劇作家・演出家の野田秀樹が率いるNODA・MAPの作品群のなかで、とりわけ傑作と名高いのが4人芝居『THE BEE』だ。脱走犯の小古呂(おごろ)に、妻子を人質に取られたサラリーマン・井戸が、妻子を救出しようと行動を起こしていくストーリーで、2人の不毛にして執拗なやり取りから、報復の連鎖がはびこる現代の縮図を、あざやかに描いている。

初演は2006年にイギリスで、翌年には日本語版を発表。その後2012年の再演を経て9年ぶりの日本語版上演となる今回、新キャストに、俳優・阿部サダヲや長澤まさみが抜擢された。12月16〜26日におこなわれる大阪公演を前に、NODA・MAP初参加の長澤と、初演以降主人公・井戸を演じ続け、今回初めて演出に専念する野田に話を訊いた。

取材・文/吉永美和子 写真/伊藤奈々子
スタイリスト/佐川理佳(長澤まさみ) ヘアメイク/木村真紀(長澤まさみ)

毎日ヘトヘトだけど、これはご褒美(長澤)

──野田さんの代表作のひとつ『THE BEE』をこのタイミングで、しかもすべてのキャストを入れ替えて再演しようと思った理由はなんでしょうか?

野田:タイミングとか関係なく、ずっと再演していきたいと思っていた作品だったから。意外に日本では、まだ3回目なんです。ただ私の年齢的に、ちょっと(井戸を演じるのは)厳しいんじゃないかなあ? と思って、井戸は阿部(サダヲ)さんに委ねることにしました。

──「日本演劇界屈指の運動量」と言われる野田さんの作品のなかでも、役者のノンストップ度がすさまじく、しかも小道具を使う段取りも多い、かなり激しい芝居ですからね。

野田:70分から75分、一時も止まれないから、相当しんどいはず。今日の稽古で(上演時間の)半分ぐらい通したけど、みんな汗だくでした。(川平)慈英とか、この世の終わりのような汗をかいてたね(笑)。

長澤:湯上がりみたいになってましたね(笑)。私も、毎日ジム帰りみたいな気分になってます。

──長澤さんは、本作のオファーがあった時、まずどのように感じましたか?

長澤:いつか出たいなあって思っていたので、本当にうれしかったです。野田さんの舞台で特に印象に残っているのは『パイパー』(2009年)なんですけど、主演の松たか子さんが大好きで、それもあって観に行きました。世界観やセリフに圧倒されて、10代の私からすると「何なんだこれは!?」って衝撃を受けましたね。ほかにも『キル』(2007年)を見に行ったり・・・ 

野田:早めに言ってくれたらねえ(一同笑)。

長澤:でもきっと、使い物にならなかったと思います(笑)。この作品の上演は、タイミングが合わなくて観られなかったんですけど、巡り巡って今回こういう(役をもらう)形になり、初めて台本やDVDを観て「やっぱりおもしろいなあ」と。しかも共演が大好きな阿部さんと聞いて、これはご褒美だと思いました(笑)。この数年忙しかったんですけど「ご褒美が来るまでがんばらなきゃ」というモチベーションでいたので。

──とはいえご褒美と言うには、長澤さん演じる小古呂の妻は、井戸の暴力がエスカレートするに従って、どんどん自分を失っていくという、かなりハードな役ですよね。

長澤:本当に大変で、毎日ヘトヘトになって帰ってます。でも楽な役なんて、基本的にはないですから。

野田:長澤さんはカンがいいし、品もいいですよね。これまで秋山(菜津子)さんや宮沢(りえ)さんがやった役だけど、その2人とはまた全然違う種類の品があります。

そして、この物語のモチーフのひとつは、人間が「恐怖心」に負けてしまうということなんだけど、小古呂の妻ってその象徴なんだよね。たとえば独裁国家が、たった1人の男をやっつければ済むことなのにそれができないのは、お互いが監視し合ったりして「恐怖心」がシステム化されているからだ、と。気がつくともう本当に逃げられない所に追い込まれていって、そして自分そのものを放棄していく・・・そういう役ですね。

長澤:なんか「世間」って感じがするんです、小古呂の妻は。あんなに強く言葉で言うけど、実際は弱い人間なんだろうなって。

──恐怖から暴力にあらがうことを止めてしまい、そこで訪れる結末には、本当にゾッとさせられます。

野田:特に井戸は、どんどん加害者・・・悪い人間にならなくちゃいけないんだけど、どうやってそれを自分に納得させていくかが課題。私も経験したけど、「これは理解できない」というモノを作るには、なにかを自分のなかで作っていかないと絶対ダメ。長澤さんもこれから「被害者」というモノになっていくために、なにかを作って納得する瞬間が必要になってくるでしょう。でも大丈夫、ちゃんとお手伝いしますから。

長澤:ありがとうございます。

人は人と会いたいはず、劇場とはそういう場所(野田)

──長澤さんは、これまで三谷幸喜さんや松尾スズキさんなど、そうそうたる演出家とご一緒されてますが、野田演出ならではのおもしろさはなにかありますか?

長澤:的確に、ピンポイントでダメ出しがもらえるところです。あとは、私は元々緊張しやすいタイプなので、稽古のたびに「ちゃんと居なきゃ!」と思うんですけど、そういった雑念みたいなものを持たずに稽古場にいらっしゃるので、すごいなあって。本当にシンプルに物を言っていただけるので、すごく気持ちがいいですし、私自身も迷わずに稽古ができていますね。

──野田さんは、日本語版でずっと井戸を演じてましたが(注:英語版では、小古呂の妻役!)、今回完全に外から舞台を眺める立場になって、今回のチームにどのような可能性を感じていますか?

野田:まだ稽古4日目ですが、とてもいい手応えがあります。普通はこの段階で「いい」とは言わないですよ。演出家として、油断してもらったら困るというのもあって(笑)。芝居作りで最初に大事なのは、どういう所で動機をつかんで、どういう風に自分を変えていくのか、みたいな大きい流れを掴むことなんですけど、そこをちゃんとそれぞれが的確にとらえていますね。

──野田さんも長澤さんも、コロナ禍でも大きな舞台に立ってましたが、演劇に対する意識の変化を感じたりしましたか?

長澤:昨年『フリムンシスターズ』(作・演出:松尾スズキ)の千秋楽で、松尾さんが最後に「この舞台を一緒に完成させてくれてありがとう!」ってお客さんに言ったときに「ああ、お客さんは観ることで、舞台に協力してくださってるんだ」と、やっと気づけました。自分のことでいっぱいいっぱいで、こっちが気を遣っていると勝手に思っていた自分が恥ずかしかったです。「そうだった。これが舞台なんだ」と、すごく思いました。

野田:松尾がそんな立派なことを言える人間になったんだ(一同笑)。感動しちゃった。

長澤:「拍手を!」って言って、みんなでお客さんに拍手しましたよ。

野田:僕は昨年7月に、真っ先に『赤鬼』(東京芸術劇場主催 東京演劇道場生等による)を上演したけど、あれは舞台の構造上、お客さんの顔がよく見えるんだよね。最初は緊張してるけど、それがどんどん解けていくのがわかったから「ああ、やっぱり上演するのが当たり前だし、良いことなんだ」と思いました。人間は生きている以上、基本的に人と会いたいはずだし、劇場とはそういう場所。そのことをどうのこうの言われるのは、なんだかなあ・・・と思います。

──最初の緊急事態宣言の際、劇場閉鎖に反対する意見書を出されたのは、そういうことですよね。そして実際に上演を続けることで、その意義をより強く感じたのでは、と思います。

野田:演劇は人間の身体と(観る)人間があれば、それだけで成立するけれど、料理屋さんと一緒で、その場でお見せするしかない表現でもある。でもコロナというのは、人と人が出会うのを禁じるわけですから、非常にシビアですよね。

だからこそ、みんな必死で克服したいと思うわけですよ。人が人と出会わなくちゃいけないから、演劇が必要だから。でもそれが、逆方向に行ってしまっている場合は「変だな」と思います。オンライン演劇って、それはもう「映像」であって演劇ではないから、その言い方は止めてくれないかなあ? と思いますね(笑)。

──その意味で言うと『THE BEE』は4人だけで、しかも小さな空間で生々しい世界を作るという、THE・演劇という舞台です。

長澤:斉藤由貴さんと2人芝居(『紫式部ダイアリー』/2014年)をやったとき、少人数でもお芝居ができることを知っておもしろかったし、すごくいい経験になったんです。まだ「全部が課題」という感じですけど、今回も全力でぶつかっていこうと思います。

──この作品は初演当時、もっぱら「9.11」のメタファーだと言われましたが、今回の再演では、今のインターネットの状況であるとか、あるいはコロナの恐怖でお互いが監視し合ってる状況とか、もっといろんな事象と重ねてみることができるかもしれません。

野田:確かにコロナっていうのは、非常に人間の恐怖心と関係してますよね。「現実のコロナの怖さ」より「みんなが想像するコロナの怖さ」の方が大きくなってない? と思うけど、そう言うと「そんなこと言ってる人間がいるからダメなんだ!」って。それもまた、非常にシステム化された恐怖心でしょうね。でもどんなとらえ方の可能性があるかについては、稽古しながらもうちょっと探ってみます(笑)。

『THE BEE』は阿部、長澤、川平のほかに、長年NODA・MAP作品にアンサンブルで参加していた河内大和が出演。大阪公演のチケットは12月5日に一般発売開始で、当日券も毎公演販売される予定。