摯に、そしてユーモアを持って描いた。高橋監督と原作者の長尾医師に話を訊いた。

取材・文・写真/春岡勇二

高橋「僕の考える理想的な死に方なんです」

──原作とはどのような出会いだったのでしょう?

高橋「僕もいま70歳を越えたのですが、65歳を過ぎた頃から『死』というものを意識し始めたんです。残った日々をどう生きてどう死ぬか、ということですね。それで『在宅医療』というものを知り、長尾先生が書かれた『痛くない死に方』『痛い在宅医』を読んで、これを映画にしたら僕が思う、死に方の提案をすることができるのでは、と考えたんです」

──難しい題材だと思うのですが、映画化にあたってなにかアイデアはあったのでしょうか?

高橋「観てもらえばわかりますが、映画は前半と後半に分かれています。柄本佑演じる青年医師が、ずっと出ずっぱりで両方をつなげるのですが、前半から後半に向けてその医師が成長していくようにしました。成長を描くのはまあ映画の王道でしょうから(笑)」

──前半部の患者さんを、高橋伴明監督作品にはピンク映画の頃から主演している下元史朗さんが、後半部の患者さんは宇崎竜童さんが演じていて、昔からの伴明映画のファンとしては嬉しかったです(笑)。

高橋「『TATTOO<刺青>あり』でひとりの女性を軸に因縁のある役を演じた2人だものね(笑)」

──後半の宇崎さんは、全共闘世代の方があの時代の熱をひきずったまま高齢になり、いま終末期を迎えているという感じが出ていました。宇崎さんは昨年公開された土井裕泰監督の『罪の声』でも全共闘世代の人物を演じていましたね。

高橋「偶然だけどね。やはりなにか匂わせるものがあるんでしょうね」

──今回の役は病人ですが、かっこよかったです。ただ、お芝居としては前半の、病に苦しむ患者さんを演じられた下元さんに圧倒されました。

高橋「そう、苦しむ芝居を長撮りで回したからね。普通はあんなに長くは回さないのだけど、長尾先生が本のなかで、死ぬ前の苦しみとか呼吸の仕方とかにすごくこだわっておられたので、リアルにやろうと腹を決めて延々回したんです。ただ、苦しい芝居を長く演じるのは役者が大変なんです。シモ(下元)ならやってくれると思っていました。今回、キャスティングはほんとにうまくいって、最初に想定した人を揃えることができたんですが、あの役はシモ以外には考えられなかった。シモは紙オムツを付けた姿も撮らせてくれたし。他の役者は嫌がって絶対撮らせてくれないからね。シモだからやってくれたんです」

──下元さんがほんとに素晴らしくて、下元さんにとっても新たな代表作になった気がします。苦しむ芝居がほんとに苦しそうで、観ている方も苦しかったです。

高橋「シモに病人を演じてもらった前半が、実は長尾先生の書かれた原作に拠った部分で、宇崎にやってもらった後半は、僕の考える、いわば理想的な死に方なんです」

──後半は気持ちがだいぶ楽になりました。ただ、宇崎さんの亡くなり方は少しかっこよすぎる気がします(笑)。最後は木遣り歌で送ってもらったり。

高橋「あれね、前からやってみたかったんだ(笑)。かつて東映の任侠映画でああいうシーンがあったじゃない。職人さんたちが揃いの印半纏を着て歌って見送るっていう。いつかやりたいとずっと思っていて、よし、この映画でできるなって判断したんです」

長尾「どのような形で最期を迎えたいのか表明しておくことが大事」

──原作者の長尾先生は、映画化の話がきたときはどう思われましたか?

長尾「単純にまずうれしかったです。出演者を聞いたら、どうやら僕にあたる役を奥田瑛二さんがやってくださるというので、すごいなと思いました。ただ、ほんとに映画はできるのかなっていうどこか信じられないような気持ちもありました」

──高橋監督のことはご存知だったのですか?

長尾「もちろん、知っていました。いまも映画は観ますが、学生時代はピンク映画も含めてよく観ていましたから。奥さま(高橋恵子、旧姓・関根恵子)とご結婚されたときは僕も衝撃を受けましたから(笑)」

──作品には医療監修という形で参加されたわけですね。

長尾「そうです。でも、初めにシナリオを読ませてもらったときは、これがどう映画になるのか、よくわかっていなかったんです。シナリオとか読んだことなかったですから。だから出来上がった映画を観て驚きました、いい映画だなって。監督が僕の本をとても上手に料理してくださった。僕の言いたかったことが、みごとに無駄なくすくい上げられていました」

──医学的な見地からも気になったところはなかったですか?

長尾「なかったですね。肺の病で苦しまれる患者さんの様子も、下元さんがほんとにリアルに演じてくださってますし。また、後半の宇崎さんに病床で川柳を詠ませるアイデアにも感心しました。あれは原作にないんです。死と向き合うお話なのに、ユーモアが巧みに採り込まれていて」

──確かに、宇崎さんが詠まれる『川柳もどき』は面白かったですね。あれはどなたかモデルになったような方がいらしたのですか?

高橋「いや、思いつきです。ともかくこの映画では言いたいことがいっぱいあったので、それを台詞に書いて役者に読んでもらってもおもしろくないから、どうしようってことで考えたんだけど、割りとうまくいきましたね」

長尾「あの川柳はほんとに完成度が高いです。僕の言いたかったことが散りばめられていて。もう原作本読まなくていいから、この映画だけ観てくれって思いました(笑)」

──宇崎さんの闘病生活を観て、意識がしっかりしているうちに、自身の終末期医療をどうしてほしいか、自らの意志を書いておく「リビングウィル」が大切だなと思いました。

長尾「そうなんです。病を得たとき自身がどのような治療を受けたいのか、どのような形で最期を迎えたいのか、意識がしっかりしているうちに表明しておく。紙に書いて残しておくというのが大事なんです。日本ではまだわずか3%の方しか実行されていない。欧米と比べてとても少ないです。こういうことをもっと知ってもらわないと、と思います」

──あと医療現場での「死の壁」というのも初めて聴いたことばでした。

長尾「在宅医療を患者さん本人も家族の方も選択しておられて、家で穏やかに最期のときを迎えたいと願っておられても、最期のときの少し前に強い痛みや苦しみを感じてしまうときがくる。これを『死の壁』と呼んでいるんです。そのとき家族の方が驚いて救急車を呼んで、入院させ、結局帰ってこれないことも多い。このことを初めて描いた映画だと思います。劇中で「死の壁」がきたことを、宇崎さんの奥さん役の大谷直子さんが「台風上陸」という表現を使って語るシーンがあります。いい表現でしたね」

──大谷直子さんは、巧い、実力派の女優さんですよね。今回は、下元さんの娘役だった坂井真紀さんも良くて、患者さんの家族を演じられた女優さんたちが皆な好演でした。

高橋「柄本佑に付いてる看護師を演じた余貴美子さんもね。彼女にはなんとも言えない存在感があって。画面に映っているだけで安心できるところがあったな」

──柄本さんはどう思われましたか?

高橋「熱心にやってくれましたよ。彼は長尾先生のところにまで行って、勉強もしてきてくれたし」

長尾「尼崎まで来てくれて、現場での様子をずっと見ていてくれました」

──今回、俳優さんたちにこういった感じでやってくださいっていうのはあったのですか?

高橋「いや、ほとんどなにも言わなかったですね。みなそれぞれできちんと役をつかんできてくれてたので。ただ、宇崎がときどきロックンローラーになっちゃうときがあるので、宇崎を少し抑え気味にするぐらいでしたね(笑)」

──映画を観てくださる方に、こういったところを観てほしいということはありますか?

高橋「こちらから積極的にこう感じてほしいというのはないです。まあ、こういう死に方もあるんだよ、と遠慮気味に提案しただけですから。特に後半は自分の理想とするものを描いてますし。提案を受けていろいろ考えてもらえれば、と思います」